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沈黙が耳に痛いというのは、こういう状況のことを言うのだろうか。
食卓を挟んで向かい合う師匠と少年。
ソファで隣同士に座る私と少女。
そして、頭の上で眠そうにもぞもぞと動いているスノウ。
2人に絡み付いていたツタは、今はもう見る影も無く、綺麗さっぱり無くなっている。
まさか、師匠が2人を家に入れてあげるとは思いも寄らなかった。
仕事の依頼をしてくる客人ですら、玄関止まりだというのに。
師匠も一応、人の血が通っているのだな、と改めて感心してしまった。
「それで」
師匠が重たい空気の中、口を開く。
「お前達は、これからどうするんだ」
数分前に語られた彼らの話は、私にとっては衝撃的で、いささか信じがたい内容だった。
少年と少女の名前は、トリスとナナと言うらしい。
家にあがって、開口一番、彼は弁解を始めた。
「俺たち、融合魔法を掛けられて、こんな格好になったんだ」
ぽつり、ぽつり、と彼は話し出す。
「俺はケット・シー、ナナはフラワーラットと混ぜられた。そのせいか知らないけど、ナナは混ぜられた時から、しゃべれなくなっちゃった。俺がしゃべれるのは、たぶん、ケット・シーが人語を操る魔物だから」
「えっと、その、お父さんとお母さんは・・・?」
躊躇いがちにそう聞けば、トリス君はそっと目を伏せる。
「よく、覚えてないんだ。けど、殺されたってことだけは覚えてる。俺たちをこんな身体にするために、きっと、父さんと母さんは・・・」
ぐ、とトリス君の拳に力が入るのが見えた。
そして、言葉を切ると、はぁ、とため息をつく。
「融合魔法を掛けた奴から、逃げ出して来たんだ。でも、下手に動けば捕まるかもしれなくて、立ち往生してた」
「もしかして、森の中にいたの?」
「うん。この辺、あんたたちくらいしか住んでなかったし、隠れるのに丁度良かった。それに、リザさんには悪いけど、花壇の花はナナにとって貴重な食料だったし」
「あ、花のことは全然いいよ!気にしないで!」
「・・・ありがとう。ナナ、花しか食べられないから、困ってたんだ」
じっと、ソファにいるナナちゃんを見つめるトリス君の目は、とても優しい。
彼らがどれだけ辛く、悲しい目にあったのかは想像もつかないけれど、幼い彼らがそんな境遇にあるなんて非常に理不尽に思えた。
「俺たちの身体を元に戻してくれるような、魔法使いを探しに行こうと思ってたんだ。そしたら、俺もナナも一緒に街の中で暮らせるし」
それが一番いいだろうな、と私は頷く。
けれども、師匠は難しい顔で静かに言葉を紡いだ。
「お前達の希望を挫くのは、非常に心苦しいが、それでも、僕は忠告しておく」
師匠はトリス君の目を真っ直ぐに見つめる。
その視線に、怯んだようにトリス君が肩を震わせた。
「融合魔法で混ざった2つのものを、完全に分解することは不可能だ」
小さいけれど、突き刺すように通る師匠の声。
トリス君だけでなく、私も思わず息を呑んだ。
「そ、そんな!師匠!どうして、そんなこと・・・!」
トリス君がショックを受けるのは確実。
私はフォローしようと声を上げるが、圧倒的に知識の足りない私では、何も言えなかった。
言葉の続きが出てこない。
「ふざけんなよ、おっさん。どうしてそんなことが、言えるんだ」
ぐっと眉を顰めて、トリス君が低い声で唸る。
ぴん、と立った二又の尻尾が、苛立たしげに椅子を叩いている。
「見たところ、お前達は遺伝子レベルで魔物とくっついてしまっている。細胞までの融合なら、分離させることも辛うじて可能だが、そこまで深いと、どれがトリス本人で、どれがケット・シーなのか区別がつかない」
