06
翌朝、師匠と顔も合わせたくなかった私は、さっさと自分の分の朝食を胃袋に突っ込み家を出る。
もちろん、師匠の分なんか用意してない。
少しだけ気は引けたけれど、なんでもかんでも自分の思い通りになると思ったら間違いだと言う事を教えてやらないと。
早朝の柔らかい日差しを浴びて、玄関から飛び出した私の元に、スノウが飛んで来る。
「ピィ!」
短く挨拶だけすると、彼女は私の頭の上に鎮座した。
スノウの愛らしさに、とげとげしていた私の気も少しだけ和らぐ。
「ね、スノウ。師匠ってば、酷いんだよ」
「ピュイ?」
「私に家から出るなって。意味分かんない」
ずかずか、と普段よりも気持ち足を踏み出す勢いが強い。
どうしてこんなにも腹が立つのかよく分からなかったけれど、ティロのことを悪く言われたのが原因だと思っている。
それか、友達が出来たのに、一緒に喜んでもらえなかったことへの落胆かもしれない。
師匠はどうして私の気持ちを汲んでくれないのだろうか?
私はただ、師匠に一言「良かったな」と、言ってもらえれば、それだけで満足だったのに。
師匠の顔を思い浮かべて、泣きたくなった私は、鞄を肩に掛け直すと、逃げるようにして街へと走った。
◆ ◇ ◆ ◇
最初は尻込みしたものの、昨日よりも時間を掛けずに私は図書館へ潜り込むと机のあるスペースへ向かう。
そこでは、本を広げている人がちらほらいて、私もそれに倣って昨日借りた「魔法使いの栄華」に目を通すつもりだ。
開館したばかりからか、この大きな図書館には両手で十分足りる程の人数しかいない。
カウンターの横を通り過ぎる時に、ミラさんと一瞬だけ目が合ったけれど、それはすぐに逸らされてしまった。
相変わらず、ミルクティー色の髪は真っ直ぐだし、化粧もばっちりだ。
私も目元くらいは化粧をしているつもりだけれど、ミラさんと比べて自分のメイクがあまりにも幼稚で少し恥ずかしくなった。
真っ直ぐに読書スペースに向かい、音を立てないようにそっと椅子を引いて腰をかけると、鞄から例のものものしい装丁の本を取り出す。
表紙を捲ると、バリッ、と言う音とともに、紙の独特の匂いが立った。
本や紙の香りを嗅ぐと、気持ちが落ち着くのは何故だろうか?
そんなことを考えながら、私は一気に後ろのページに飛んで、索引からアルノーという名前を探す。
【ア】の欄の一番上には、ティロの調べているというアイリスの名前がある。
そこから指でなぞって、7つほど下へ降りたところにその名前はあった。
「えっと・・・89ページ」
家にいる調子で声に出してしまえば、斜め前で座って本を読んでいた人の視線がこちらに一瞬だけ向く。
私は慌ててすみません、と頭をさげて再び目を本に戻した。
スノウもポケットからひょっこり顔を出して、本を一緒に眺めている。
開いたページには、年表があった。
【青い薔薇の開発】という項目の隣に、アルノー=ブルーゲルの名前がある。
これは、もしかして、青い薔薇を作り出したのはアルノーさんということだろうか?
すっと目を横にずらして、私は年代を見る。
それから、見間違えだと思って、目を擦ってから、もう一度年代に目を向けた。
けれども、そこにある数字に変わりはない。
どこからどう見ても、その文字はアルノーさんが500年も前の人物だということを示していた。
何かの間違いじゃないのだろうか?
師匠の友達なのに、500年も前の人物だなんて、おかしい。
この年表が本物だとしたら、師匠は500年は生きている計算になってしまう。
師匠はどう多く見積もっても20代後半だ。
ありえない。
けれども、時魔法を使える師匠なら、ありえるのだろうか?
いやいや、それかアルノーさんが500年生きていて、未だに健在とか。
それとも、本当は師匠に友達なんかいなくて、見栄を張ってるだけとか・・・。
今朝方、師匠に感じていた怒りも忘れて、私の頭の中を疑問が埋め尽くす。
それと同時に、なぜ、師匠が隠したがるのか推測する。
この本に載っているアルノーさんが、師匠の言うアルノーさんであるならば、師匠はなぜ500年も前の人間と友人なのかを説明しなくてはならない。
だから、私に話すのを嫌がるの?
