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トリス君はこれでもかと言う程「美味しい」を繰り返してホットケーキを食し、ナナちゃんも「キー!キー!」と騒ぎながら花のサラダを食べた。
普段は師匠とぽつぽつと会話をしながら食べるだけなので、これほど騒がしい食卓についたのは初めてかもしれない。
シオンさんが来たときでも、こんな賑やかにはならなかった。
騒ぐのはいつも私の役目で、それをたしなめるのが師匠。
でも今は、トリス君とナナちゃんが騒いで、私がたしなめている。
師匠はどうにでもなれ、と言うように我関せずと言った状態だ。
「リザさんて、料理上手なんだな」
食べ終わったお皿を運ぶのを手伝ってくれながら、トリス君はそう言う。
誉められて、嬉しくない訳がない。
師匠はどんなに手の込んだ料理を作っても、取り立てて何も言ってくれないから張り合いがないのだ。
世の中には師匠のように捻くれた人間だけではなく、トリスくんやナナちゃんのように可愛くて素直な人種もいるのだな、と感動した。
「ありがとう。そう言って貰えると、作った甲斐あるよ」
「キーッ!」
どん、とナナちゃんが足に飛びついてくる。
そのまま抱き上げれば、ふわりと薔薇の香りがした。
トリス君にするように、ナナちゃんは私の肩によじ登る。
「ナナちゃん、良い匂いするね」
「フラワーラットの特徴だよ」
「あ、そっか」
まずい話題に触れてしまったかな、と思ったけれど、トリス君は特に気にした様子もなく私はホッとする。
「トリス、ナナ、お前達に話が・・・」
じゃれて笑い合っていた私たちの間に、師匠が割って入ろうとした時、カランコロン、とドアのベルが鳴った。
私たちの視線は一斉に玄関に注がれる。
師匠は話を遮られたことに不快感を感じたのか、眉を顰めたが、次には完璧なまでの接客用の笑顔を貼付けて玄関に向かう。
その笑顔を見たトリス君が「何あれ」と鳥肌を立たせて呟くのも仕方が無い。
あの無愛想で傍若無人な師匠が、愛想のいい態度も取れるなんて信じがたいもんね!
そのままじっと師匠を見ていたら、ドアを開ける前にこちらを振り向き、手でしっしっと私たちを追い払うような仕草を見せる。
トリス君とナナちゃんはその態度に憤慨して、怒っているが、私はハッとして2人の手を引いて玄関からは見えない場所まで連れて行く。
「なんだよ。俺たちがいたら、まずいのか?」
「キーッ!キッ・・・」
私は叫ぶナナちゃんの口を慌てて塞いで2人に事情を説明する。
「もしかしたら、お客さんはルーカスさんかもしれない」
途端にトリス君の顔がさっと青ざめた。
ゆらゆらと動いていた耳と二又の尻尾が、驚いたように止まる。
私の手のなかでもがいているナナちゃんも、暴れるのをぴたりとやめた。
「そんな・・・もしかして、リザさん、俺たちのこと騙したの?」
止まっていた耳と尻尾はぴん、と立ち、その毛は威嚇するように総毛立つ。
私は慌てて弁解した。
「違うよ!ルーカスさんは、私に用があって、それで、来たんだと思う」
「なんでリザさんに?」
「ほら、昨日の夜、私と一緒にいた青い小鳥、覚えてる?」
うん、とまだ警戒を解いていないまま、トリス君は頷く。
「スノウは・・・あ、あの小鳥の名前なんだけど、スノウは月光鳥っていう珍しい種類の鳥なの」
「月光鳥・・・。聞いた事ある。確か、魔力がすごく高いっていう・・・」
納得してくれたのか、耳と尻尾がまたゆらゆらと動き出す。
私はほっと肩の力を抜くと、腕の中にいるナナちゃんを放してあげる。
「とにかく、見つかったらまずいよね?ルーカスさんが帰るまで、ここで大人しくしてて。本当なら、私の部屋に行けばいいんだけど、階段を登るには玄関の前を通らなくちゃいけないから」
「もし、おっさんがルーカスの奴をリビングまで通したらどうするんだよ?」
「大丈夫、師匠はどんな上客でも絶対に玄関までしか通さないから」
これは、確信を持って言えることだった。
12年間一緒に暮らして来た中で、師匠はお客さんを、リビングまで上げたことがない。
