13
「どうやって、師匠はアルノーさんと知り合ったんですか?」
スノウにパン屑の欠片をやりながら、私は半分振り返って師匠に尋ねる。
ソファに転がって本を読んでいた師匠は、一瞬目を上げたけれども、直ぐさま視線を元に戻す。
その態度に、む、として、手元が疎かになれば、ピッ!とスノウに叱責を頂いた。
「ごめん、スノウ」
「ピィ」
「・・・最近、スノウ厚かましくなってない?」
「ピピ?」
なんのこと?と言わんばかりに、スノウが首を傾げる。
そして、すりすり、と私の手に寄ってくる様子が、あまりにも可愛くて、自然と顔が綻ぶ。
こうやって甘やかすから、ダメなのかな?
そう思いつつも、彼女が大切な相棒であることは間違いない。
「それで、師匠。実際のところ、どうなんですか?」
師匠にも手元にも注意を払いながら、私は問いかける。
もぞり、と師匠が動く音がしたけれど、返事はなかった。
「ねぇ、師匠ってば!」
「うるさい」
「答えてくれない師匠が悪いんですからね」
「答えただろう?アルノー=ブルーゲルは僕の友人であり、彼こそが青い薔薇を発明した人物だと」
「でも、アルノーさんって500年も前の人間ですよ?」
ふぅ、と長いため息が聞こえる。
それから、ぱたん、と本を閉じる音がして、師匠がこちらに来る気配がした。
何をしているんだろう?と思いつつも、私はスノウから視線を離さない。
すると、ずしり、頭の上と背中に重い物がのしかかる。
「わっ、ちょっと、師匠!何するんですか!」
「別に構わないだろう?」
顎を私の頭に乗せて、自身の体重を半分くらい預けているようだ。
「師匠、重いです」
「君だって、よく僕に寄りかかるじゃないか」
「それはそうですけど・・・」
ピィ、と手元でスノウが鳴く。
彼女は最後のひと欠片を嘴に挟むと、師匠の頭の上に乗った。
「あれ、スノウが珍しい」
「ははっ、君の頭の上が空いてないからだろうね」
少し思うのは、師匠に好きだと伝えた日から、こうして構われる頻度が増したかもしれない、ということ。
今までだって、散々構われたり、セクハラまがいなことを言われたりしたけど、私からくっつくと、いつも引き剥がされていた。
でも、今は私から行っても、邪険にされることが少なくなった気がする。
それでも、本を読んでいたりするときに飛びつこうものなら、容赦なく表紙で叩かれるけど。
「アルノーとは、500年ほど前に知り合った」
「え?」
このまま話しを流されるのかと、半ば諦めていただけに、師匠が口を開いたのは意外だった。
そして、その内容はあまりに衝撃的だった。
「時魔法で過去に行ったとか?」
「まさか。僕が、500年以上生きているということだ」
「へぇー・・・師匠が・・・って、はぁ?!」
素っ頓狂な声を出してしまうが、師匠はそんな私を笑うこともなく、静かに続ける。
「気味が悪いか?」
師匠が耳元でそう囁く。
500年も生きている人間。
それは、果たして人間と呼べる寿命なのだろうか?
でも、師匠はお腹に穴が開いても動いていられるような人だ。
不老不死なんじゃないかと疑うし、一体どうやってそれを実現しているのかも不明。
得体の知れない人物という言葉がぴったりくる。
けれども、私はそれに恐怖も気持ち悪さも感じない。
「逆に、師匠が長生きで嬉しいですよ」
「そうか?」
身体にまわる師匠の手の力が、少し強まった気がした。
私はそっと、自分の手をその上に重ねる。
「ていうか、師匠って時魔法使えるし、それも有り得るのかなぁって」
「あぁ・・・時魔法ね」
「だって、毎日、肉体の時間を一日巻き戻せば、年は取りませんよね?」
「なるほど。それも有りだ」
「有りってことは、別の方法で若返ってるんですか?」
師匠は笑い声を上げただけで、教えてくれない。
しかし、師匠が時魔法で若作りをしているというのは本当だったのか。
これは、ぜひとも、次にシオンさんに会ったときに教えてあげないといけない。
「なんか、すっきりしました。アルノーさんとどうやって知り合ったのかが、気になって仕方なかったんです」
「アルノーについて、聞きたかったのは、それだけなのか?」
「どんな人だったのかなー?とは思いますけど。それよりも、今は、他の魔法使いに興味があって」
「誰だ?」
「アイリス=グレイって人です。ティロが崇拝してる女性の魔法使いですよ」
「アイリス・・・」
すっと、師匠の重さが離れて行く。
待ってましたと言わんばかりに、スノウが私の頭の上に舞い戻って来た。
「師匠は、アイリスさんって知ってます?」
「・・・さぁな。他人に興味ないから」
「ですよね」
予想通りの答えに、私は苦笑する。
そして、昼間に見た不思議な光景のことを話そうかと思ったけれど、やはり馬鹿にされそうだ、と思い直し、出かかった言葉を呑み込んだ。
あれを見られるのが私だけなら、少しだけ秘密にしておきたい。
魔法はからっきしだけど、もしかしたら、特別な力があるんじゃないかと錯覚できるから。
真っ向から師匠に否定されるのは、もう少し後でいい。
「自分で、いろいろ調べてみます。それに、魔法も失敗しないで使えるようにしなくちゃ」
「随分と殊勝な心構えだな。どういう風の吹き回しだ?」
私のこの溢れ出るやる気の理由など、火を見るより明らかだ。
「師匠に見合う人間にならなくちゃいけませんもん!」
弟子、という意味でも。
もちろん、恋人、という意味でもね!




