08
「ただいま」
「おかえりなさい」
パタン、とドアを閉めて家に入ってきた師匠。
ルーカスさんは、一緒ではないようだ。
その事実に、私は安堵する。
スノウを見せてくれ、と迫られても、私がはい、どうぞ。と言う訳にもいかないし、だからと言って、スノウが大人しく身を委ねるとも思えない。
「花畑見つかりました?」
「リザ、君はあんな獣道を1人で歩いたのか?」
質問を完全にスルーされ、そう返されたことに、私はうっと詰まる。
そうだった。師匠、怒ってるんだった。
「ご、ごめんなさい」
「これからは、絶対に道をはずれないようにすること。約束が守れないなら、外出禁止にする」
「えーっ?!」
「それが嫌なら、守る事だな」
「守ります!守ります!絶対に道をはずれたりしません!」
師匠がここまで言うってことは、何か危険な魔物と遭遇でもしたのだろうか?
そう考えて、私はハッと固まる。
「師匠、ルーカスさん大丈夫なんですか?」
「何がだ」
「そんな危険なところに置いて来たんですか?」
「あぁ。置いて来た」
師匠は興味なさそうにそう返事して、ソファにどさりと腰掛ける。
そして、今朝手に持っていた融合魔法の本をぺらぺらと捲り始めた。
「ちょ、ちょっと、師匠!放っといていいんですか?」
「大丈夫だ。あいつも、魔法使いの端くれのようだからな」
「ルーカスさんが?」
「そうだ」
師匠の返答に、私はへぇ、と呟く。
あれだけ魔法に詳しいのだから、魔法使いである可能性は大いにあるだろう。
逆に、魔法も扱えないのに、魔物を扱うような商売をしていたら、それこそいくつ命があっても足りない。
それに、師匠が「端くれ」と言うのだから、それなりに魔力が強いのだろう。
私レベルの人間なんかは、絶対に師匠は「魔法使い」とは評さないし、シオンさんでさえ師匠は「端くれ」とは呼ばない。
「ルーカスさん、大丈夫ですかね?」
「さぁ?僕の知るところじゃぁない」
「そんな無責任な」
「わざわざ、この僕が案内してやったんだ。それだけで感謝してもらいたいくらいだ」
くあぁ、と師匠は大きな欠伸をすると、ソファに横になって本を読み始める。
人が座るかもしれないってこと、全然考えてないんだから。
しかしながら、この状態の師匠には何を言っても無駄なので、私は本棚から本を抜き取ると、食卓に座ってそれをスノウと一緒に眺めることにする。
ルーカスさんなら、たぶん大丈夫だろう。
師匠がいくら嗜虐嗜好で、陰険で、意地悪で、他人の不幸は密の味だと思っていても、さすがに人を命の危険に晒すような真似はしないはず。
どさり、とテーブルに分厚い本を置いて、椅子を引く。
私が選んだのは、魔物図鑑だ。
フラワーラットのことが載っていないか、と思ってぺらぺらとページを捲る。
冒頭にあるのは、ドラゴンのイラスト。
ドラゴンと言えば、男の子なら誰でも一度は憧れる存在らしい。
女の子は、人魚とかが好きだけど。
師匠も、ドラゴンに憧れてる時期とかあったのだろうか?
ドラゴンのイラストを見て、目をキラキラさせている幼少期の師匠を思い浮かべてみて、私は首を横に振る。
無理だ。まず、幼少期の師匠を思い浮かべる事ができない。
自分の想像力の乏しさに若干肩を落として、私はドラゴンのイラストを見つめる。
存在するには、するらしいけど、見たことある人は数えられるくらいしかいないらしい。
だから、その生態系も魔力についても、すべてが謎に包まれている。
じーっとイラストを見て首を傾げているスノウに私は訊く。
「スノウもドラゴンに興味あるの?」
「ピィ!」
うん、とでも言いたげな返事に、私は苦笑を返す。
スノウの性別を気にした事なかったけど、もしかして、男の子なのだろうか。
「スノウは男の子なの?」
「ピ?」
え?とスノウに返され、私はもう一度聞き直す。
「女の子?」
「ピッ!」
うん!と言わんばかりの鳴き声に、そうかそうか。と私は納得する。
「スノウが女の子だって知らなかった」
私の言葉に、スノウは無言の視線を寄越す。
怒ってる・・・のかな?
「ごめんね、スノウ」
苦笑いをして、指先で頭を撫でてやれば、彼女は気持ち良さそうに目を細める。
女の子なら、リボンとかあげたら喜ぶだろうか?
そんなことを考えながら、私は図鑑のページを捲る。
ニンフ、グリフォン、ヴァンパイア、ケット・シー、と目に入ってくる魔物に私は苦笑を零す。
小さい頃は、図鑑に載っている魔物を見ては、こんなパートナーが欲しいなぁ。と、いろいろ想像したものだ。
それが元で、私は召還術を一番に優先して勉強することになる。
私はスノウを一瞥して、くすっと笑う。
何?というように彼女が首を傾げたけれど、何でも無いよ、と返した。
今は、この可愛い相棒がいるから、召還術への興味が薄れてしまったな。
そう思いながら、私はページを捲る。
「あ、いた」
私はフラワーラットのページで手を止めると、その欄を目で追った。
先ほどのガーデニングの本なんかより、よっぽど詳しく書かれている。
天敵はケット・シー。
花しか食べないため、生息地は自然の多い場所に限定されている。
都会などでは全く見かけない、田舎にいる魔物のようだ。
田舎、という文字に、確かにここは田舎だな、と私は納得する。
他に、花だけを好んで食べる生物がいる可能性も否定はできないが、やっぱりこの魔物の線が濃厚かもしれない。
ふむふむ。と、私はさっと目を通してから、師匠に報告しようか迷った。
言ったら、師匠は花壇の花を急成長させて、全部毟り取ってしまうだろう。
それでは、今まで面倒を見て来た私の苦労が報われない。
それに、これくらいのことなら、自分の力で何とか出来るようにならなくちゃ!
やっぱり黙っている事にしよう、と決意して、ソファの背に隠れて見えない師匠を一瞥してから魔物図鑑をぱたん、と閉じた。