「おっさんが、大した魔法使いじゃないってことだろ!世界中探せば、あんたなんかより、もっとすごい魔法使いが・・・!」
「残念だが、僕よりすごい魔法使いはそうそういない」
ばっさりと切って捨てる師匠に、トリス君は言葉を失う。
「お前たちを元に戻す方法は、僕には時魔法を使うくらいしか思いつかない」
「時魔法なら、師匠は使えるんじゃ・・・!」
私の言葉に、師匠は色の無い目を向ける。
「世の中の理を覆す魔法は、とても強い魔力を必要とする。反重力魔法の難しさは知っているだろう?」
「万有引力の法則を覆すから、使える人が少ないんですよね?」
「それと同じだ。起きた事象を時魔法で巻き戻すことは、リスクが高すぎる」
「でも、師匠は家の修理のとき、時魔法を使ってますよね?」
「なぜ、僕が一気に家の修繕を行わないのか分からないか?」
そう問われて、私は戸惑う。
けれども、自然と答えは頭の中に浮かんで来た。
「もしかして、家の修繕の一部分だけでも・・・」
「いろいろ条件はあるが、不可抗力である『腐敗』という事象の時を戻すのには、僕の魔力の半分は使うからだ」
私は絶句してしまい、言葉が続かない。
どうして、魔法でパパッと家を直さないのか、いつも不思議で仕方がなかった。
どうせ師匠が面倒がってやらないのだろう、と思っていた。
けれど、あのほんの小さな面積の修繕でさえ、師匠の魔力の半分を使うのであれば。
もし、トリス君とナナちゃんを元に戻してあげようとすれば、どれだけの魔力が必要なのだろうか。
「そういう訳だ。元に戻る方法よりも、その姿でどう生きて行くかが重要になってくる」
トリス君は俯いてしまい、黙ったまま返事を返さない。
「それで。お前達は、これからどうするんだ」
沈黙の中、師匠はそう問いかけたが、今さっき彼らの進路を師匠自身が断ち切ったというのに。
あまりに酷な質問なんじゃないか、と私は眉根を寄せる。
「師匠、トリス君もナナちゃんも、ゆっくり休むのが先だと思います」
私は隣にいるナナちゃんの髪をそっと撫でてあげる。
くりっとした目で見上げてくるナナちゃんは、とても可愛かった。
「2人がこれからどうするか決めるまで、家に置いてあげましょう」
どうせ、ふざけるな、とか、森に追い返せ、とかそんな言葉が返ってくると思って、反論の言葉を頭の中で並べ立てていたけれど、その予想は見事に裏切られた。
「・・・そうだな」
まさか肯定の言葉が返ってくるとは思っておらず、私は目を見開く。
私の表情の変化を目敏く見抜いた師匠は、不機嫌そうに口を歪めた。
「なんか文句あるのか、リザ」
「い、いえ、別に」
私が、もごもごと口ごもっているうちに、師匠はさっさと話を進めてしまう。
「残念ながら、うちに客人用の部屋はない。お前達はリザの部屋を使うといいだろう」
「え、ちょっと、師匠!」
「僕の部屋の物に勝手に触って、死なれても困るからな」
「トリス君、ナナちゃん、是非とも私の部屋使って!」
そうだった。
師匠の部屋にはよく分からないものが沢山あるんだった。
もし、興味本位で本やら何やらを開けば、そこで人生が終わってしまう可能性は否めない。
トリス君が、小さく、ありがと。と言ったけれど、俯いた顔を上げようとはしない。
師匠と私はその様子に顔を見合わせる。
「ひとつ、聞いておこう」
師匠の目が剣呑に細められる。
「お前達をそんな身体にしたのは誰だ?」
トリス君は、しばらく沈黙していたけれど、顔をあげると、力強い声でこう言った。
「ルーカス。街を点々として、魔物を見せ物にして稼いでる奴」




