04
「キーッ!キーッ!」
人間の声とは思えないような悲鳴を上げて、女の子が暴れている。
それは、まるで、やめてくれと懇願しているように聞こえた。
その襟首を師匠は、優しさの「や」の字もないような乱暴な仕草で掴んでいる。
こうしていると、どう見ても師匠が彼女を誘拐しようとしているようにしか見えない。
どうしてあんなに、悪人面をしているのだろうか。
窓越しなので、師匠が何を言っているのかは分からないが、彼女のつんざくような悲鳴はここまでしっかり聞こえてくる。
見た目が人間なので、もしかしたら、話が通じるのかもしれない。
そう思ったけれども、少女は叫ぶばかりで、何か言葉を発しているような風ではなかった。
しばらくの間、師匠が目に見える程イライラしながら話かけていたが、やがて、面倒になったのか彼女を放り投げる。
「え・・・っ?!」
私は目を疑った。
だって・・・放り投げた?
仮にも、女の子を?
「ちょ、師匠!何やってるんですか!」
私は窓を開けると、師匠に向かって叫ぶ。
けれども、師匠がこちらを一瞥したかと思ったらぴしゃりと窓が閉まってしまった。
・・・魔法で閉めたな。
もう一度開けようと、手を掛けるが、ご丁寧に魔法で鍵まで掛けたのか窓はぴくりとも動かない。
仕方がないので、窓に張り付くようにして外を見ていると、女の子と師匠の他に、もうひとつ影が見えた。
私が目を離した隙に、また誰かが現れたのだろうか?
放り投げられた彼女を受け止めたのか、その影は彼女を肩に乗せているようだ。
よくよく目をこらしてみると、人間ではないように見える。
尻尾、と思われるものがゆらゆらと揺れているのだ。
やがて、尻尾を生やした影は身を翻すと、森の中に去って行く。
それが、人間とは思えないくらい素早い動きで、思わず私はぽかん、と口を開けてしまった。
人間、というよりは野生動物のような動きだったかもしれない。
決して、四本足で走って行った訳ではないが、動きが人間のそれではなかった。
あまりに奇妙で、彼女ともうひとつの影が一体何者なのか考えると怖くなってくる。
「馬鹿娘。ゴーストじゃなかったから良かったものの、窓を開けるなんてどういう神経をしてるんだ?」
ぺしっと、後頭部を叩かれて私は我に返る。
さっさと家の中に引き上げて来た師匠がしかめっつらで後ろに立っていた。
「師匠痛い」
「知らん」
何の報告も無く、再びソファに座って本を読もうとする師匠を私は慌てて引き止める。
「師匠、結局、あの子、何だったんですか?それに、もう1人来ましたよね?」
「・・・おそらく人間ではない」
師匠は眉を顰めると、苦虫を噛み潰したような表情をする。
「・・・まさかとは思うが」
「何がですか?」
「君には関係のない話だ」
そう言ったきり、黙り込んでしまった師匠の隣に私は腰掛ける。
ソファに寝転がりたかったのであろう師匠が、何か言いたげにこちらを見るが、気づかないフリをする。
教えてくれないのが悪いんだからね!
「師匠、あの子のことが気になって眠れないのですが」
「徹夜すればいい」
「師匠って本当に、血も涙もない人ですよね」
「どうもありがとう」
「いった・・・!痛い、痛い!すみません、ごめんなさい!嘘です!師匠はめちゃくちゃ優しいです!」
ぐっと頭を掴まれて、私は矢継ぎ早に謝罪の言葉を並べる。
掴まれた箇所をさすりながら恨めしげに師匠を睨めば、ふん、と鼻を鳴らして、こちらを見下してから、再び本を開こうと表紙に手を掛ける。
「ししょー・・・」
呼びかけてみても、師匠は答えてくれない。
完全に読書モードだ。
仕方が無いので、諦めて部屋に戻ろうかと思ったけれど、さっきの彼女たちを思い出して怖くなってしまった。
部屋に戻ったら、また窓に石を投げてくるかもしれない。
もう少し・・・師匠が寝るまで、ここにいようかな・・・。
すすす、と師匠の方に身を寄せれば、肘で押し返される。
自分が構いたいときは、私が嫌がっても、満足するまで構い倒すくせに。
小さく、ばーか。とでも呟いてみようと思ったけれど、報復が恐ろしいので、心の中で言うに収めておく。
服の裾を少しくぃっと引っ張ってみたけれど、師匠は見向きもしない。
仕方がないので、私はぽけっとして師匠の隣に座っていることにしておく。
さわさわ、と木々の揺れる音が耳につくくらい、静かだ。
あの子は、一体なんだったのだろうか。
なぜ、窓に石を投げていたの?
もしかしたら、何か用があったのかもしれない。
それに、もう1人の尻尾の人物は誰だろう?
うつらうつら、と意識が少しずつ遠のいて行く。
「風邪引くぞ」
師匠がそう言った気がしたけれど、返事をする前に私は深い眠りへと落ちて行った。