けれども、現実的に考えればこの年表に載っているのは同姓同名のアルノーさんであって、師匠の友達は今の時代にいる別人である可能性の方が高い。
頭が混乱してきた私は、とにかくこの本に載っているアルノーさんの情報を探ろうとページを捲る。
索引には「89ページ」としか書いていなかった。
この分厚い本にたった1ページしか載っていない、というのは考えにくい。
今までの経験上、あまり大きくその事柄が載っていないページは索引には書かれていないのだ。
こういうときは、「アルノー=ブルーゲル」という文字列に魔法を掛けて、それから呪い晒しでその魔法が掛かったページを探るのが一番早い。
呪い晒しはいいとしても、文字列に魔法をかけるなんて技が、私に使えるだろうか?
そこまで考えて、やってみないと何も変わらない、と思い直す。
本当に師匠に関わる友人のことを知りたければ、やるしかないのだ。
とにかく、本を壊さなければ大丈夫だろう。
私は深く深呼吸すると、本を一旦閉じて、表紙に手を当てる。
「彼の内に秘められし<アルノー=ブルーゲル>なる言の葉に、明星たる光を与えん」
ふわり、と小さな光が溢れる。
斜め前に座っていた人は、迷惑そうにこちらを睨んで来たけれど、魔法に集中しないといけないので、私は無視をした。
そして、溢れた光が落ち着いて元に戻ると、再び魔法を掛けるために表紙に手を添える。
「彼の者に掛けられし呪の言、我の前に晒さん」
呪い晒しの前に掛かっていた魔法が、上手くいっていたのか、頭の中に情報が流れて来る。
89、134、179、402と、ページの数が浮かび上がる。
覚えてしまわないと、またこの静まり返った図書館で呪文を唱える、という恥ずかしいことをしないといけない。
私は忘れないように、素早く5回、口の中で復唱する。
と、その時、ぽん、と肩を叩かれて小さく悲鳴が漏れてしまった。
驚いて振り返れば、そこには昨日と同じように銀色のフレームを掛けたティロが立っている。
「おはよ。ごめん、驚かせた?」
「あ、うん。えっと、おはよう」
気の利いた返事ができずに、私はしどろもどろになりながら答える。
けれども、ティロは意に介した様子も無く、私の隣の椅子を引くとそこに落ち着く。
「ね、今のって魔法?なんか光ってたけど」
「うん、そうだよ。忘れちゃうから、ちょっと待ってもらっていい?」
「忘れる?」
ティロが不思議そうに首を傾げたけれど、私はページ数を忘れる前に確認するために本を開く。
134ページ、はずれ。
表題の下に名前があるだけ。
179ページ、はずれ。
年代順に魔法使いの名前を並べただけ。
402ページ、祈るようにして私は開く。
すると、そこには各魔法使いの生年月日と没年月日が書いてあった。
アルノー=ブルーゲルの文字は、私が最初に掛けた魔法のせいで金色に光輝いている。
その横、没年月日の部分に【消息不明】と書かれていた。
隣に座っていたティロが、身を乗り出して本を覗き込んで来る。
「わ、文字が光ってる。リザの魔法?」
「あー・・・うん。そうなんだけど・・・」
「アルノーについて調べてたのか」
「でも、あんまり知りたいことは載ってないかも」
「知りたい事?」
「アルノーさんが、どんな人なのか、とか。交友関係とか」
私が言うと、ティロは難しい顔をして唸る。
「500年前の人間だからね、ある程度は記録に残ってるけど、ちょうど有名になり始めた頃に行方不明になったみたいだから・・・」
「この消息不明っていうのは、いつ亡くなったのか分からないからなの?」
「そうだよ。ちなみに、アイリスも消息不明なんだ」
嬉々としてアイリスのことを語り出しそうなティロに、そうはさせまい、と私は質問を続ける。
「友人関係だけでもいいから、分からないかな?」
「さぁ?そこまでプライベートなことは、さすがに載ってないんじゃない?」
「だよね・・・」
「でも、アイリスと同じ地方の出身だったから、2人は顔見知りだったかも」
「そうなの?」
