05
目が覚めたら、自分のベッドの中にいた。
ぼんやりした頭で、確か、昨日はソファで寝てしまったはずなんだけどな、と考える。
師匠が運んでくれたのだろうか?
そう考えて、反重力魔法で運ばれ、乱雑にベッドに投げられている自分の姿を想像してしまい、お礼を言うのはやめとくことにした。
「ふわぁ・・・」
大きく欠伸をして、ごしごしと目をこする。
窓の外を見てみるが、昨日の女の子がいたような形跡は何も残っていなかった。
本当に、あの子は一体なんだったのだろうか?
寝間着から洋服に着替え、それから、空気を入れ替えるために窓を開けば、ピィ!と鳴いてスノウが入ってくる。
「おはよう」
スノウの挨拶にそう返して、私はリビングへと赴く。
もちろん、スノウは私の頭の上に鎮座している。
リビングには誰もいないと思っていたのだけれど、ソファに師匠が転がっていた。
師匠がソファで寝てしまうだなんて、珍しい。
私が眠ってしまった後も、ずっとここにいたのだろうか?
起こそうかと思ったけれど、疲れているようだし放っておく事にする。
腕の中に本を抱えて、猫のように丸まって寝ている師匠はなんだか可愛かった。
「いつもこうならいいのに」
ね、とスノウに同意をもとめれば、そう?とでも言うように、首を傾げられた。
スノウは師匠に虐められたことがないから、そう思うに違いない。
師匠の寝顔を拝む機会なんぞ、滅多にないので私はそっと前面にまわって師匠を眺める。
腕の中にある本は、どうやら融合魔法についての本のようだ。
強力な呪文が使えないって言ってたけど、悔しいから勉強し直すことにしたのだろうか?
すーすー、と小さく寝息を立てながら寝ている師匠は、いつもの嫌味な表情なんか全く窺うことができない。
案外、あどけない顔してるんだな、なんて思ったり。
眠っている時の表情は人畜無害で、とても温厚な人に見えるから不思議だ。
師匠が小さい頃って、どんな感じだったのだろうか?
素直で純粋な子供時代なんか想像できなくて、思わず笑ってしまった。
孤児院出身だそうだけれど、生まれたときからなのだろうか?
それとも、物心ついたときからなのだろうか?
じーっと師匠の寝顔を眺めていたら、ぱちり、という効果音が付きそうなくらい突然目が開いた。
驚いた私は、絶句して、素早くソファから飛び退く。
「人の寝顔を見ているなんて、悪趣味だな」
寝起きのせいか、若干掠れた声で師匠が不機嫌そうに呟く。
そして、ふわりと欠伸をしてから、がしがしと頭を掻いた。
寝顔を見ていた件については、全面的に私が悪いので謝るしかない。
逆のことされたら、絶対嫌だもの。
「すみません・・・」
「来い」
短くそう告げられて、私は一瞬固まる。
けれども、そのまま動かなければもっと怒られるに決まっているので、恐る恐る師匠に近づく。
まるで、猛獣を相手にしているみたいだ。
スノウはピピッ、と頑張れ!というように鳴くと、私の頭の上からテーブルへと降り立つ。
・・・裏切り者!
「な、なんですか」
「そんなに構えることないだろう?」
師匠は苦笑すると、ほら、と私を促す。
仕方が無いので、師匠の言う通りにすれば、膝の上に乗せられてゆるゆると髪を撫でられた。
「どうしたんですか、師匠」
「昔のことを思い出してね」
手櫛で髪を梳かされる感覚。
少しだけ、懐かしい。
私が小さいころは、師匠に髪の毛を結んでもらってたっけ。
魔法に関しては器用な師匠も、女の子の髪の毛を素敵に結う技術は持ってなかったらしく、いつも2つ結びか、もしくはただ束ねるだけだった。
三つ編みなんて、出来ないに違いない。
魔法でやればいいのに、いつもいつも自分の手でやってくれてたっけ。
「リザも大きくなったんだな」
「そりゃ、成長しますよ。いつまでも子供じゃないです」
「子供じゃない、ねぇ」
髪を通る手の感触が、くすぐったい。
「魔法に関しては、一向に成長してくれないけど」
「・・・才能がないんですよ」
「だろうな」
あっさりと認めた師匠に、私はむっとして、ぱしり、と軽く太ももを叩いてやる。
そうしたら、髪を梳いていた手でぐっと顎を掴まれて無理矢理、上を向かされた。
く、苦しい・・・!
「師匠を叩くとは良い度胸だな」
「す、すみません、ごめんなさい」
ギラギラしている師匠の金色の瞳と目が合ってしまい、私は萎縮する。
綺麗だけれど、間近でみると、びくりとして身が竦んでしまうのだ。
でも、それは恐怖から来るものではなく、きっととても美しいという畏怖の念から来るもの。
スッと手を離されて、師匠は再び渡しの髪を梳き始める。
本当に、自分が構いたいときだけは、満足するまで構うんだから・・・!
「ねぇ、師匠」
「なんだ」
「師匠が小さい頃ってどんな子だったんですか?」
私は、先ほどふと思ったことを師匠に聞いてみる。
答えてくれるかどうかは別にしてね。
「僕の子供の頃、か」
師匠はそう言うと、うーん、と唸る。
「変わり者だと言われていたな」
「やっぱり」
「どういう意味だ」
私が声をあげて笑うと、こつん、と頭を小突かれる。
でも、機嫌がいいのか、それだけで済んだ。
「魔法は小さい頃から使えたんですか?」
「あぁ。生まれてすぐには」
「えぇ?!」
驚く私を見て、師匠は笑う。
「お父さんとお母さんも魔法使いだったんですか?」
「まぁ、そんなところだろうな」
師匠のお父さんとお母さんとか、これまた想像できない。
どういう方だったのか、聞きたかったけど、師匠は昔、孤児院にいたということを思い出して、やめておく。
今の話の流れだと、きっと生まれたときから孤児院にいた訳ではないのだろう。
私のように、ご両親になんらかの事故があったに違いない。
「なんか、師匠って、師匠のまま生まれて来たような気がしてましたけど、ちゃんと人から生まれたんですね」
「どういう意味だ」
「要するに、師匠の子供時代なんて想像できないってことです」
「君は、今の姿の僕しか知らないだろうから、そう思うんだろうね」
髪を梳いていた手がスッと離れたと思うと、師匠は私を膝から下ろす。
きっと、構うのに満足したのだろう。
本当は、もう少しだけ髪を梳いてもらいながら、話してたかったな、なんて。
絶対、言わないけど。




