05
それは、雨がざあざあと降りしきる日のことだった。
「ちょっと、師匠!大変です!」
「君はいつも頭の中が大変だろう?」
「軽口叩いてないで、いいから来てください!」
ソファに転がっていた師匠の腕をぐいぐいと引っ張れば、非常に面倒くさそうな顔をしてから立ち上がる。
今は非常事態だ。
そんな師匠の態度にいちいち文句言う程、私も子供ではない。
「ほら、これ見てください!」
「あぁ。確かに、これは大変だ。」
ふわぁ、と大きな欠伸をして、師匠はそう零す。
あの、全然、大変だと思ってるように見えないんですけど。
何が大変だったのかというと、実は、雨漏りしていたのだ。
お世辞にも、新築とは言えないこの師匠の家。
師匠が魔法で補強したり、ちょっと細工したりはしているけれど、あちこちにガタがきている。
いや、正確に言えば、師匠が面倒がって家の修理をしないだけなのだけど。
私が補修をやれば良いのかもしれないが、残念ながら、この手の魔法は荷が重すぎる。
「ん」
「わっ・・・て、ちょっと、師匠、これ何ですか」
「雑巾に見えないなら、僕は君の教養を疑う」
「そうじゃなくて!」
「ほら、そこ」
師匠が指差した先には、雨漏りして溜まった水たまり。
いやいやいや、これこそ、師匠の魔法ですぐ片付くでしょう?
「あの、私が師匠呼んだ理由分かってます?」
「僕にいじめられたかったんだろう?」
「そんな訳ないでしょう!」
「ほら、文句言わずに拭く」
くだらないことには、すぐ魔法を使うくせして(私の自由を奪ったりとか奪ったりとか奪ったりとか)こういう大事な場面では師匠は魔法をあまり使わない。
椅子を持って来て、それに登って師匠自身が雨漏り具合を調べてるくらいだし。
師匠が魔法を使ってくれることを期待して見つめていたら、長身の師匠を更に下から見上げる形になってしまい、首が痛いので、諦めて私は大人しく床を拭くことにした。
「どうやら重傷のようだ」
「え?」
「木が腐っている。さすがに、手で直すのは無理か」
師匠はそう呟くと、さっと雨漏りしている部分に手を翳す。
すると、瞬く間に雨漏りしていた形跡もないくらい綺麗に補修されていく。
まるでその部分だけ、新築時代に時を戻したようだ。
「もう、魔法使うなら、これも片付けてくださいよ」
「自分の手で出来る事は、自分でしなさい」
「じゃぁ、師匠も一緒に拭いてくださいよ。自分の手でするんでしょう?」
「そういうのは、弟子の仕事」
本当に、ああ言えばこう言う。
私に仕事押し付けて苦しめたいだけじゃない。
「どうせなら、全部新築にしてくださいよ」
「労力の無駄」
「えー?だって、この家ボロすぎます」
「さて、リザの部屋が雨漏りするように細工してこようか」
「すみません、ごめんなさい、今のままで十分です!」
師匠の悪魔!と心の中で罵倒していると、椅子を片付けた師匠が私の前にしゃがんだので、心の中の声がバレたのかと思い、反射的に飛び退いてしまった。
そんな私の様子を、師匠が訝しげに見つめる。
「どうして逃げるんだ?」
「い、いえ、いきなりだったんで、びっくりしただけです」
「馬鹿のことをしてないで、さっさと片付ける」
「はーい・・・」
目の前で見てるだけなら手伝えよ。
という言葉が、通じないのは学習済みなので、私は黙って師匠が見てる中、床を拭く。
そこまで沢山水が溜まっているわけではなかったけれど、水ってのはやっかいなものだ。
なかなか、乾いてくれない。
「ここ、通る時注意してくださいね」
「なぜ?」
「つるつるするんで、転びますよ」
「僕の心配より、自分の心配した方がいいと思うけどね」
「私は転びません!」
「どうだか」
にやにやしている師匠に答える気も失せて、私は視線を落として作業を続ける。
「でも、僕の心配をしてくれる弟子にささやかなプレゼントだ」
なんだか師匠は1人で楽しそうだけど。
どうせ碌なプレゼントじゃないだろう、と半ば呆れ気味に私は再び視線を上げる。
「わぁ…!」
「綺麗だろう?」
「師匠すごい!」
全然これっぽっちも期待してなかったから、さすがに驚いた。
師匠が私の周りに虹色の花を作ってくれていたのだ。
触れてみようと思い、指でつついてみたけれど、それは何もないかのように虹の花を通り抜ける。
デイジーだろうか?小さくて可愛い花が、私の周りに虹色をして咲いているのは不思議な気分だ。
「師匠、どうやって作ってるんですか?」
「ん?まず、水魔法で水蒸気を発生させてから、光魔法を使う。このとき、丁度水蒸気をプリズムの代わりになるように操作して更に形が作れるように屈折率を・・・」
「いいです。原理が分かっても、私には真似できない芸当ですね」
「まぁ、君のような大雑把な魔力の操り方じゃ無理だろう」
「むぅ・・・でも、綺麗」
どうしても触ってみたくて、何度も何度も指でつついてみるけれど、虚しく空を切るだけだった。
そんな私の様子がおかしかったのか、師匠はくすくすと笑う。
「さ、しばらくそれは置いといてあげるから、早く床を拭くんだ」
「はーい!」
「それが終わったら、昼ご飯にしよう」
「昼ご飯、何がいいですか?」
「いいよ、今日は僕が作る」
「え?!」
私が驚いて師匠を見つめれば、師匠は不満げに眉を寄せる。
「何か文句あるのか?」
「いやいやいや、そんな師匠に料理させるなんて滅相もない!私がやりますから!」
一つだけ言っておこう。
師匠の料理は、とてもじゃないが食べられたものじゃない。
ケーキに醤油やソースをかけるような殺人料理を作る人間ではないが、無味乾燥な料理をつくらせたら右にでるものはいない。
あれだ。ご飯にふりかけとか言いながら、オブラートをかけたような料理を作る人だと言えば伝わるだろうか。
見た目は普通なんだ。普通なんだけど、味がしない。
「なぜそんなにムキになる」
「だって、ね、師匠!それこそ、弟子である私の仕事ですから!」
「・・・君が毎日食べたいと、泣きつくような料理を作ってやろう」
師匠はそう言い残すと、颯爽とキッチンへ去って行く。
「あぁもう、師匠の馬鹿!」
私の呟きもどうやら師匠には届かなかったようで。
その昼はもちろん、師匠お手製の料理を食すことになりました。
もう、どうして師匠が涼しい顔してご飯食べてるのか、私には分からない!
食べ終わってから、例の雨漏りしてたところで私が盛大に転んだのは、また別の話だけどね!