意外な情報に、私はティロがアイリスの話をするのを遮るのをやめる。
自分の専門の話ができて嬉しいのか、ティロは先程よりも少し声のトーンが高くなった。
「僕の見解なんだけどね。アイリスとアルノーは丁度、年齢も近いんだ。魔法使いなんて、そうそういるもんじゃないし、お互いに名前くらいは絶対知ってたと思う」
「魔法使いってそんなに少ないもの?」
「そりゃ、にわかくらいなら、ごまんといるけど、アイリスレベルになるとそうそういないよ。アルノーもあまり有名じゃないけれど、本に名前が残るってのはすごい魔法使いだったに違いない」
「それなら、師匠も本に載ってたりするのかな?」
「リザのお師匠さんが、どういう人かは知らないけれど、街の人達の為に魔法を使う人は結構いるからね。何か歴史的な発見をしないと、名前は残らないよ」
「それじゃ、アイリスとアルノーは何で名前を残してるの?」
「アイリスは、もちろんゴーストの研究。この世にゴーストが存在するって、初めて証明した人なんだ。アルノーは、青い薔薇の発明くらいかな?だから、残ってる資料も少ないんだ」
ティロの説明に、私はそうなんだ、と相槌を打つ。
アルノーさんのことを調べるのは、とても苦労しそうだ。
けれども、今日は「消息不明」と「青い薔薇の発明」という情報の収穫があった。
そこまで考えて、私はハッとする。
「ねぇ、ティロ。青い薔薇って、融合魔法だよね?」
「その辺は、僕にはよく分からないけど・・・」
「あ、ごめん。でも確か、ルーカスさんが・・・」
言っていた。
青い薔薇は融合魔法による発明だって。
私は、今調べているアルノーさんが、師匠の友人であるアルノーさんと、やはり同一人物なのではないかと考え直す。
消息不明、ということは、アルノーさんがどこでどういった死に方をしたのかも分からない。
ということは、もしかしたら、ゴーストとしてまだこの世に残っている可能性も否定はできない。
「少しだけ、知りたいことに近づいたかも」
私がそう言うと、隣でティロが小さく微笑んだ。
「それは良かった。アルノーはアイリスと違って、資料が少ないから苦労するかもしれないけど、頑張って」
「ありがとう。でも、アルノーさんって本を残してないんだよね?」
「僕の知る限りでは、出版はしていないみたい。出版していないだけで、手記を残しているかもしれないけど」
ルーカスさんから貰った本は、手記だったのだろうか?
その辺は中身を見ていないので、私には推し量りかねる。
「もしかしたら、禁書の部屋に手記があるかもね」
「禁書?」
首を傾げると、ティロは大きく頷く。
そして、私たちの後ろを指差した。
「あの奥の扉、見える?」
私は少し目を細めて、ティロの指差す先を見る。
長い長い通路の突き当たりに、小さな扉があるのが分かった。
よく、お店などにあるような「店員以外立ち入り禁止」と張ってありそうな小さな扉だ。
「あれが何?」
「あそこ、禁書の置いてある部屋なんだ。貴重な資料が保管されてる。貴重って言っても、こんな田舎の図書館だし高が知れてるけど」
「アルノーさんの手記もあるかな?」
「もしかしたら、ね。アイリスの手記はあったし。そうだ、今度、アイリスの手記を見せてあげるよ。まぁ、メモ程度しか持ち出せなかったんだけどさ」
なんで持ってるの、とばかりにティロに視線を投げれば、しまった、という顔をした後、少し罰が悪そうに頬を掻いた。
「1回だけ、忍び込んだことがあって。どうしても、アイリスの手記が見たくてさ」
「それにしても、持ち出すって・・・ティロって意外と悪い子なんだね」
「あんな奥で眠ってるより、絶対良いって。まぁ、ミラにバレて、これでもかって言うくらい怒られたけど。手記の1枚だけはバレずに、今でも持ってるんだ」
どうやらティロは好きなものにはとことん一直線の人間のようだ。
真面目な風体に反して、意外とそういった悪いことをする面も持ち合わせていることに、私は顔にこそ出さなかったが心の中では大いに驚いた。




