04
どこに行く宛てもなく、ただぶらぶらと私たちは街の中をまわる。
ポケットに入っていたスノウも、私の頭の上に出て来て大いにくつろいでいるようだ。
いつもは師匠と歩く道も、ティロと一緒に歩くと景色が違ってみえる。
師匠と違ってさっさと歩いて行ったりしないティロは、ちゃんと隣に並んで歩いてくれていた。
「ゴーストって、どんな感じなの?」
「私が見たのは大きなウサギだったよ」
「ウサギのゴースト?やっぱり、こう・・・グロい格好してるのかな?」
「全然。ルーニーラビットが大きくなって、人間の言葉を話してるだけ・・・だったかな。とにかく大きかったけど、普通の姿と変わらなかった」
「へぇ。もっと、ゾンビみたいになるのかと思ってた」
ティロの言葉に私は首を傾げる。
「ゴーストはゾンビみたいな姿にはなりえないよ」
「どうして?」
「ゴーストっていうのは魂そのものだから、その人が一番好きだった時の自身の形を取るんだって、師匠が前に言ってた」
「じゃ、もし、首を刎ねられて死んだとしても、その人の姿は・・・」
「首を刎ねられた時の姿じゃなくて、ちゃんと首がくっついてる時の姿なんじゃないかな?」
「そうなんだ。でも、その人が特殊な人で、首を刎ねられたときの姿の方が好きだったら、それがそのゴーストの形になるんだね」
なるほど、とティロは納得したように頷く。
師匠に教えてもらっている私は、今の話は当たり前のことだと思っていたのだけれど、ティロにとっては初耳の内容だったらしい。
学校ではゴーストのことは教わらないのだろうか?
私の疑問が顔にそのまま出ていたのか、ティロが困ったような笑いを浮かべながら教えてくれる。
「学校じゃ、ゴーストのことは教えてもらえないんだよね」
「そうなんだ。でも、ゴーストのことは知っておかないと、危ないんじゃないかな?」
「ボクもそう思うんだけど。学校ではそんなことは教えてくれないのさ」
「学校って必要なことを教えてくれる場所なんじゃないの?」
「そのはずなんだけど」
皮肉っぽい笑みを浮かべてから、あ、と思い出したようにティロは鞄をごそごそと漁る。
歩きながらやっていたのだが、やがて、なかなか目当てのものが見つからないのか、ティロは立ち止まって鞄の中の捜索を始めた。
道のど真ん中に突っ立ってやっている訳にも行かないので、私たちは道路の脇に寄る。
そこに座るのにちょうど良い花壇があったので、2人してその縁に腰掛けた。
真っ赤な実を結んでいるサンザシが植わっている花壇にスノウは興味津々な様子で、私の頭の上から飛び立つと葉っぱの間に潜り込んでしまう。
放っておいても、迷子になったりはしないはずなので、私はスノウの好きにさせておいた。
大方、サンザシの実でもつまみ食いするつもりなのだろう。
「あ、あった、あった」
「何の本?」
ティロが取り出したのは、普通の本より少し角張っており、そこまで分厚くない質素な本だった。
題名の部分に「魔法薬学」と書いてある。
「これ、学校で使ってる教科書なんだ」
その一言で、私の中の興味が爆発するようにその本に注がれる。
これが、学校で勉強するために使う本!
私は自分が出来る限りの期待を込めた目でティロを見る。
「さ、触っても良い?」
「触るどころか、中も見て良いよ」
私の返答が面白かったのか、ティロは肩を震わせながら言う。
けど、そんな反応はおかまいなしに、私は教科書を手に取る。
ぺら、と捲ってみると、まず、「第1章 塗布薬」という文字が目に飛び込んで来た。
1番最初に載っていたのは傷薬の作り方で、最近これについて評判が良いという話をもらった私はわくわくしながら読み進める。
まず最初に、薬草を乾燥させる。
それから、乳鉢で葉が粉末状になるまで擦り、そこに少量の水を加える。
水?
