02
図書館とは、なんと入りにくい場所なのだろう。
いくつもの窓が並ぶ外壁は生クリームを塗りたくったように白いのだが、ショートケーキが大好きな私ですら、どう見ても美味しそうには思えない。
ものものしい彫刻で飾られた入り口は、開け放されているものの、夜になると重く厚い木の扉で閉ざされるのかと思うと、本当に踏み込んで良いのかと躊躇ってしまった。
何よりも、多くの人が出入りしているのを見ていると、どうも尻込みしてしまう。
人混みは嫌いではないけれど、青い鳥を頭に乗せている私はどうも目立つらしく、人々の視線が必ずと言っていい程、一度はこちらを向くのだ。
「ピーィ?」
入らないの?と問いかけるように鳴いたスノウに、私はうん・・・と力無い返事を返す。
ここで引き返したら、一生アルノーさんのことについて分からない気がする。
師匠が教えてくれないなら、自分で調べるしかないのだ。
勇気を出して、リザ!
心の中で自身を叱咤激励して、よし、と気合いを入れ直す。
スノウにもついて来てもらったのだ。
大丈夫、例え、図書館に入るのが初めてでも、何とかなる!
頭の上に乗っているスノウをそっと胸ポケットに入れて、私は入り口へと向かう。
同じく図書館を目指す人々の波に紛れてしまえば、くるりと反転して引き返そうとする気持ちは萎んで行った。
人の流れに身を任せながらも、少し緊張しつつ入り口の敷居をまたぐ。
「うわぁ・・・」
一歩中に入った瞬間、思わず、感嘆の声を上げてしまった。
想像以上に清閑な空気を保つ図書館にその声は嫌に響き渡り、私は慌てて口を抑える。
けれども、口元が緩むのは止められなかった。
入った途端に押し寄せてくる、紙の独特の匂い。
湿ったような、香ばしいような、古く懐かしい香り。
師匠の部屋の匂いに、どことなく似ていることに、少しだけ安心感を抱く。
けれども、決定的な違いは蔵書の数だろうか。
師匠の部屋にある本でも多いと思っていたのに、図書館にはその何百倍もの本が並んでいる。
棚という棚にぎゅうぎゅうに詰められた本を目にすれば、自然と胸が高鳴る。
これだけの本があるのなら、絶対にアルノーさんに関する本もあるはずだ。
けれども、これだけの数の中から、どうやって探せばいいのだろうか?
地道に端から見て行くしかないのかと思うと、少しだけ気が滅入った。
とりあえず、突っ立っていても、何も変わらない。
私は近くにあった棚に寄って、並んでいる本の背表紙を見る。
「3分で出来るおかずの作り方」「必殺!レシピ100選!」「残り物の夜には」「紅茶のおともに」
どうやら、料理の本が置いてある棚のようだ。
せっかくなので、一冊抜き出してぺらぺらとページを捲る。
そこには、私が知らないような料理のレシピがいくつか載っており、思わず目を見張る。
アルノーさんのことは抜きにしても興味のある本なので、これも借りよう、と私は決心した。
でも、借りるにはどうしたらいいのだろうか?
手に取ってみたはいいものの、この後どうするべきなのか分からず私はきょろきょろと辺りを見回す。
けれども、みんな黙って本を探すなり、席に座って読むなりしているので、とてもではないが声を掛けられる雰囲気ではない。
どうしよう、と悩んでいたところに、薄水色の光を放つ板のようなものが、棚と棚の間に鎮座しているのを見つけた。
あれは、一体なんなのだろう?
近づいて見てみると下段に文字盤があり、上段には題名、著者、検索の文字がその板の上に浮かんでいることに気づいた。
文字盤の「あ」の文字にそっと触れてみると、題名の右隣にある白い長方形の部分に「あ」と文字が入る。
「ピ?」
スノウも興味があるのか、ポケットから顔を出して一緒になって板を見つめる。
ガラスのような板だけれど、こうして文字が映し出されるということは、これは水晶だろうか?
確か、占いの分野ではこのように水晶に何かを映し出す魔法があったはず。
ただし、占いで使う水晶は球体であって、このように四角い板の形はしていないけれど。
しかし、どうやって使うのか分からず、私はもう一度「あ」の文字を触ってみる。
すると、題名の右隣に「ああ」と文字が入った。
次に、試しに「検索」を押してみる。
すると、水に石を投げ入れた時のように、板に波紋が広がり、映し出される文字が変わる。
さっきまでの上段、下段に分かれたものではなく、ひたすらリストのようなものが映し出された。
・ああ、愛する人よ
・ああ言えばこう言う
・ああさよなら
・ああ、非情
・
・
・
これはなんだろう?
「ああ」が全部ついているようだ。
もしかして、入力した文字を検索するということだろうか?
題名、著者、出版社、とあったからには、このリストは「ああ」を含む本の題名のリストということ?