お茶も出さなければ、取引の話も全て玄関先で済ましてしまう。
前に一度、お茶くらい出したらいいのにと提案したら、僕が愛想良く接してやってるだけで十分だと言い切られた。
家の中に上げないくらいで憤慨するような客のために仕事をしたくない、とも言っていた。
本当に困っていて、魔法に頼る必要がある人はそんなことを気にしないのだと。
私たちが息を潜めてリビングで待っていると、玄関先の声がよく聞こえて来る。
トリス君は耳がぴくぴく、と動いており必死に会話を聞いているのが見てとれた。
ナナちゃんは不思議そうに首を傾げているので、聞いてるかどうかまでは分からない。
ただ、ルーカスさんがいる。というのは理解しているようで、大人しくじっと耐えている。
「いやぁ、昨日はお世話になりました!おかげさまで、花畑も無事に見つかりましたよ!」
「それは何よりです。ところで、本日はどういった御用で?」
「えーっと、昨日もお聞きしたのですが、小さな女の子と灰色の髪の男の子を探していまして・・・」
すっ、と背筋に冷たいものが走る。
小さな女の子と灰色の髪の男の子。
まさに、今、目の前にいるトリス君とナナちゃんのことだ。
この2人は、絶対に、守らないと。
師匠とルーカスさんのやりとりを聞きながら、私たちは息を潜めて身を硬くする。
「僕も昨日、申し上げた通り、何も知りませんよ。子供がこの森の近辺をうろうろしてるなんて、有り得ないと思いますが」
「そう、ですよねぇ。いえ、知らないならいいんです。それより、リザちゃんはいますかね?」
「あぁ、彼女は今不在ですよ」
さらり、と師匠は嘘をつく。
その言葉に、ルーカスさんは落胆したようなため息をついた。
「そうですか・・・。それなら、帰ってくるまでこちらで待たせて頂けますか?」
思わぬ返答に、私はもちろん、師匠も意表を突かれたようだ。
言葉に詰まったように、一瞬の沈黙が下りる。
「申し訳ないのですが、僕にも仕事があるのでお引き取り願えますか?」
「いやいや、何も家の中にあげろとは言いませんよ!そこの門の前に居させてもらってもいいですかね?」
「・・・他のお客様のご迷惑になりかねないので」
「それなら、道の脇にでも」
とにかく、この家の周辺にルーカスさんは居座りたいようだ。
あまりの神経の図太さに師匠も閉口してしまっている。
図々しい、とは言わないけれど、ここまで執着してるとは思わなかった。
もし、本当に私が帰るまで居座るつもりなら、大変困ったことになる。
だって、出掛けていないのだから、帰ってくるはずもない。
私は腕の中にいたナナちゃんをトリス君にそっと返すと、立ち上がる。
「リザさん?」
驚いたように小さく声をあげた彼に、私はしー、と唇に人差し指を当てた。
「ちょっと待っててね」
そう言い残して、私は玄関先に赴く。
こうなったら仕方がない。
トリス君とナナちゃんを危険に晒す訳にはいかないのだから。
私が、2人を守らなくちゃ。
お引き取り願うには、これしか方法がないだろう。
「おはようございます、ルーカスさん!」
ひょこ、とリビングから顔を出せば、ルーカスさんは驚いたように目を開き、師匠は何故出て来た、と言いたげに睨みつけて来た。
「ごめんなさい、寝起きだったので。師匠が気を使って嘘ついたんです」
えへへ、と笑えばルーカスさんは、そうかそうか。と納得する。
「いやいや、この時間なら大丈夫かと思ったのだけれど、急かしてしまったようで申し訳なかったね」
「いえいえ。今日はたまたま寝坊しただけなんで」
私は前髪をいじって、寝癖を気にしているフリをするとルーカスさんの前に立つ。
「リザちゃん、何度もしつこくて申し訳ないんだけれどね、あの月光鳥を・・・」
「いいですけど、今日はまだスノウは来てないんです」
「あぁ・・・そうなのか」
がくり、と肩を落としたルーカスさん。
スノウが来るまで待たせてくれ、と言い兼ねないと思い、私は彼が口を開く前に矢継ぎ早に話を続ける。
「それで、以前お会いした時、スノウを見せる代わりに、見せ物小屋の奥までタダで入れてくれるって言いましたよね?」
「あぁ、それなら喜んで案内するよ!今から行くかい?」