私は疑問に思って、もう一度その部分を読み返す。
確かに、教科書には「水」と書いてある。
けれども、ただの水よりも、ここは朝露を使った方が効果が高まるはず。
秋場しか手に入らない朝露を集めるのは大変だけれど、月の光を浴びながら朝を迎えた水滴は若干の魔力を含んでると師匠が言っていた。
「どうかした?」
私がよっぽど難しい顔をしていたのか、見兼ねたティロがそう問いかけてくる。
これは、是非とも教えてあげるべきだろう。
「この工程で水を入れる部分なんだけど、ただの水じゃなくて朝露の方が良いんだよ」
「朝露?それって、朝方に植物とかについてる?」
「うん」
「同じ水分なんだから、変わらないんじゃないの?」
私もティロと全く同じ質問を師匠にしたな、と思い出して少し面白くなってしまう。
あの時は「君は本当に考えが足りないな」って罵られた気がする。
「同じ水でも、状況によっては魔力を含むことがあるんだよ」
「水に魔力があるってこと?」
「そうそう。水は魔力を蓄える媒介として、よく使われるんだけど・・・例えば、聖水とか」
「聖水は確かに、ゴーストやアンデッド系の魔物を退治する力があるけど。聖水には魔力があるってこと?」
「そういうこと。聖水の作り方なんだけど、普通は水に対して祈祷文を読んで作るのは知ってる?」
「知ってるよ、それくらいは」
馬鹿にされたと思ったのか、ティロが少しだけむっとして答える。
くい、と眼鏡を持ち上げて、ずれを直すと、灰色の目で真っ直ぐにこちらを見た。
「それなら、祈祷文は実は光魔法の呪文だって知ってた?」
「・・・知らなかった」
見つめていたティロの目が、驚いたのかまん丸に見開かれる。
私もこの話を聞いた時には、ティロよりも驚いた。
目も口も開いて塞がらなかったしね。
「師匠に教えてもらったんだけど、水に光属性の魔法を貯めるための呪文なんだって。だから、アンデッドやゴーストに聖水は有効なんだよ」
「へぇー・・・そんなカラクリがあったのか。神に祈ることで、水が何か神聖なものに変化するんだと思ってた」
「私もティロと同じ事思ってたよ。けど、違うんだって。それで、朝露は一晩、月の光を浴びてるから少しだけ魔力を帯びるの」
「月の光は呪文とは違うよね?どうして、魔力を帯びるの?」
「『月の光』そのものに魔力があるからだよ。さっきの青い鳥、スノウも月光鳥って言って、月の光を浴びて自身に魔力を貯める魔物なの」
「あいつ、魔物なの?」
先ほどから驚いてばかりで、ティロは少し疲れたのかもしれない。
眉間に手を当てて、俯いてしまった。
「ボクも勉強不足だな。君の知っている事の半分も知らないじゃないか」
「そんなことないよ。きっと、ティロの方が物知りだよ。ティロが知らないことをたまたま知ってただけだと思うし!」
「そうかなぁ?自信ないけど」
はは、と自嘲気味に笑う彼に、もしかして、私は悪いことをしてしまったのではないかと不安になる。
こんなことなら、たかが水のことくらい指摘しなければ良かった。
せっかく友達になれそうだったのに、自分から関係を壊してしまうなんて最低だ。
「ごめんね、ティロ」
「どうしてリザが謝るの?」
「あ、うん・・・なんか、悪い事したのかな、って」
正直にそう言えば、俯いていたティロが怪訝な表情でこちらを見る。
けど、それは一瞬のことで、彼はふっと表情を緩めて微笑んだ。
「別にリザは悪くないよ。ボクが勝手に自己嫌悪してるだけだから」
「なんで自己嫌悪なんかするの?」
「いやいや、あまりに自分が無知で嫌になったんだよ。リザと話してると、勉強になるし、楽しいよ」
「本当?」
自分と話していて勉強になるなんて、びっくりだ。
師匠は私の事、馬鹿だって言うし、シオンさんと話していても別に彼に有益になるようなことを話したりしない。
だから、そう言ってもらえるのはとても新鮮で、少しだけ気恥ずかしくなった。
「ねぇ、リザはこの辺に住んでるの?」
「うん。街から歩いて20分くらいのところ。森のすぐ近くに住んでるよ」
「・・・もしかして、リザって、あの魔法使いなのに誠実で温厚だっていう人のお弟子さん?」
誠実で温厚って誰のことだろう。
私は動きを一旦停止して、思考をフル回転させて考える。
少なくとも私の師匠は「誠実で温厚」なんて形容されるような人間ではない。
特に温厚だなんて、師匠の反語として存在するような言葉だ。
そして、10秒くらいたっぷり考えた後、あぁ、とあることに辿り着く。
私の師匠はそういえば、猫かぶりなんだった。
「あーそうだね、うん。一般的には温厚だとか言われてるのかも・・・」
「あれ?本当は違うの?」
「代名詞が意地悪でも鬼畜でも申し分ないくらいには」
ティロは可笑しそうに吹き出すと、目尻に溜まった涙を拭う。
「お師匠さんと仲が良いんだね」
