02
火照った頬をさますために、パタパタと手で煽ぎながら、ぼんやりと景色を見つめる。
図書館に行くとは言ったものの、街まで行く気になれず、結局は家から少し離れた場所に座り込んでいた。
椅子代わりにするのにちょうど良い切り株に腰掛け、ふぅ、と長いため息を吐く。
ちょっと頭を冷やしたら、すぐ家に帰ろう。
私は心の中でそう決めてから、もう1度ため息をついて肩を落とす。
そりゃ、師匠が抱き締めてくれれば、私は嬉しいし、自分もぎゅっと抱きしめ返したいと思う。
けれども、それよりも何よりも、羞恥心の方が勝ってしまうのだ。
その結果、先程みたいに逃げてしまう。
「ああもう、何やってるんだろう・・・」
せっかく、師匠が「恋人らしいこと」をしてくれたのに。
逃げるなんて、おかしいとしか思えない。
後悔と師匠に対する申し訳のなさでいっぱいになる。
そりゃ、こんな態度を取られれば、普段通りに接するしか無いだろう。
私が師匠の立場だったら、相手に逃げられるなんてショック以外の何ものでもない。
でも、師匠は師匠で、どうして欲しい?とか聞いてくるのはやめて欲しい。
何て答えれば良いかなど、恋愛経験0の私にはさっぱり見当もつかないのだから。
「とりあえず、謝っておこう」
最後に大きくため息を吐いてから、もう家に帰ろうかな、と腰を浮かせる。
すると、丁度そこに目の前を横切っていく人がいた。
普通の格好をした人ならば、気にも留めなかっただろう。
けれども、すっぽりと身体を覆う真っ黒なローブを羽織り、フードを目深に被って顔も見えないような人が歩いていたら、思わず凝視してしまう。
怪しい。怪しすぎる。いくら冬に近づいてきたからと言って、防寒するにも限度というものがある。
あそこまで身体を覆ってしまえば温かいかもしれないが、不審者以外の何者でもなくなる。
何か人目を避ける理由でもあるのだろうか。
はたまた、ローブなんて如何にも魔法使いらしい格好をして、自分が魔法を使えることを主張しているだけだろうか。
それなら、とんだ自己主張の強い人間だ。
失礼かな、とは思いながらも、視線でその人を追っていると、ふと顔がこちらを向く。
師匠の時とは、別の意味でドキリと心臓が跳ね上がった。
反射的に身構えたけれども、軽く会釈をされただけで、真っ黒なローブを纏ったその人はすぐに前を向いて歩いて行く。
その後ろ姿をぼんやりと目で追いながら、私は首を傾げた。
彼か彼女かは分からないが、あの人が向かう先には森か私と師匠の住んでいる家しかない。
街へ向かうなら、反対方向だ。
このまま家へ帰ろうとすれば、あの人の後を追うような形になってしまう。
そんなストーカーみたいなことはしたくなかったし、何より、正体不明な人物の後について行くような恐ろしいことはしたくなかった。
「どうしよう」
帰ろうとした矢先だったのに、と心の中で愚痴を漏らす。
こうなったら、やはり本当に図書館まで行って、アイリスさんのことでも調べようか、と思い直して私は街の方角へと足を向けた。
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今ではすっかり躊躇うことなく、私は図書館の敷居をまたぐ。
ティロかミラさんは、いないのだろうか、とカウンターに目を向けるが、そこにミルクティー色の髪の女性はいなかった。
もしかしたら、今日は休みで2人で出かけているのかもしれない。
いいな、と若干嫉妬にも似た感情がふわふわと心の中に浮かんでくる。
私も師匠と一緒に、どこかに出かけたい。
その昔、私がまだ2桁の年にも満たない頃に、師匠と一緒に旅行に行ったことがあったけれども、魔物に襲われて師匠のお腹に穴が開いたという記憶しか残っていない。
あれでピンピンしていた師匠の身体は一体どうなっているのか、心の底から疑問である。
伊達に時魔法で若作りをしている訳ではない、ということなのだろうか?
そんなくだらないことを考えながら、ふらふらと館内を彷徨う。
アイリスさんのことを調べる、と言っても、どの本を読めば載っているのかさっぱり分からない。
こんな時に、アイリス狂のティロがいれば、私がもういいと言うまで、事細かにアイリスさんについて説明してくれるだろうに。
でも、あのアイリス狂のティロも彼女がゴーストの存在を証明していたことしか知らなかった。
『救ってみせるわ』
確かに、彼女はそう言っていた。
あの映像が何を示すのか、私には未だに分からないし、本当にあったことなのかも定かではない。
それでも、アイリスさんが誰かを助けたいと思っていたことを信じてあげたかった。
きっと、ゴーストの存在を証明することは、何か治療の過程に必要なことだったのだろう。
けれども、アイリスさんの功績には「ゴーストの存在証明」しか残っていない。
もし、誰かを助けてあげられたなら、治癒魔法のことで有名になるのではないだろうか?
あのティロでさえ、治癒魔法についての記述は見たことがない、と言っていたのだから、彼女の研究が日の目を見ることはなかったのだろう。
魔法関連書の中に並んでいた、ゴーストに関連する本を手に取りながら、読書スペースへと向かう。
身分証が無く、未だに本を借りることのできない私はここで読んで行くか、もしくはティロに頼んで借りてもらうしかないのだ。
ミラさんのこともあるし、いい加減ティロに頼るのもなぁ、とぼんやり考えながら、私は本の表紙を開いたのだった。




