10
「なっ・・・き、君・・・猫?」
「猫じゃねぇし。俺は人間」
むっとした様子で答えた少年に、私は少女をぎゅっ、と抱いて後ずさる。
それを見て、ぴくぴく、と少年の頭の上に生えている猫耳が不機嫌そうに動いた。
人間・・・なんだよね?そしたら、あれは飾りなの?
どう見ても、猫系の魔物にしか見えない。
「心配しなくても、別に襲ったりしないよ」
ふん、と怒ったようにそっぽを向いて、少年は吐き捨てる。
確かに、少年は隙だらけの私に攻撃してくるような素振りは見せない。
それでも、怖くてうっかり腕の力を強めてしまえば、抱きしめていた少女が、キーッと悲鳴のような鳴き声をあげた。
「あ、ごめんね」
パッと手を放すと、少女は目の前の少年に飛びついた。
けれども、やっぱり身長が足りないから、少女は彼の足に抱きつく。
な、なんだろう、あの子は抱き付き癖でもあるのだろうか?
「こいつ、俺の妹」
私の疑問に答えるように、少年はぶっきらぼうに言い放つ。
妹?
私は2人を見比べて、ぽかんとする。
確かに、青い瞳はそっくりだけれど、少女は金髪で、少年は灰色の髪。
目の形だって、少女がまんまるなのに対して、少年は吊り目だ。
おまけに、少年の瞳孔は細く、猫のような形をしており、対する少女は白目が見えない。
「似てないんだね」
正直にそう言えば、少年は嘲笑をその顔に浮かべる。
「前はもっと似てたよ」
「前?」
私の問いかけに答えることなく、少年はくるりと踵を返すと、少女を抱き上げてそのまま去って行こうとする。
ばいばい、と肩に乗った少女がこちらを振り返り、小さく手を振った。
「帰るの?」
「もう、花のお礼はしたから。じゃぁね」
「ま、待って!」
私は立ち上がると、駆け寄って彼の腕を掴んだ。
反射的にだろう、彼は私の手をパッと振り払う。
その瞬間、腕に鋭い痛みが走った。
「・・・っ!」
「あっ・・・ごめ・・・っ!」
少年は少女を下に降ろすと、慌てて私の腕を取る。
つ、と流れる赤い色に、私は目を疑った。
ナイフで切ったような傷が出来ている。
「ごめんなさい・・・」
「え、あ、え?これ、なんで・・・?」
「俺のせいだ」
言いながら、少年は私に自分の手を見るように促す。
痛みに耐えながら、そちらに目をやれば、ぐ、と少年の爪が猫のように伸び、鋭く尖る。
「びっくりしたりすると、無意識にこうなっちゃうんだ。ほんと、ごめん。お姉さんのこと怪我させるつもりはなかったんだ」
「そっか。でも、私なら大丈夫だよ」
へらり、と私は少年に向かって笑顔を向ける。
少年はまるで自分が怪我でもしたかのように、苦痛に顔を歪めている。
その表情を見て、私は思う。
この子はきっと、悪い子じゃない。
「一応、魔法使いの端くれだもの。魔法で治せるよ」
自分で「端くれ」とは言ってみたものの、治癒魔法が成功した試しなどない。
でも、ここで成功させなかったら、いつ成功させるのだ。
私は祈るような思いで怪我をした右腕の上に、左手を翳す。
「絶たれし息吹よ、再び繋がれ」
ぽわん、と優しい緑色の光が左手から溢れる。
成功した!と思ったのも、束の間、怪我が塞がり始めようかという直後に光は消えてしまった。
暗がりの中、私は乾いた笑い声をあげる。
「あっれー?」
「ダメじゃん・・・」
少年は呆れたような、困ったような顔をしていて、その足下で少女がきょとんとして、こちらを見つめていた。
「お姉さん、やっぱ魔法使いじゃないじゃん。俺が手当てするから、貸して」
少年は有無を言わさず、私の腕を引っ張ると、怪我した場所をぺろりと舐める。
その行為に唖然とすると同時に、カッと火がついたように顔が火照ったのがわかった。
肌の上を舌が這う感覚に、ぞわりと全身が粟立つ。
「ちょ、ちょ、ちょ!待った!」
「なに?」
「なに?じゃなくて、怪我したとこ舐めちゃダメ!」
「怪我したら舐めるもんだろ?」
よくわからない少年の言い分に目を白黒させながら、私が更に良い募ろうとしたとき、ひゅ、と音がして少年と少女にツタが絡み付いた。
え、と思う間も無く、少年と少女は身動きが取れない程、雁字搦めに縛られる。
「リザ」
怒ったような、呆れたような声音に、私はびくりと肩を揺らす。
振り向かなくても分かる、言わずと知れた師匠だ。
ずんずん、と歩き方だけで分かるくらいご立腹のようで。
私は2人を背中に隠すように、師匠と対面する。
「どうして君がこいつらと一緒にいるんだ」
「し、師匠!」
「どけ」
「待って、待って!2人とも悪い子じゃないから、魔法を解いてください!」
師匠は私の言葉に耳を貸す事をせずに、少年を睨みつける。
けれども、少年は耳と尻尾をぴくぴくと揺らしただけで、平然と師匠に相対してみせた。
「おっさん、あんた魔法使いなんだろ?」
「・・・今すぐその口を利けなくしてやろうか」
「お姉さん、怪我してるから治してあげてよ」
師匠に凄まれて、ここまで平然としている人を初めて見た。
私だったら絶対、すみません、ごめんなさい。と平謝りの一択しかないもの。
それに、師匠に向かって「おっさん」だなんて、明日の朝日を拝むのが嫌になった時に口にするような言葉だ。
・・・少年くらいの年から見たら、師匠はおっさんになるのだろうか?
