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あの後、ルーカスさんからトリス君とナナちゃんを引き取るという流れになり、2人は再び家に来る事になった。
スノウのことに関しては、一撫でさせてあげることで解決した。
あれだけしつこかったルーカスさんも、あんなやりとりをした後では強く出れなかったのか、ありがとう、と言ってすんなり引いてくれたのだ。
そして、街から出るときはトリス君とナナちゃんの姿に好機の目を向けられたのだが、師匠がいるからか、誰も絡んで来る事はなかった。
治安員の1人が、その子たちは?と訊いてくるアクシデントもあったが、恐ろしい程のあの師匠の外面の良さが、ここで生かされてくる訳だ。
「何か問題ありますか?」との師匠の言葉で、治安員は「いえいえ、特には。珍しい格好をしているので、気になっただけです」と引き下がった。
なんだかんだで、師匠は結構、影響力のある人なんだな、と再確認。
この町の人達が、魔法使いである師匠を尊敬しているからこその、扱いなんだろうな。
トリス君とナナちゃんについては、ずっとこの家で暮らすのではなく、師匠がアリーセさんの元に紹介することになった。
アリーセさんなら、どんな姿でも偏見なく扱ってくれるし、孤児院の子供たちとも仲良くできるだろう、って。
自分が間違っていたことに、トリス君はしばらく打ちひしがれていて、それどころじゃなかったようだが、最近では少しずつ元気も取り戻して来た。
時折、悲しそうに空を見つめていることもあるけれど、師匠に生意気を言えるくらいには回復したようだ。
ルーカスさんには、いつかちゃんと謝罪と感謝をしたい、とこの前こっそり私に話してくれた。
ところで、アリーセさんの元には師匠が連れて行くのかと思いきや、手紙を書いただけで、向こうから迎えを寄越してもらうだけらしい。
つまり、迎えが来るまで、トリス君とナナちゃんはこの家にいることになった。
「ピィ!ピピッ!」
「キーッ!キッ!」
机の上に魔物図鑑を広げて、私とトリス君、ナナちゃん、スノウで見ているのだが、賑やかで仕方ない。
丁度、魔鳥のページを開いているのだけれど、月光鳥が載っており、スノウは喜んでいるようだ。
ナナちゃんは、図鑑に載っている月光鳥が目の前にいることで、楽しそうにしているみたいだけど。
「トリス君は、こっちの方が興味あるかな?」
興奮して、ぎゃーぎゃー騒いでいる2人を他所に、私はページを捲る。
男の子が好きなもの、と言えば、ドラゴンだ。と、常々思っている私は、そのページを開く。
すると、トリス君の目がまんまるに広がった。
「カッコイイ!」
どうやら、私の読みは外れていなかったようだ。
ナナちゃんは、どうしてページを変えたの、とばかりに私に抱きついて、服を引っ張る。
スノウは騒ぎ疲れたのか、今は私の頭の上で羽根休めをし始めた。
「ナナちゃん、順番だから。次は、妖精のページ開こうね」
「キーッ!」
ぎゅ、としがみついているナナちゃんを抱きしめれば、ふわりと良い香りがする。
薔薇のような素敵な香りなのだけれども、これからの事を思って、私は少し悲しくなった。
師匠の言っていた、寿命の話が頭を過る。
「私ね、弟と妹が出来たみたいで嬉しかったよ」
出し抜けに、そう告白すれば、ナナちゃんは動きを止め、トリス君は図鑑から目を上げる。
「2人がずっとここにいてくれたらいいのに」
「リザさんは良くても、おっさんが許さないだろ」
「キッ!」
「そうかな?」
「そうそう」
トリス君の根拠の無い断定に、私は苦笑する。
それにつられたのか、トリス君も小さく笑った。
「俺さ、リザさんに手紙出すよ」
「え?手紙?」
「うん。絶対に手紙書く」
「そっか。ありがとう、トリス君」
「キーッ!キキッ!」
「ナナちゃんも書いてくれるの?ありがとう。私も、2人に手紙書くからね」
「ところでさ・・・」
トリス君は改めて私に向き直る。
「リザさん、ナナの言ってる事分かるの?」
「どうして?」
「いや、スノウに話しかけてる時もそうだけど、会話してるみたいだから・・・」
はたから見ると、そう見えるのか。
私はナナちゃんを抱いたまま、んー、と考える。
「別に、はっきりと、人間の言葉みたいに理解してる訳じゃないよ。こう、なんとなく、伝わって来るっていうのかな?」
「人語ではないってこと?」
「うん。2人の声は、トリス君に聞こえているのと同じように私にも聞こえてる。でも、雰囲気みたいな感じで分かるんだ。私が、そう思い込んでるだけかもしれないけど」
曖昧な説明に、ふーん?と、トリス君は首を傾げる。
私も自分自身で分かっていないのだから、上手く説明できるはずがない。
「ちょっと羨ましいや」
「そう?」
「俺、ナナが何を言ってるのか、よく分からない。ナナには、俺の言葉が伝わってるみたいだけど」
「でも、2人とも、ちゃんと意思の疎通はできてると思うよ?」
「リザさんが言うなら・・・そうかな?」
おいで、とトリス君が言えば、ナナちゃんは私の腕から抜け出して、彼の肩に乗る。
やっぱり、なんだかんだで、お兄ちゃんが一番なんだろうな。
兄弟のいない私は、それが少し羨ましい。
血のつながった兄弟がいるって、どういう気分なのだろうか。
私はふと、時計に目をやる。
もうそろそろ、夕飯の支度を始める時間だ。
「あ、トリス君、ナナちゃん、お花を採って来てくれる?」
「ご飯の用意?」
「うん」
「了解!」
「キーッ!」
「ナナ、つまみ食いしたらダメだからな」
「キィ・・・」
トリス君の言葉に、しょげてしまったナナちゃん。
やっぱり、2人ともお互いを理解し合ってるに違いない、と私は思う。
2人を庭に送り出して、頭の上に止まっているスノウを机に下ろす。
それから、図鑑を片付けようと手に取って、そういえば、あの本はどうしたのだろう、と思い当たった。
師匠は確か「アルノー」と言っていた。
本を開くだけで、魔法が使えるようなものを作れるのだから、きっと、立派な魔法使いに違いない。
彼と友達だと言っていたけれど、アルノーさんがここを訪ねて来たことは一度もない。
友達だったら、きっと、家に遊びに来たりするよね?
私は友達がいないから、分からないけど。
聞きたいけれど、アリーセさんの時とは違う聞きにくさだ。
最近、師匠について、新しく知る事が多いな、と思ってから気づいた。
もしかしたら、私は、師匠のことをほとんど知らないのかもしれない。




