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「それで、返事は?」
「へ?」
ケーキの箱を食卓の上に置き、さぁ、ひと息つこうか。という時に、師匠は小首を傾げながら私にそう尋ねた。
一体、なんの返事だろう。と考えてから、昨日のことかと合点して、私は真っ赤になる。
「な、だ、だって・・・」
「だって?」
じりじりと迫ってくる師匠に、じりじりと後ずさる。
嬉々とした表情を浮かべているあたり、私の返事に対する不安など微塵も持っていないのだろう。
「あ、あ、あのですね・・・。その・・・。昨日、すでに言った通りでして・・・」
「リザに言われたのは、僕に嫌われたくない、ということと、僕のことが知りたい、ということだったな?」
「そうです!それです!それが、返事っていうか、私が最初に言ったっていうか!」
「それに対しては、答えてあげたと思うんだが」
確かに、昨日、ドア越しに教えてもらった。
そのおかげで、私が調べていたアルノーさんと、師匠の友人は同じ人物だと確信できたのだ。
それと、嫌いにならないで、の答えも。
「僕は君の言葉にきちんと応えたはずだ。それなのに、君はそうやって、はぐらかして流すのか?」
「そ、そんなこと・・・」
「そんなに僕のことが嫌いか」
途端に、悲しそうな顔をする師匠に私は慌てる。
師匠が嫌いだなんてとんでもない。
むしろ、その逆だ。
「違います!嫌いなわけないです!」
「それじゃぁ、どう思ってるんだ?」
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべたところで、私は気付いた。
今の悲しげな表情・・・嘘だったのか!
私から返事を引きずり出そうと、師匠がこんな演技までするなんて!
「ど、どうって・・・」
「ねぇ、リザ」
そっと頬に手を添えられ、師匠の顔が近づいてくる。
こつん、と軽くあたった額。
あまりの至近距離に、私は頭の中が真っ白になる。
「教えて?」
もう、逃げられない。
金色の双眸はしっかりと、私を見据えている。
恥ずかしさのあまり、その目を見ることもかなわず、私はぎゅっと瞼を閉じた。
「す・・・」
動悸が激しくなり、声が掠れる。
「すき・・・です」
「よくできました」
「なっ・・・ん」
唇に柔らかいものが触れ、続けようとした抗議は全て呑み込まれる。
師匠が自身のそれで塞いだことに気付くのに、時間はかからなかった。
触れるだけの軽いもの。
けれども、私の頭がパンクするには十分だった。
すっと離れた師匠の手。
私は真っ赤になりながらも、ぽかんとして、師匠を見上げる。
余裕の表情で楽しそうに笑っているのが憎たらしくて仕方がない。
「き・・・キスした」
「お互い好きなんだ。もう、遠慮はしないからな」
「え?えぇ?!」
「今まで我慢していた僕の理性を褒めて欲しいくらいだ」
驚愕の事実に、私は瞠目する。
それって、それって、もしかして。
「あ、あの・・・師匠はずっと私のこと・・・」
「好きだったよ。でも、君が僕と師弟であり、家族であることを望むのであれば、何も言わないつもりだった」
ふ、と師匠が目を細める。
「嬉しい」
たった、それだけだった。
けれども、その言葉は私の胸にずん、と響く。
普段、嫌味ばっかりの師匠が素直に喜びを表現したのが、珍しかったからかもしれない。
それでも、この一言に込められた、感情の重さが声に如実に現れていたのは確かだ。
こんなに穏やかで、優しい声が出せるなんて。
感極まってしまった私は、思い切り、ぎゅ、と師匠に抱きつく。
師匠もそれに応えて、抱きしめ返してくれる。
「私も、とっても嬉しいです!」
「そうか。でも、僕には負けるだろうな」
「そんなことないですもん!」
「何年越しだと思ってるんだ。僕は君が生まれる前から・・・」
「え?」
きょとん、として聞き返せば、師匠は口が滑ったとばかりに口元に手を当てる。
そして、私を引きはがすと、にっこりと笑みを浮かべた。
「さぁ、ケーキを食べようか」
「え、でも、師匠、今なんか聞き捨てならないことが」
「リザ、君の好きなショートケーキだぞ」
「ちょ、ちょっと、師匠」
「僕の分も欲しいか?あげないこともないぞ」
「欲しいです!ください!じゃなくて、もしかして、師匠はロリコ・・・」
「黙れ。断じて違う」
すたすたとキッチンに向かう師匠の後を追いかけて、私はぎゃんぎゃんと喚き立てる。
「どういう意味ですかー!教えてくださいー!」
「教えない」
「師匠の意地悪!」
「意地悪で結構」
「だいたい口を滑らせた・・・むぐっ」
突然、口が塞がったまま動かなくなる。
声は出るのに、口が開かない。
この異常な事態は、師匠が無言詠唱のせいだと確信する。
「んー!んー!」
「うるさい。しばらく、その口を閉じておけ」
「んーっ!んーっ!んんーっ!」
「それとも、本当に知りたいというのなら・・・」
師匠が私の肩をぐっと掴む。
思わず身を引こうとしたけれど、動けない。
蛇に睨まれた蛙のように、私は固まってしまう。
「さっきの続きを最後まで出来たら、教えてやろうか?」
口の端を上げて、師匠が目を細めて笑う。
あまりにも妖艶なその笑みに、私はぶんぶんと首を横に振った。
続きっていうのが、なんだかよく分からないけれど、きっと、私にとって不都合なことに決まっている。
師匠は私を掴んでいた手を離すと、ふん、と鼻を鳴らした。
「それが無理なうちは、教えてやらん」
「んー?んーっ!」
「さ、お茶の時間にでもしようか」
とりあえず、師匠は師匠のままだということがよくわかった。
お互いの気持ちが通じても、何かが激変する訳じゃない。
その事実に、私は少しだけホッとしていた。
今まで通り、でも、少しだけ距離が近くなる。
私が恐れていたような、気まずさは何もない。
それが、とても嬉しかった。
でもね、師匠。
魔法解いてくれないと、ケーキ食べれないんだ!




