04
ご飯を食べ終わってからぐだぐだするのは、私たちの習慣のようなものだ。
師匠は隣で本を読んでいるけれど、私に至ってはただぼーっとしているだけときた。
自分でも時間を無駄にしている自覚はあるけれど、やっぱりこうして何も考えずにいる時間も必要だとは思うんだよね。
そう心の中で言い訳をして、私はソファに身を埋める。
隣では師匠が一心不乱に何かの本を読んでいた。
邪魔したら、また怒られるんだろうな。
とは思いながらも、少しちょっかいをかけたくなってしまうのはご愛嬌だ。
「ねー、師匠」
もちろん、返事はない。
分かっててやってはいるが、虚しくなるのも事実。
私が構って欲しいときに限って、師匠は他のものに集中している。
逆に、私が嫌がるときは、これでもかっていう程、構い倒してくるのに。
面白くない、と思って私は自分の頭を師匠の肩に預ける。
どうせ、鬱陶しがって押し返してくるんだろうな。
けれども、私の予想に反して師匠からは何のリアクションもなかった。
そうか、反応するのも面倒だと思っているのか。
全く以て面白くない。
私の視線は、偉そうに組まれている師匠の足へと移る。
手を伸ばして、組まれた足を下に降ろし、平らになったところにごろん、とうつ伏せに寝転んでやった。
これなら、何かしらリアクションを取ってくるに決まっている。
どうだ、と思って師匠の反応を待ってみても、何も言って来ない。
どうしても、私を徹底的に無視したいらしい。
「師匠ってばー!」
半ば意地になっていた私は後先も考えず、バタバタと足を動かして暴れてみた。
ついでに、手で師匠の足をバシバシ叩いてやった。
そうすると、さすがに痺れを切らしたのか、後頭部をぺしん、と叩かれる。
やっと反応してくれたことに、妙な達成感を抱いた私はそのままぐでん、と師匠の足の上でくつろぐ。
今思ったけど、これ、師匠が怒って足を動かしたら否応無しに蹴りに近い何かがお腹あたりに入るな。
そんなくだらないことを考えていたら、大きなため息と共に、ぱたり、と本を閉じる音がした。
「暇なら部屋に戻って遊んでろ」
「部屋に戻っても遊べるものなんか、ありません」
「邪魔だから、どっか行ってろ」
本音だ。オブラートにも何にも包まずに本音を浴びせてきた。
けれども、そんな些細なことで傷つくような私ではない。
この何十年という月日を師匠の元で過ごせば、耐性くらいはつく。
耐性がつくだけで、腹が立たない訳ではないが。
「じゃあ、外行ってきます」
「馬鹿娘。この暗い中、出かけるのか?」
「だって、師匠が邪魔だって言うんですもん」
むすっとして言い返せば、今度はわしゃわしゃと頭を撫でられた。
気持ちよくて、思わず目を細めれば、小さな笑い声が降ってくる。
「どうした。今日は甘えたがりだな」
「そんなことないですよ」
口では否定してみたけれど、本当は普段よりも構ってもらいたいと思っていることくらい自覚している。
もちろん、認めるのは癪なので絶対に口には出さないけれど。
「仕方ない奴だ」
す、と脇に手が入ってくる。
なんだなんだ、と思っている内に身体を持ち上げられて、反転させられる。
そして、そのまま師匠に背を預けて、膝の上に座るような格好になった。
後ろからぎゅ、とまわって来た手に心臓が跳ねたのは、言うまでもない。
それでも、戸惑いがちにその手の上に自分の手の平を重ねてみれば、耳元でくすり、と笑う声が聞こえた。
「随分と積極的になったな」
「もう無理です、これで限界です、精一杯です、本当にもう駄目です」
「分かった、分かった」
呆れたような、面白がっているような声音で師匠はそう告げると、すり、と鼻先を首元に押し付けてくる。
思わず喉まで出かかった悲鳴を何とか押し込めて、ぎゅ、と目を瞑った。
視界が閉ざされると、余計に首筋辺りにある師匠の存在を強く感じてしまい、混乱するけれど、目を開ける方が怖い。
「これ以上は何もしないさ」
私の身体が強ばっているのを感じたのか、スッと師匠は顔を離すとぽんぽん、と頭を撫でてくれた。
ほっと力を抜くと同時に、少しだけ寂しく思う・・・なんて、無い。絶対無い。
何を考えてるんだ、と心の中で自分を叱りつけて、再び背中を師匠に預ける。
そうすれば、いつもスノウが乗っているあたりに、師匠が顎を乗せてきた。
そんな様子に少しほっこりとした気持ちになって、どうでも良い話でもしようとした時だった。
カランコロン、とベルの音がする。
こんな時間に、一体誰が何の用だろうか?
思わず師匠と顔を見合わせれば、師匠は不機嫌そうに眉を顰めた。
「面倒だな」
「でも、お客さんですよ」
「こんな夜更けに来るのが悪い」
「って、無視する気ですか?」
答えないところを見ると、図星のようだ。
明らかに家の中に火が灯っているのだから、居留守なんか使えばバレバレだ。
「私が出ますよ」
仕方ない、と思って師匠の膝から降りようとすれば、お腹にまわっていた手がするりと離れた。
・・・自分が出るのは面倒だけど、私が出るなら構わないって?
全くもう、と思ってちらりと睨んでみれば、早く行けと言わんばかりに睨み返された。
理不尽だ!
「今行きますー!」
明るい声を出そうと努めるも、若干刺々しくなってしまうのはご愛嬌。
私は師匠のようにころっと表情や態度を変えられる程、器用ではない。
玄関にあるサンダルに足を突っ込んで、ドアを開く。
「こんばんは」
穏やかに掛けられた挨拶に、私も返そうとする。
けれども、言葉を発することは出来ず、ぽかんとしたまま呆然と相手を見つめてしまった。
惚ける、というのはこういうことなのかと、頭の隅っこに残っていた冷静な自分が呟いている。
闇に浮かぶように白く透き通った肌。
さらりとした薄い水色の髪は、腰に届く程長く、無造作に1つに束ねられている。
けれども、決してだらしないという印象は受けないから不思議だ。
驚く程端正な顔立ちは、師匠にも匹敵する。
いや、それ以上かもしれない。
人懐っこい笑みを浮かべており、ちらりと覗く八重歯がアクセントになっている。
切れ長の目には、紫色の瞳。
一見すると、女性のように見えたけれども、先程の挨拶の声を聞く限り、男の人のはずだ。
耳に届いたのは、テノールの心地よい響きだったから。
「あ、えっと・・・突然お邪魔してすみません」
惚けている私を、驚いて固まっているのだと勘違いしたのか、目の前の綺麗な人は眉尻を下げて困った表情を浮かべる。
私は慌てて首を横に振ると、精一杯謝った。
「あ、その、こちらこそごめんなさい!ご用件は何でしょうか?」
再び、目の前の人物に目を向ける。
それにしても、本当に綺麗な人だ。
うん、綺麗、と言う言葉がピッタリ似合う。
黒いローブを羽織っているせいで、白い肌に薄い水色の髪が余計に際立っている。
・・・あれ?黒いローブ?
なんだか、見覚えのある格好に私は、ひくりと頬を引きつらせる。
思い出すまでもない。
先程まで、師匠と話題にしていたのだから。
目の前に佇むこの綺麗な男の人が、昼間の不審者と同一人物だなんて、とてもじゃないけれど信じられない!




