15
ギガントに乗せられて、あっと言う間に街まで連れて来られ、私たちはすでに広場まで来ていた。
広場では未だに見世物小屋が展開されており、それを見に来た人々が沢山いる。
ルーカスさんははぐれないように、と私の手首を掴んで先を歩く。
もし、これが無ければ、はぐれたフリをして、ルーカスさんから離れることもできたのに。
どうしよう、と思いながら私は歩みを進める。
本当にルーカスさんが、スノウを見たいだけなのであれば、私が考えている事はとても失礼な話だ。
けれども、トリス君の言葉を信じるのであれば、もしかしたら、私がルーカスさんに融合魔法を掛けられる可能性もある。
想像した途端に、スッと心臓が冷たくなった。
チケットを見せないといけない所では、当たり前のように顔パスで通り過ぎ、奥へ奥へと進んで行く。
そして、少し開けたところまで来るとルーカスさんはパッと手を放した。
「ようこそ、リザちゃん!さぁ、好きな魔物を見るといいよ」
「え、あ、はい・・・!」
突然振り向き、そう言われ、私は返答に困る。
すぐにスノウを見せろと急かされると思っていたけれど、先に魔物を見せてくれるようだ。
それに、全く人がいない訳ではない。むしろ、普通の通りよりも人が多いくらいだ。
こんな場所でルーカスさんだって、下手な真似はしないだろう。
「君ならきっと、獰猛な魔物よりも、綺麗な魔物の方に興味があるだろう?」
「そう・・・ですね」
「人魚は見たいかな?」
「え、人魚がいるんですか?!」
驚いた私に、ルーカスさんは笑顔で頷く。
「もっと奥に、水槽を置いてあるんだ。彼女の歌声はとても美しいよ。まだ公開してないんだけどね、リザちゃんには特別に見せてあげよう!」
奥、という言葉に私は躊躇する。
あまり深く入りすぎるのはよくない気がしたのだ。
けど、ここで「興味ないです」と言うのも、おかしな話だし、「行きたくないです」と言うのも違うだろう。
私は仕方なく「あぁ・・・えっと・・・」と煮え切らない返事をする。
内心では、早く師匠来て下さい。と大泣き状態だ。
今すぐ来てくれるなら、この先1週間は師匠に好きなだけ虐められても文句1つ言わないと約束できる。
そんな私の心中など知るはずもないルーカスさんは、誘うように先を歩いて行く。
中央にあるテントの中に入れば、そこは外から見るよりも明らかに中の空間が広く、私は驚いて一瞬足を止めてしまう。
地面は剥き出しの土のままだけれど、いたるところに魔物の檻が置いてあり、その周りには多くのお客さんが群がっている。
外見の面積と中に入ったときの面積の割合が、絶対におかしい。
表情を隠すこともせず、驚きに口をあんぐりと開いた私にルーカスさんは簡単に説明してくれた。
「空間の融合魔法だ」
「空間の融合?」
ルーカスさんの言葉をオウム返しにして訪ねると、彼は楽しそうに笑う。
「あぁ、そうだよ。重宝している魔法のひとつだ」
「空間を融合するなんて、出来るんですか?」
「できるさ。現に、こうして目の前に広がってるだろう?自慢じゃないけどね、この空間融合だけは私の編み出した唯一無二の魔法なんだ。まだ試作段階だから、みんなには内緒だよ」
両手を広げて、にっこりするルーカスさんに、私はただただ感心するしかない。
トリス君の話を聞いていなければ、完璧にこの人のことを尊敬していただろう。
けれども、今の話で、トリス君の話の信憑性は高まった気がする。
少なくとも、ルーカスさんは融合魔法を使えるのだ。
なんとか、鎌を掛けることができないか、と私は必死で頭を回転させる。
なんでもいい。
少しでも疑問に思ったことを、投げかけるんだ。
「えっと、その、融合魔法って、私、あまり聞いた事ないんですけど・・・」
「そうだろうね。大量な魔力を消費する上に、あまり世間体の良くない魔法だから」
「世間体の良くない?」
「融合させるものによっては、人々の反感を買うこともあるんだ」
「空間の他に、どんなものを融合することが出来るんですか?」
我ながら、上手くいったと思う。
自分で自分のことを褒めたいくらいだ。
私は話しをしながら、頭の上にいたスノウをそっとポケットに入れてやる。
しゃべるのに夢中だったルーカスさんがそれに気づかなかったのは幸いと言えるだろう。
「植物なんかは、よく混ぜたりする。新しい品種を作り出せば、それだけでお金になることもあるしね。青い薔薇、なんかいい成功例だよ。融合魔法の歴史の出発点とも言えるね」
「植物が出来るなら、魔物も融合させることはできますか?」
「もちろん。けど、植物よりも格段に難易度はあがるだろう」
「・・・人は?」
私の質問にルーカスさんは、ぴたりと足を止めた。
それに合わせて、私の足も止まる。
「興味あるのかい?」
「え・・・えぇ・・・まぁ・・・」
興味なんか微塵も無い。
けれども、私は戸惑いながらもそう返事をしておく。
きっと、融合魔法とは「新しい品種」を生み出すための手法なのだろう。
人々の生活の改良には必要なことかもしれないけれど、それでも、人間を使って実験するような真似を私はしたくない。
そもそも、魔物の見世物小屋をやっているルーカスさんが、トリス君とナナちゃんをあんな姿にしたのは・・・。
そこまで想像して、私は身震いした。
「・・・ついておいで」
先程とは、打って変わって静かな声でルーカスさんは短くそう告げる。
怖くなった私は、そのまま回れ右をして逃げ出したかったのだけれど、もちろん彼に見咎められる。
「こっちだよ」
有無を言わせぬ響きに、私は重い足を引きずるようにして前に進む。
多くの檻の前を通り抜け、人の間を縫うようにして進めば、最奥にあるスタッフ以外立ち入り禁止、と書かれた扉の前に出る。
扉を開けば、そこには地下へと続く階段があった。
黒い闇がぽっかりと口を開けて待ち受けているその様子に、私の本能がこれ以上進んではいけないと警鐘を鳴らす。
「ル、ルーカスさん・・・私は人魚が見たいんですけど・・・!」
苦し紛れにそう言ってみるが、ルーカスさんは微笑んだまま頷くだけ。
私の後ろにまわると、背中を押して扉の中へと進ませる。
「人魚はまだ一般公開していないんだ。だから、この先にいるんだよ」
「そう、ですか・・・」
「そんなに警戒しなくても、大丈夫だ。別に、取って食ったりしないから」
朗らかに笑うルーカスさんの表情が怖くて仕方が無い。
これから、何かをされるのではないかと、全身が竦む。
「足下、暗いから気をつけてね」
「は、はい・・・」
私の前に出たルーカスさんは、鞄から本を取り出す。
そして、先ほどのようにぺらぺらとページを捲った。
後ろからページの中が少しだけ見る事が出来たが、どうやら魔法陣が書いてある本のようだ。
なぜ、そんな本を今開く必要があるのか、と疑問に思っていたところで、また無言詠唱でルーカスさんは光源を出す。
師匠が暗い場所でよく使う光魔法だ。
そこで、ルーカスさんがちらりとこちらを振り返る。
「月光鳥の身体は暗所で光るんだね」
「え、あぁ、そう・・・ですね」
私のポケットの中で薄らと輝いているスノウを見て嬉しそうな顔をするルーカスさんに、私は戦慄するしかなかった。




