01
とりあえず、何かを身につけようと思った。
師匠のように、オールマイティに全ての魔法が使えなくてもいい。
私はこれが得意です。と胸を張って言えるようなものが1つあれば。
「紅蓮の炎よ、我が命に従い吹荒べ!」
庭の少し外れ、土が剥き出しになった場所で攻撃呪文の練習をする。
上手く発動できれば、炎が渦巻いて立ち上るはずなのだが、私が唱えたものは、ぷすぷすと黒い煙が燻っているだけだった。
その結果に、がくりと肩を落として、ため息をつけば、スノウが慰めるように頬に擦り寄ってくる。
「ありがと、スノウ・・・」
「ピィ」
「どうやったら、失敗しないのかな?」
「ピピピッ」
頑張って、とスノウが言ってくれている気がして、私は気合いを入れ直す。
「きっと、攻撃呪文は私には合わないんだね。防御呪文とかはどうかな?」
「ピィ」
「我に仇為す者を隔ち、護りたまえ!」
ほんの薄らと、目の前に壁のようなものが出来上がる。
もしかして、成功した?!
大喜びで、それに触れてみれば、残念なことに一瞬にして砕け散ってしまう。
「これじゃぁ、物理攻撃すら防げない・・・」
「ピ・・・」
「やっぱり、召還魔法が一番いいかな?」
「ピ?」
「契約しようとすると、師匠が怒るけど」
それでも、1匹くらい強い魔物が身近に居てくれれば、安心できるんだけどな。
このところ、忙しくてすっかり考える機会がなかったけれど、脳裏にちらつくのは銀髪の女性の姿。
備えあれば憂いなし、と言うように、準備しておくに越したことはないのだ。
それに、せっかく師匠の恋人という位置づけになったのに、魔法がお粗末なのでは顔向けできない。
そこまで考えて、顔に熱が集中するのが分かった。
「恋人、なんだよね・・・」
「ピーィ!」
冷やかすような声を上げたスノウを、私はじっと睨む。
「な、何よ。別に、スノウが面白がるようなことは、何もないんだからね」
「ピュイ?ピ?」
「本当だって。なんていうか、その、逆に、変わらなさすぎて、ちょっと拍子抜けっていうか・・・」
「ピィ!」
「いや、べ、別に、その、もっとベタベタして欲しいとかそういう意味じゃないよ?!ただ、いつも通りすぎて、実感が湧かない・・・」
そう、私たちは恋人同士になったはずなのだ。
けれども、師匠は相変わらず師匠だし、何か劇的な変化が私たちの間に起こった訳ではない。
何かが変わることを恐れていた私だけれど、何も無いなら無いで、物足りないのだ。
最後にした最も恋人らしいことと言えば、告白後のキスくらい。
その後は、師匠と弟子として暮らしていた時と大差ない生活を送っている。
「私って欲張りなのかなー」
ちょっとお洒落して、街に一緒に出かけるとか。
たまには、勉強を休んで、2人で外でゆっくりお茶を飲んで過ごすとか。
そういう「恋人」と定義される人たちがやっているようなことを、やってみたい。
家に籠って2人で本を読んだり勉強をしているだけでは、本当に恋人なのかどうか疑わしい。
ティロとミラさんが楽しそうに腕を組んで去って行った姿を思い出して、私はため息をつく。
私と師匠がああいう風になれる日は遠そうだ。
「ため息をついて、どうした」
後ろからかけられた声に、私はびくりと肩を震わす。
対して、スノウは私の頭の上から飛び立つと、くるくると数回、頭上を旋回した。
「ピピッ!」
「あ、え、帰るの、スノウ?ばいばい!」
師匠が来た途端に森へ帰って行ったスノウに、さては気を使われたか、と私は考える。
こういうところ、スノウも女の子なんだなぁ、と思ったり。
「あまりに魔法が使えなくて、落ち込んでいたのか?」
スノウを目で追いながら、見当違いなことを言う師匠に、まさか、ため息の原因はあなたです。とは言えずに、愛想笑いを浮かべて振り返る。
「何でもないですよ」
「君のあの魔法は、何でも無いようには見えなかったけどな」
「べ、別に失敗したくて、した訳じゃ・・・」
そこまで言って、私はふと考える。
私が魔法を使っているところを、師匠は見ていた。
けれども、魔法の練習をしていたのは、スノウと話しをする前だ。
と、いうことは・・・?
「師匠、もしかして、聞いてました?」
「何をだ?」
とぼけている割に、にやにやと、意地の悪い笑みを浮かべる師匠に、これは絶対確実に間違いなく聞いていたと私は確信する。
穴があったら入りたいどころの騒ぎではない。
入るだけではなく、埋めて欲しい。
「僕としては、君が怖がらないように、努めて普段通りにしているつもりだったんだけどな」
言いながら、ぐい、と腕を引かれ、バランスを取れなくなった身体は、簡単に師匠の腕の中へと倒れ込む。
そのまま、ぎゅ、と抱きしめられて、思わず顔が赤くなった。
「ちょ、し、師匠・・・!」
離れようと、腕を突っぱねれば、それよりも強い力で押さえられる。
首にあたる師匠の髪の毛がくすぐったい。
「リザは強引にされる方が好みなのか?」
耳朶に直接かかる吐息に、身体が震えた。
内蔵が燃えてるんじゃないかと錯覚するほど熱いし、心臓は動きすぎて止まるんじゃないかと思うほど、早鐘を打っている。
「い、意地悪!」
せめてもの抵抗にと、そう零せば師匠が喉の奥でくっ、と笑う。
「褒め言葉だ」
どこの悪役の台詞だ!と突っ込みたいけれど、私はぐっと言葉を呑み込む。
不用意なことを言って、師匠の反感を買ったらどうなるやら。
今のこの体勢はあまりにも私に不利だ。
「ねぇ、リザ。どうして欲しい?」
そう低く囁かれて、ぞわりと背中が粟立ち、全身の力が抜けるような感覚に襲われる。
とてもじゃないが、恥ずかしさに耐えられなくなった私は自分の口が師匠の耳元にあることも忘れて、大きく叫んだ。
「私!ちょっと図書館行ってきます!」
突然の大声に驚いたのか、師匠の拘束が緩まる。
もちろん、その機を逃がさなかった私は、するりと腕の中から抜け出すと、そのまま振り向かずに走って逃げた。
「これだから、努めて普段通りにしているんだ」
肩を竦めながら零された師匠の苦笑に、私は反応する余裕も無く、ただただやはり師匠には敵わないのだと実感するだけだった。