「行きます!」
これで、なんとかルーカスさんをここから引き離せる。
トリス君とナナちゃんは、これで安心だ。
「師匠、それじゃぁ、ちょっと行ってきますね」
「待て、リザ。僕はそんな許可は・・・」
「師匠!」
強くそう言って、師匠の目を見つめる。
大丈夫です。
そう念を込めて視線を送れば、師匠は諦めたように肩を落とす。
「それなら僕も同行・・・」
「師匠、仕事あるじゃないですか!」
すかさず、私は声をあげる。
同行してくれるなら、それほど心強いことはない。
私としては頭を下げてついて来て下さい、と頼みたいくらいの心情だ。
けれど、今現在、この状態のままリビングにいる2人を放って出るのは良くない。
せめて、私が先に出て、彼らに何か言い聞かせてからついて来て欲しい。
「私が出てる間、あの子たちのこと、お願いしますね」
必死で揶揄しようと、私は具体的なことは口にせず師匠に伝える。
ルーカスさんに「あの子たちとは?」と突っ込まれるかとひやひやしたが、幸い私と師匠の会話に入ってくる気はないようだった。
私の意図は伝わったようで、師匠は頭を掻くと、小さくわかった。と呟いた。
「じゃぁ、行こうか」
師匠が承諾するやいなや、ルーカスさんはにっこりと笑って外に出るように私を促す。
あとは、スノウが来なければ完璧だ。
いつもこの時間は、森の中で遊んでるか、洗濯物を干す私の邪魔をしにくるはずだから、玄関先にはいないはず。
待っているなら、物干竿の上で待っているだろう。
けれども、ピィ!と聞き慣れた鳴き声に、私は心臓が凍るような思いがする。
おはよう、と挨拶するその声は、あまりにもタイミングが悪すぎた。
「スノウ・・・」
言葉を失った私を不審に思ったのか、頭の上に止まったスノウはこつり、とその嘴で軽く私をつつく。
横にいるルーカスさんは、歓喜の声を上げていた。
「いやぁ!嬉しいね!またこの目で月光鳥が見れるとは!」
「はは・・・」
乾いた笑いしか出ない私は、どうしようかと必死に思考を巡らせる。
ここから街まで歩くのに20分はかかる。
師匠がもし、反重力魔法を使って来てくれるなら簡単に追いつけるだろう。
大丈夫、とそう言い聞かせる私に、ルーカスさんは追い打ちをかけるように言葉を発した。
「街まで歩くと時間が掛かるからね、乗り物を用意して来たんだよ!」
「え、乗り物?」
思わず声が裏返ってしまった私に、ルーカスさんは満足気に頷く。
「そうだよ。リザちゃんなら、きっと喜ぶんじゃないかな!」
言いながら、おもむろに鞄から本を取り出し、ぺらぺらとページを捲る。
「ギガント、という魔物を知ってるかい?」
「ギガント・・・?」
「魔力が少なくてね、魔物と動物の境界にいるような生物なんだけど。力がとても強くて、私のように大荷物で各地をまわる人間はとても重宝してる魔物なんだ」
ルーカスさんはページを捲る手を止めると、こいつだよ。と言う。
こいつ?と首を傾げそうになった途端、目の前に青白い光が立ち上り、馬と象を掛け合わせたようなパッとしない魔物が姿を現す。
大きな耳をぱたぱたと動かし、ずんぐりと太いその足はとても俊敏そうには見えなかった。
馬のように綺麗な毛並みでもなく、ぼさぼさと絡まり合ったせいか茶色い毛玉が所々に見える。
その生き物を見ながら、私の頭はパンク寸前だった。
一体、何が起こったのか理解出来ない。
今の今まで、こんな魔物は目の前にいなかった。
けれど、突然召還術でも使ったかのように姿を現した。
「こんな形だけど、足は結構速いんだよ」
ルーカスさんはそう笑うけれど、その言葉は右から左へと流れて行く。
もしかして、無言詠唱?
今の現象は魔法を使った時にしか起こりえない。
けれども、ルーカスさんは呪文を唱えることはしなかった。
ということは、無言詠唱しかない。
そう確信した途端、身体の芯が冷えるような感覚に襲われた。
「じゃぁ、行こうか」
こうなっては、もう、ルーカスさんが純粋にスノウを見たいだけなのだと信じるしかない。
というより、そう思わないと、足下から崩れてしまいそうだった。