ぐい、と腕を引っ張られて私は師匠に意識を向ける。
細められた双眸は、夜なのにも関わらず、僅かな月明かりを受けてぎらぎらと輝いていた。
「どうしたんだ、これ」
「えっ・・・あ、えーっと・・・」
怪我のことを聞かれて、私は返答に詰まる。
正直に言ってしまったら、少年が師匠に本気で殺されるんじゃないかとの懸念からだ。
もごもご、としばらく沈黙した後、私は言い訳を並べる。
「えっと、えーっと、あ、その、こっ、転んだら、丁度腕を置いたところに木の枝が落ちてて、それでこうなちゃったんです!」
「木の枝でどうやったら、こんな切り傷ができるんだ?」
「う・・・」
師匠の尤もな指摘に、私は返す言葉もない。
呆れたように、師匠はため息をついて、詠唱を唱えることなく治癒魔法を発動させた。
怪我した部分に、私のなんかより何倍も強くて柔らかい光が浮かぶ。
そして、数秒と数えることなく怪我は綺麗さっぱり、跡形も無く消えてしまった。
「おぉ・・・。さすが師匠」
「で、こいつらは何だ?」
私の褒め言葉に懐柔されるはずもなく、師匠は再び質問を重ねる。
「えっと・・・」
何だ?と聞かれても、私も知らない。
私が口ごもったのを、知っていてしゃべらないと判断したのか師匠が険悪な表情でハッ、と口の端を上げる。
「どうやら、リザもこいつらと同じように縛り上げられたいらしいな」
あぁ、本当に無言詠唱ってやっかいだと思う。
いや、やっかいなのは師匠のこの性格か。
有言実行とはよく言ったもので、足にはすでにツタが這ってきている。
更に意地が悪くて仕方が無いのは、彼らを雁字搦めにした時のように、瞬間的ではなく、じわじわと追いつめるようにツタが登ってくることだろうか。
引き抜こうと足を動かしたけれど、逆にもつれて尻餅をついてしまった。
・・・痛い。
「それで?話すのか?話さないのか?」
痛がってる私を見て、にやにやしてる師匠。
本当に、意地が悪いの一言に尽きる。
意地が悪いって、師匠の為にあるような言葉だ。
「・・・話すも何も、私も知りませんもん!」
「ほう、まだ意地を張るのか」
「本当ですって!ね、スノウ!」
私が声を掛ければ、ピ!と肯定するようにスノウが服の中から顔を出す。
けれど、師匠は目を細めて、肩を竦めただけだった。
「あいにく、僕にはスノウが何と言ってるか分からない」
「もう!どうしたら信じてくれるんですか!」
私は這い上がってくるツタを手で引き千切りながら、師匠に向かって叫ぶ。
足止めによく使う魔法だけど、これ、自分が掛けられる側だと本当にやっかいだ。
「おっさん」
そんな中、凛とした少年の声が響く。
師匠の眉がぴくりと動いて、いらっとしているのが分かって、少しだけ良い気味だ、と思ってしまった。
「お姉さん、本当に何も知らないよ。俺、話してないから」
「魔物の言うことを信じると思うか?」
師匠の言葉に、少年は牙を剥いて唸る。
その表情が、いつか夢の中で見た、女の人に向かって怒った師匠の表情と被って、私は思わずツタを払う手を止めた。
「俺は魔物じゃない!人間だ!」
「人間?」
少年の猫耳と二又の尻尾を見て、訝しむように師匠が首を捻る。
ふーっと、毛を逆立てて威嚇する様は、どう見ても少年が猫のようにしか見えない。
「俺はケット・シーと融合魔法に掛けられて、こうなっただけだ!」
その瞬間、師匠が大きく目を見開く。
「融合、魔法?」
ぽつりと呟いた、私の間抜けな声だけが、場違いだとでも言うように、夜の闇に消えて行った。




