12
トリス君とナナちゃんを部屋に案内した後、私はリビングに戻る。
師匠は何をする訳でもなく、ただぼーっとソファに座っていた。
師匠がぼんやりしているのは、珍しい。
「師匠、大丈夫ですか?」
「何がだ」
「なんか、ぼーっとしてるみたいだったんで」
ちらっと師匠はこちらに視線を寄越す。
けれども、また正面を向いてしまい、どこを見るでもなく視線は宙をさまよっている。
「まさかとは思ったが、本当に融合魔法にかけられているとはな」
ため息まじりに吐かれた言葉に、私は眉を寄せるが、すぐに合点がいった。
ナナちゃんが最初に来た夜、師匠は彼女とトリス君と対面した。
ナナちゃんを放り投げるという暴挙に及んだことは、この際置いておくとしよう。
そして、次の日、師匠は融合魔法の本を手に持って寝ていた。
ということは、師匠は最初から気づいていた?
「師匠、どうして分かったんですか?ナナちゃんが最初に来た日から気づいていたんですよね?」
「確信は持てなかった。ただの直感だ。融合魔法は見た目で確証は持てない。現に、トリスのことは魔物だと思った」
「融合魔法だと判断するには、どうするんですか?」
私は師匠の隣に腰掛けながら、問う。
師匠は一切こちらに目を向けず、宙を睨んだまま答えた。
「呪い晒しが有効だが、それでも、あそこまで融合していると、本当に断片的な情報しか得られない」
「どうして?」
「融合魔法は、普通の魔法と違い、元々の本質に魔法を掛ける訳ではない。本質同士を混ぜ合わせ、ひとつのものにしてしまうから、情報も混ざってしまう」
「はぁ・・・?」
私が曖昧な返事をすると、師匠はため息をついてから説明し直してくれる。
「例えば、赤と青の粘土があったとする。赤い粘土の表面を青の粘土で覆う。リザ、君はこれを分離できるか?」
「できますよ。青の粘土を剥がせば、中に赤い粘土があるんですから」
「それが、普通の魔法。呪いなどは、特にそういう性質を持っているな」
確かに、呪いは反対呪文を唱えれば、消し去ることが可能だ。
それが、分離するということに当たるのだろうか?
「一方、赤と青の粘土を混ぜるとしよう。2つを混ぜると紫色になるな。これを、また赤と青の2つの粘土に君は戻せるか?」
「・・・できないです」
「これが、融合魔法だ。言ってしまえば、融合魔法とは不可逆な現象を起こす魔法だ」
「粘土くらいなら、分離させる魔法があるんじゃないですか?」
「確かに、粘土ならどうとでもなるだろう。けど、今回の場合は人間だ。遺伝子レベルで混ざっているということは、そこから、もともとトリスとナナが持っていたはずの塩基配列のパターンを復元させ、さらに・・・」
「えーっと、とっても難しいってことだけは分かりました」
放っておいたら、下手な高度魔法の呪文よりも意味不明な説明が続きそうだったので、私は師匠の言葉を遮る。
師匠が不満げにこちらを睨んでいるけれど、分からないことを説明されてもこっちも困る。
とりあえず、分離魔法は有効ではないということはよく分かった。
「じゃぁ、トリス君とナナちゃんが元に戻るには、時魔法しか無いんですね」
「残念ながら、僕1人の力では不可能だけどな」
「師匠クラスの魔法使いが何人いれば可能なんですか?」
「少なくとも、20人は必要だな」
20人くらい、頑張れば集まるのではないだろうか。
そんな私の考えを見透かしたように師匠は首を横に振る。
「僕と同じレベルの魔法使いはアリーセくらいしか見た事がない」
「でも、世界中を探せば、もっといるんじゃないですか?」
「だいたいにして、僕と同じ量の魔力を持つからと言って、全員が時魔法を操れる訳ではない。現に、アリーセは召還魔法は得意だが、時魔法は使ったこともないだろう。まぁ、ドラゴンでも探した方が現実的だな」
ドラゴンを探す方が、非現実的だと私は言いたい。
けれど、師匠がここまで言うってことは、本当に不可能に近いのだろう。
確かに、魔法使いだからと言って、全ての属性の魔法を操れる訳ではないし。
「そしたら、2人はどうするんですか?ずっとあのままの姿なんですか?」
「あの姿で暮らせる方法を考える方が、いいだろう。それに・・・」
そこまで言って、師匠は歯切れ悪く言葉を止める。
私が続きを促すように目を向ければ、師匠は少し考えた後、吐き捨てるように言った。
「ナナの方は、おそらく、寿命もフラワーラットに近づいてしまっているだろうな」
「え?それって・・・」
「長生きして20年だ。トリスの方は逆に、ケット・シーの寿命が長いから、200年は生きるだろう」
私はハッとして息を呑む。
そんな。
寿命まで、混ざってしまうの?
ナナちゃんが死んでしまったら、トリス君はその後1人で生きて行かないといけない?
「なんとか、ならないんですか!師匠!」
声を荒げた私に、師匠も苦虫を噛み潰したような顔をする。
「僕だって、なんとか出来るなら、している」
プライドの高い師匠が出来ない、と言う。
それは、今まで無かったことだったし、これからも無いことだと思っていた。
けれど、師匠が出来ない、と言うのであれば、本当に出来ないのだろう。
「それにしても」
師匠が静かに言葉を続ける。
「あのルーカスと言う男が、あそこまで高等な融合魔法を扱えるとは思えなかったけどな。どうせ、あいつが探していたのもあの2人だろう」
悪い人には見えなかった。と、口には出さないけれど、心の中で思う。
そりゃ、月光鳥に関しては目の色を変えて迫って来たけれど。
「トリスが嘘を・・・」
「嘘なんかつく子じゃないですよ!」
「聞け。トリスが嘘をついてるはずがない。あいつが言ってることは、全部本当だ」
「ですよね」
「あぁ。話している最中に、自白呪文を掛けたからな」
さらりと言ってのけられた言葉に、私は耳を疑う。
涼しい顔をしているけど、無言詠唱ができるからって、そんなことをこっそりやっていたなんて!
「師匠の人格を疑います」
「どうぞ、ご自由に」
私の嫌味は相手にされることもなく、消えて行った。
すんなり躱されて悔しい思いをしている私をよそに、師匠は考えるように顎に手を当てる。
「しかし、疑問点と言えば、奴の魔力は平均以上だったが、それでも、融合魔法を使うには魔力だけではなく式を組み込んだ魔法陣も必要なはずだ」
「ルーカスさん、実はとっても頭がいいとか。」
「魔物と人間の融合魔法の陣を書ける奴なら、人間国宝になっても可笑しくないレベルだ」
「え・・・融合魔法って、そんなに難しいんですか?」
「無生物ならともかく、生き物同士を混ぜているからな。発動させたとしても、化け物のような形相になったりすることの方が多い」
「化け物って・・・」
「あの2人は人間の姿を保っているだろう?」
そこが引っかかる、と師匠は考え込んでしまう。
もう私に何か話す気はないらしく、宙を睨みながら師匠は考え続ける。
こうなってしまうと、何を言ってもダメだ。
私はトリス君とナナちゃんが、どうしたら幸せになれるのか。と思いを巡らす。
このまま、2人ともここで暮らせばいいんじゃないかな?
今の師匠の様子なら、許してくれるかもしれない。
考え込んでいる師匠の足の上に、ぽて、と倒れ込めば、間髪入れずに頭を叩かれた。