「よく分からないね」
顔だけ出して板を見つめていたスノウに話しかければ、そうだね。と言うように、彼女も小首を傾げる。
アルノーさんが書いたという本を探すには、もしかして著者の部分に「アルノー=ブルーゲル」と入れればいいのだろうか?
それなら、最初の状態に戻して、また文字盤を触ればいいのだろう。
けれども、普通に触ると題名のところに文字が入ってしまうし・・・。
とりあえず、もう一度触ってみようと手を伸ばしたところで、横から人に覗き込まれていることに気づいた。
誰だろう、と思って顔を上げれば、その人と目がばっちり合ってしまう。
さらりと流れる黒髪に、銀色のフレームの眼鏡。
その眼鏡の奥にある瞳は、優し気な灰色をしている。
スッとした輪郭に、白い肌は思わず羨ましいと感じてしまった。
線の細い印象を受けたけれど、ひ弱そうには見えない。
ワイシャツにネクタイ、Vネックのセーターという出で立ちから、とても真面目そうな人だと思った。
何と言うか、身だしなみが良くて、清潔感に溢れている。
背は私より頭半分高いけれど、雰囲気からして同じくらいの年に見えた。
「使い方、わからないのかな?」
にこり、と人好きのする笑みを浮かべて問われ、私は咄嗟に声が出ず、ただただこくりと頷く。
「ちょっと貸してもらっていい?」
「あ、どうぞ・・・」
何とかそれだけ言って、私は脇へ退くと、水晶板を譲る。
白く長い指で眼鏡の人は水晶に触れ、最初の画面へと戻した。
「何の本を探してたの?」
「えっと、アルノー=ブルーゲルって人の本なんですけど・・・」
「アルノーって魔法使いの?」
「た、たぶん・・・」
「随分マイナーな魔法使いだけど・・・。それなら、アルノーは本を残してないよ。彼のことを調べるなら、魔法使いの栄華を読むのが一番いい」
彼は言葉を切ると、水晶板の上に指を走らす。
躊躇うことなく文字盤に触れ、リストを映し出してから、私に見るように促してくれる。
「ほら、この本」
「これにアルノーさんのことが書いてあるんですか?」
「うん。ボクも読んだ本だから、間違いない」
「えっと、それで、これを借りるにはどうしたらいいのでしょうか・・・」
勢いで尋ねてしまったものの、彼がきょとん、とした顔をするのを見て、聞かなきゃ良かったと後悔の念が押し寄せる。
師匠以外の人の前で萎縮するなんて、初めてで、私はすぐにでもこの場から走り出して逃げたい衝動に駆られる。
けれども、彼は私を馬鹿にして大笑いすることもなければ、不審な目で見る事もなく、ただ優しく微笑んだだけだった。
「もしかして、図書館来るの初めて?」
「はい・・・」
「そっかぁ。最初は、どうすれば良いか分からないよね。ここの図書館、大きいし」
よし、とその人は手に持った本を抱え直すと、改めて私と向き合う。
「ボクの名前はティロって言うんだけど、君は?」
「えっと、リザです」
「それじゃぁ、リザに図書館を案内してあげよう」
ふふん、と楽しそうに宣言するティロさんにつられて、私も先ほどまでの緊張感はさっぱり消え、代わりに高揚感に包まれる。
見ず知らずの人だけれど、年が近く見えるからか、それとも彼の雰囲気からか、まったく不信感は持たなかった。
「ピィ!」
忘れないでよ、と言いたげな声に、私はあ、と気づいてスノウをポケットから出してやる。
そして、彼女をティロさんに紹介してあげた。
「この子は、相棒のスノウです」
「ピ!」
「青い鳥?綺麗だね」
ティロさんは月光鳥のことを知らないのか、青い色が珍しいということにだけ驚く。
師匠にシオンさんに、ルーカスさん。
スノウを見た人は、みんな見た途端に月光鳥だってことに気付いていたから、今の反応はとても新鮮だ。
ティロさんがスノウを撫でようとしたのか、手を出すが、それから逃げるようにスノウがポケットの中に戻ってしまう。
「まぁ、あんまり動物を外に出してると良い顔されないから、ポケットに入っててもらった方が良いかもね」
肩を竦めて、それからもう一言ティロさんは付け加える。
「ここの司書さん、めちゃくちゃ怖いから」
「そんなに怖いんですか?」
「本の角で頭を殴って来るぐらいには、怖いかな」
私はそれを聞いてぞっとする。
あの師匠でさえ、角では叩いてこない。
表紙では、平気な顔で叩いて来るが。
「よし、それじゃぁ、まずは魔法使いの栄華を取りに行こうか」
ティロさんは一旦話を区切ると、今向いている方とは反対側へと歩いて行く。
私も料理の本を手にその後に続いた。




