19
またもや、来客は突然だった。
「やほー!リザちゃん!」
ドアベルを鳴らすこともせず、バタン、と盛大な音を立てながら玄関の扉が開く。
洗濯物を干そうと、外に出るために靴を履いていた私は驚いて肩が跳ねた。
顔を上げた先には、数ヶ月ぶりに見るあの顔があった。
長めの茶髪に、耳には沢山のピアス。
そんな、チャラチャラした印象を与える人物を私は1人しか知らない。
「シオンさん?!」
「元気しとった?」
「シオンさんこそ!どうしたんですか?アリーセさんのところに行ってたんじゃ?」
「旦那が手紙寄越しはったやろ?それで、俺が迎えに来ることになったんや」
後ろ手にドアを閉めると、シオンさんは玄関に入って来る。
「旦那おる?」
「呼んで来るんで、ちょっと待って・・・」
「僕ならここにいる」
いつの間にやら、玄関先に出て来ている師匠。
さっきまで部屋に閉じこもっていたはずなのに。
きっと、あの派手な音を聞きつけて部屋から出て来たのだろう。
「久しぶりやな。旦那も元気しとった?」
「見ての通りだ」
「元気そうで何よりですわ」
からから、と笑うシオンさんに、師匠は無愛想に応じる。
いつものことだから、気にしないけど。
「ほんで、アリーセに預けるっちゅう、おチビちゃんたちはどこにおるん?」
「2人ならリビングにいます」
案内しようと振り返れば、そこにはドアからひょっこり顔を覗かせているトリス君とナナちゃんの姿。
不安そうにシオンさんを見つめるその表情に、私は思わず吹き出してしまった。
「2人とも、大丈夫だよ。シオンさんは良い人だから」
「・・・ほんと?なんか、胡散臭いんだけど」
「なんや、生意気な坊主やな」
「おっさんと同じくらい、怪しい」
「おっさん?」
シオンさんがはてなマークを浮かべて首を傾げる。
すると、ナナちゃんが、キー!と声を上げて、師匠を指差した。
おっさん、の意味するところに気づいたシオンさんは、驚いた顔をした後に大笑いしだす。
「はははっ!旦那!ついに、おっさん言われるようになったか!」
「黙れ」
ぴくり、と師匠の眉が跳ねる。
不機嫌度は順調に上がっているらしい。
「この旦那にそんな暴言吐くなんて、度胸あんな、坊主!」
「坊主じゃない。トリス!」
「そうか、トリス言うんか。ほんで、そっちのお嬢ちゃんは?」
「キィ・・・」
「おっと、しゃべれへんのやったな」
シオンさんは、ぽりぽりと頬を掻くと私に視線を寄越す。
私はシオンさんの言いたいことを察して、助け舟を出した。
「ナナちゃんですよ」
「ナナちゃんな。2人とも、アリーセんとこまで俺が案内するさかい、よろしゅう頼むで」
おいでー、とシオンさんが手招きをするけれど、トリス君もナナちゃんも微動だにしない。
「なんや、早速嫌われたか?俺、子供は好きなんやけどなー」
困ったように首を捻っているシオンさんに、トリス君が小さく呟く。
「あんた・・・俺たちの姿見て、何も思わないの?」
「ん?その耳とか尻尾のことか?」
「うん。」
「別に気にすることあらへんやろ」
「え?」
シオンさんの言葉に、トリス君とナナちゃんが、きょとんとする。
「てか、便利な姿しとるんやから、利用するに越した事ないやろ。俺がその姿やったら、今の稼ぎを倍にする方法がいくつも思いつくんやけどなー」
「な、何それ・・・」
トリス君が、若干引き気味になっているにも関わらず、シオンさんは目をキラキラさせている。
きっと、頭の中でそろばんを弾いている最中なのだろう。
「2人とも俺の助手にならへん?一緒に来てくれたら、仕事が楽になるはずなんやけど・・・」
「シオン、そういう話はアリーセのところでしてくれ。こいつらは、ひとまず彼女の元に届けないと」
「せやったな。勝手に連れ回したら、アリーセに殺されるわ」
脱線しそうだった話は、師匠のおかげで軌道修正できそうだ。
でも、トリス君とナナちゃんがシオンさんと一緒にトレジャーハンターになるのって、素敵かもしれない。
「ほら、行くで。支度は済んどるか?」
「う、うん」
トリス君は、シオンさんの妙なキャラに戸惑っているのか、不安そうにこちらに寄って来る。
「ねぇ、そのアリーセさんって人のところに行って、本当に平気?」
トリス君は俯きながら、シオンさんに問いかける。
ぎゅ、とナナちゃんと繋いでいる手に、力が入ったのが見て分かった。
「俺たち、こんな姿だし、迷惑だったりしない?」
「なんや、今更」
シオンさんは、にっこり笑うと、トリス君とナナちゃんを両手で抱き締める。
驚いた、シオンさんがこんな大胆なスキンシップを測るなんて。
「心配せぇへんでも、アリーセんとこには、お前らみたいなのが、ぎょうさんおるわ」
「行っても、大丈夫なの?」
「人間の子供も魔物の子供もおるし、何よりまず、アリーセが一番型破りやで」
「どうして?」
「あいつ、人間やけど、人間やないからな」
どういう意味だろう?
