03
気がつけば、家に着いた頃にはすっかり暗くなっていた。
もっと早く帰るはずだったのに、いつの間にやら本に夢中になって貪るように読んでいたらしい。
きちんとした学術書、というよりは俗物的な本ではあったけれど、読み物としては面白かった。
ただ、アイリスさんのことについては「ア」の字も触れられてはいなかったが。
その代わりに、まじないや、魔法のことについて様々なことが書いてあった。
ゴーストに対抗する光魔法なんかは、もしかしたら役立つかもしれない。
けれども、肉体から無理矢理魂を剥がす「乖離魔法」があるという記述には戦慄した。
一体、誰がどんな目的でそんな恐ろしい魔法を発明したのだろうか?
もちろん、そのような危険な魔法の呪文や魔法陣は本には載ってはいなかった。
載っていたら大問題である。出版禁止になること間違い無しだ。
「ただいまでーす」
ドアを開けて、玄関へと入り込む。
外とは違い温かい家の温度にほっとしながら、リビングへと足を運んだ。
「おかえり」
師匠はソファに座りながらこちらを一瞥すると、珍しく本を閉じてそれを机の上に置く。
そういえば、昼間のことを謝らないと。
私が口を開きかけると同時に、師匠が遮るように質問してきた。
「今まで、どこにいたんだ?図書館か?」
「えぇ、まぁ、そうですけど・・・」
正直に答えれば、師匠が探るように一瞬目を細めるが、安心したように肩の力を抜いたのが見て取れた。
一体全体、どうしたというのだろうか?
「図書館に行ったらまずかったですか?」
「いや、この辺りに留まっているよりは、図書館に行ってくれた方が良い」
どういった心境の変化だろうか。
ティロのことを話したときは、外出禁止だとか意味の分からない傲慢なことまで言ってのけたというのに。
私が首を傾げると、師匠は眉根を寄せて難しい顔をした。
「不審者がこの辺をうろついている。しばらくは、1人で外に出るのを控えるように」
「不審者?」
今度は私が眉根を寄せる番だ。
不審者と言えば、昼間のあの人しか思い浮かばない。
「もしかして、真っ黒なローブにフード被ってる人ですか?」
図星だったのか、師匠の目が軽く見開かれる。
それから、眉間に深い皺を刻むと、普段よりも数段低い声で咎められた。
「話しかけたのか?」
一体、私を何だと思っているのか。
いくら不審者を見かけたからと言って、わざわざ話しかけるほど馬鹿ではない。
「そんなことする訳ないですよ!本当はすぐに家に戻ろうと思ったんですけど、その人と同じ方向に行くのが嫌だったので図書館へ行ったんです」
私の説明に師匠は頭上にはてなマークを浮かべる。
あ、そうか。走り去る間際に、図書館に行くって宣言したんだった。
「えっと、その、あの、に、逃げた後に、本当はすぐ戻るつもりだったんです・・・」
途端にこみ上げてきた罪悪感。
今まで師匠の目を見ていたけれども、いたたまれなくなって、私は視線をそらす。
「昼間はごめんなさい」
消え入るような声で謝れば、一瞬の沈黙の後、師匠がふ、と吹き出した。
お腹を抱えるまではいかないけれども、それでも、普段よりは邪気の無い笑みを浮かべる師匠に私はむっとする。
「なんで笑うんですか」
「ははっ・・・いや、まさか、そんなに真剣に謝られるとは思っていなかった」
「だ、だって・・・」
言葉が喉につっかえる。
人が真剣に悩んでいたのに、こうも笑われてしまっては、悩んだのが本当に馬鹿らしくなってしまう。
半眼で師匠を睨めば、悪い悪い、と微塵も謝罪の気持ちがこもっていない口調で謝られた。
「気にしていない、と言ったら嘘になるけれど。予想の範囲内だったから、特に問題はない」
「範囲内って・・・」
「今まで一緒に暮らしてきたんだ。君が色恋に疎いことだって、知識や経験が足りないことだって、知ってる」
その言い方だと、師匠が色恋沙汰の知識や経験が豊富だって意味になるんじゃないだろうか。
一体、誰とそんなことを学んだんだか、と考えて、慌てて思考を追い出す。
今のは、まるで嫉妬しているみたいじゃないか。
師匠にバレたら恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。
今度こそ、本当に穴に埋まってくるしかなくなってしまう。
「わ、私、ご飯作りますね!」
苦し紛れにそう言い残してキッチンに逃げれば、なぜか普段は石のようにソファの上から動かない師匠が追いかけてくる。
「なんで着いてくるんですか!」
「キッチンに用があるだけだ」
平然と師匠は言ってのけたが、私はそんなに平然とはしていられない。
むしろ、先程よりも焦っている。
幼少の頃、そして、大きくなってからもたまに口にするあの味・・・否、味の無い感触だけの料理を思い出して鳥肌が立った。
「え、あの、手伝いなら、なんというか、その、師匠のお手を煩わせるまでもないというか・・・」
頼むからソファで大人しくしていて欲しい。
内心ヒヤヒヤしながら師匠を伺えば、不審そうに片眉を釣り上げられた。
「喉が渇いただけだ」
「ですよね!良かった!」
「何が良いんだ?」
思わず出た本音に師匠が聞き返してくるが、私は笑って誤摩化す。
そして、すぐにコップに水を注いで手渡し、師匠をキッチンから追い払った。