「そんなことないよ。師匠ってば、いっつも私のこと虐めるんだもん」
「それだけ、リザのことを気にかけてるってことでしょ」
「いや、自分がただ楽しいからだと思うけど・・・」
ふと、遠くから響いて来た鐘の音に、私は今何時だろうと思う。
残念なことに、自身の腕時計は置いて来てしまったので、隣にいる彼を頼ることにする。
「ごめんね、今、何時?」
「え?あ、ほら」
ティロは袖を少し捲って、腕時計が見やすいように私の前に差し出す。
そして、2人してそれを覗き込んだ。
「もう16時なんだ。帰らなきゃ」
「そっか、帰ってご飯作るんだっけ?」
「うん。師匠が作ったご飯って食べられたものじゃないから」
私は教科書を閉じて、ティロに渡す。
それを受け取った彼は、乱雑に鞄の中にしまい込んだ。
「あっと言う間だったなぁ」
立ち上がった私はぐ、と伸びをする。
隣にいたティロも立ち上がり、それに倣った。
「ボクもだ。久々に良い刺激になったよ」
そう微笑んでくれたティロと、ここでお別れかと思うと寂しくなる。
もしかしたら、もう会えることも無いかもしれない。
そう考えたとき、あることを伝えないと、という強迫観念に近いものが私の中に押し寄せて来た。
「ねぇ、ティロ」
私は居住まいを正して、改めて彼と向き合う。
そんな私が不思議だったのか、疑問符を浮かべてはいたが、ティロは応じてくれる。
さぁ、いつでも伝える準備は万端だ。
けれど、いざ、口にしようとすると、だんだんと心臓の鼓動が早くなってくるのを感じる。
どうしよう、でも、言わなきゃ。
言わなきゃ、今日で最初で最後になるかもしれない。
それは、嫌だった。
私はぐっと、目を閉じてティロに伝える。
「もし良かったら、友達になってくれませんか?」
沈黙が下りる。
周囲の音がやけにうるさかった。
人々の行き交う足音や、笑い声、話し声が、嫌に耳に突く。
どうして、ティロは何も返してくれないのだろう。
もしかして、私と友達になるのは嫌だった?
このまま、走り去って家に帰った方が良いだろうか?
そんなことを考え始めたとき、はははっ、と盛大な笑い声が上から降って来る。
それは、聞き間違えようもないティロの声だ。
なんで笑われたのか分からず、今度は私が疑問符を浮かべながらティロを見上げる。
「リザ、君、変な子だね。って、言われない?」
「え?!べ、別に言われないけど・・・」
「そう?でも、普通、友達になってください。なんて、言わないよ!小説の中でしかそんな台詞見た事ないや」
大笑いをされて、私はますます恥ずかしくなる。
友達になるときって、こういう風にするもんじゃないの?
「友達になるのに、そんな付き合って下さいみたいな告白する必要ないよ」
「え・・・あ、つ、付き合う・・・?!」
「そうそう。そういうのは、愛の告白をするときに取っておきなさい。それに、ボクたち、もう友達だから心配しないで」
ぽんぽん、と軽く頭を撫でられる。
師匠やシオンさん以外の人に撫でられるのは初めてで、少し驚いたけど、嫌ではなかった。
それよりも「もう友達」という言葉が嬉しくて、私の心臓がさっきとは違う意味で早鐘を打つ。
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと。リザと話してると、学校じゃ知らないこと沢山教われるし、楽しかった」
「私も、ティロに図書館のこととかいろいろ教わったよ」
「それは誰でも知ってると思うけど・・・リザには一般常識が欠けてるのかな?」
「失礼な!」
師匠やシオンさん、ましてやスノウと話す時とはちょっと違う感覚。
対等、というのだろうか。
師匠とは違う気楽さがある。
「ボクはよく図書館にいるから。来たら、また会えると思うよ」
「分かった。また、明日にでも行くと思う」
「了解。ボクも行く事にするよ。それじゃ、またね」
「うん、ばいばい」
互いに手を振って帰路につく。
ティロの帰り道はどうやら私とは正反対だったらしく、背を向けると1度振り返って再度手を振ってから立ち去って行く。
そのスピードが早いことから、やっぱり私と一緒に歩いているときは、気を使ってくれていたのだろうことが分かった。
その心遣いに、私は嬉しくなって、1人でいるのにも関わらず、思わず口角が上がってしまう。
そういえば、スノウはまだサンザシの中にいるのだろうか?
「スノウ?」
小さく呼びかければ、ピ、と返事をして私の頭の上に彼女は戻ってくる。
嘴のまわりに少し赤い皮がついているから、予想通りサンザシの実でも摘んでいたのだろう。
私は頭から彼女を下ろして、手の中で嘴を拭ってやる。
「ね、友達できたよ。師匠に自慢出来るね」
「ピィ」
そうだね、とスノウも少しだけ嬉しそうだ。
私は彼女をもう一度頭の上に戻すと、家に帰るために歩を進めた。