疑問に思ったけれど、ここで質問して水を差すのも些か腰が引けるので私は黙っておく。
シオンさんは2人を解放すると、ぽんぽん、と頭を撫でてあげる。
ナナちゃんは抱き締めてもらって、さっそくシオンさんに心を開いたのか、自分からシオンさんの胸に飛び込んだ。
「キーッ!」
「どないした?もう行く決心ついたか?」
「キキッ!」
「ナナはええ匂いするんやな」
シオンさんと楽しそうにするナナちゃんに、トリス君も少しだけ気が緩んだようだ。
「よろしく、お願いします」
「おぅ。よろしゅうな!」
からからとシオンさんが笑って、2人の頭を撫でる。
トリス君は少しだけ嬉しそうに目を細めて、大人しくされるがままになった後、ゆっくりとこちらに向き直った。
「リザさん、お世話になりました」
「キーッ!」
トリス君が、礼儀正しく頭を下げる。
肩に乗っていたナナちゃんも、真似するように、ぺこりとお辞儀をした。
「2人とも、元気でね。楽しかったよ」
「俺たちも、リザさんと一緒にいれて楽しかった!」
そして、トリス君は師匠に向き直ると、少しだけむっとした顔をする。
「おっさんにも、一応、迷惑かけたから。ありがと」
「心が篭ってないにも程があるな」
「うるさいっ!」
どこまでも、トリス君は師匠に冷たいようだ。
師匠が何かトリス君に仕出かさないかと、一瞬ひやりとしたけれど、そこは師匠も大人。
肩を竦めただけで、何も言わなかった。
「リザさん、俺たちまた会えるよね?」
「もちろん」
「キィーッ!」
ナナちゃんは大声で叫ぶと、私に飛びついてくる。
それを何とか受け止めて、よしよし、と頭を撫でると、ふわりと良い香りが漂う。
その後ろでは、トリス君が困ったような顔でじっとこちらを見つめていた。
私はそんな彼に微笑みかけ、手招きする。
「ほら、トリス君も」
「え・・・俺は・・・」
「いいから!」
強くそう言えば、観念したのかトリス君もおずおずとナナちゃんに続いて抱きついて来る。
私は2人を抱く手にぎゅ、と力を込めた。
「2人とも、元気でね」
気の利いたことも言えず、私はそれだけ告げて2人を解放した。
「ほな、行こか」
シオンさんは玄関の扉を開けると、2人を連れて外へと踏み出す。
そのとき、ピピッ、とスノウの声がして、ぽとり、と木の実が玄関先に落ちた。
それに気づいたナナちゃんが、飛びつくようにして拾い上げる。
「キキッ!」
「スノウも、ありがとう。またね」
空を旋回しているであろうスノウに手を振るトリス君とナナちゃん。
2人はもう一度振り返ると、こちらにも手を振ってくれる。
私も、それに応えるように何も言わずに手を振った。
師匠は、後ろで突っ立っているだけだ。
けれども、私は手を振り続ける。
シオンさんに連れられた、2人の姿が見えなくなるまで振り続けた。




