02
師匠、スノウと一緒に、街を歩いてる時のことだった。
夕食の買い出しに来た私たちは、広場に人だかりが出来ているのを見て足を止める。
「何でしょう?」
「さぁ、なんだろうな」
全く以て回答になっていない返答を寄越し、師匠は興味なさそうにそこから立ち去ろうとする。
けれど、私の好奇心は収まらず、慌てて師匠の服の裾を掴んだ。
「ちょっとだけ、見ていきましょうよ!」
「くだらない。どうせ大道芸かなんかだろう」
「むぅ・・・じゃぁ、師匠先に帰ってて下さい!私とスノウで見てきます」
ね、と頭上のスノウに相槌を求めれば、ピッ!と、返事をしてくれる。
踵を返して人混みにまぎれようとすれば、師匠に首根っこを掴まれ、ぐぇっと変な声が出た。
「けほっ・・・何ですか、師匠」
「はぐれるだろう」
「はぐれたって、家まで帰れますよ」
私の言葉に師匠はむっとしたように半眼になる。
「いつからそんな生意気になったんだ」
「別に生意気じゃないですよーう」
ぱしっと師匠の手を払いのけると、今度こそ私は人混みの中へ突っ込んで行く。
そっと後ろを振り返ってみたけれど、師匠は全くこちらに来る気はないようで、面倒そうな顔で仁王立ちしていた。
もう、少しくらい付き合ってくれたらいいのに!
なんて、文句を言っても仕方が無いので、私は人だかりの正体を見ようと前へと進んで行く。
スノウが必死で頭にしがみついているようなので、落ちないようにそっと胸ポケットへ移動させてあげた。
なんとか人混みを掻き分けて前へ出てみれば、そこには沢山の魔物。
沢山いる、と言っても、野放しになっている訳ではない。
檻にいれられて、大きくて獰猛そうな種類は御丁寧に鎖で繋がれている。
檻の外では、人々がうわぁ、と感嘆からなのか、恐怖からなのか分からない声を上げていた。
入り口に置いてある檻は、客引き用のもののようで、更に奥に入るにはお金を払わないといけないようだった。
「見世物小屋みたいだね」
胸ポケットにいるスノウに、そう言えば、ピ?と首を傾げるスノウ。
本来、この広場にはこのような施設はない。だとすれば、出張で来ているのだろう。
世界中をまわっているのかな?
スノウに見せるのは少し酷かもしれないけれど、日常生活の中で出会うことのない魔物が見られるのは面白い。
入り口にある、小さな檻に入れられたピクシーを見て、私は吸い寄せられるように近づく。
女の子のような姿に、ひらひらした羽根。
可愛いとしか形容のしようがないその姿は、いつになっても人気のある魔物だ。
召還術で上手く喚び出せたことのあるピクシー、スライム、ウィル・オー・ウィスプには親近感が沸く。
そういえば、と思って私は首を傾げた。
ピクシーは呪文魔法を使えるはず。
スノウたち、月光鳥のように魔力を蓄えているだけでなく、その魔力を行使することのできる種族だ。
こんな檻くらい、楽に破れるだろうに、そうしないのは何故だろう?
興味が沸いた私は、そっと檻に手を近づけてみる。
じっとこっちを見ていたピクシーが、怖がるように後ずさった。
「お嬢さん、触っちゃダメだよ」
ぽん、と突然肩を叩かれて、私は飛び上がる。
慌てて振り向けば、恰幅のいいおじさんが、にこにこと笑っていた。
決して禿げている訳ではないが、決してふさふさとも言えない生え際のきわどい髪。
その黒い髪を丁寧に撫で付けているのも、薄く見える要因かもしれない。
お腹はぽっこりと出ており、今にも前でとまっているボタンが弾け飛びそうだ。
小綺麗な格好をしてはいるが、それが何故か胡散臭く見える。
笑顔も師匠のあの凶悪な笑みに比べれば、愛想が良くてむしろ好感が持てるはずなのだが、不信感からか裏のありそうな表情に思えてしまった。
そんな私の思考を知るはずもなく、おじさんは陽気な声で話しかけてくる。
「ピクシーはね、可愛い姿をしているけど、魔法を使えるんだ。だから、触ったら危ないよ」
一体、何の用かと訝しんだけれど、私のことを心配して声をかけてくれたみたいだ。
疑ったりしたのを、少しだけ申し訳なく思った。
「すみません」
「いいよ、いいよ。お嬢さんみたいな子は、みんなピクシーみたいに可愛い魔物が好きだものね。けど、魔物の扱いには気をつけないと。魔法でやられたら、取り返しのつかないことになることもある」
取り返しがつかない、というのは良く知っている。
魔法は確かに、万能とまでは言わないけれど、とても便利だ。
魔力の無い人だって、魔法が扱えるように、今ではいろいろな商品が流通している。
けれども、それを行使する人の思惑によっては、他人を傷つけたり、最悪は死に至らしめるようなことも出来てしまうのだ。
「どうだい、中も見てまわるかい?」
「え?」
おじさんの提案に、私は眉を寄せる。
それは、一緒にまわろう、ということなのだろうか?
私があからさまに眉をしかめたので、おじさんは苦笑してごめんごめん、と言う。
「申し遅れたけれど、私はここのオーナーのルーカスと言う者だ」
その自己紹介に、私はぽかん、と口を開ける。
このおじさんが、オーナー?
何回か口の中で「オーナー」という言葉を繰り返して、私は慌てて背筋を伸ばした。
「あ、えっと、リザと言います!」
「リザちゃん、だね?」
「はい!す、すみません!ピクシーを触ろうとしたりして!どうして檻から出ないのか気になって!」
私の言葉にルーカスさんは首を傾げる。
「どういう意味だい?」
「えっと、その、ピクシーは魔法を使えるじゃないですか?普通の檻なら出ようと思えば、出れるはずじゃないかと思って」
私の説明に、ルーカスさんは微笑む。
「よく勉強しているんだね。あの檻には、魔法が掛けてあってね。中に入った者の特定の呪文を無効化することが出来る魔法が掛かってるんだ」
「無効化、なんて出来るんですか?」
「ピクシーの使う魔法は、種類が限られている。だから、それの反対魔法を刻んでおけば発動しない、と言う訳なんだけど・・・分かるかな?」
「もしかして、檻の底に魔法陣が書いてあるんですか?」
「その通りだ。それで、出ることが出来ないんだよ」
「へぇー」
素直に感心した。
それならば、沢山の反対魔法陣を施したものを身に付けておけば、どんな魔法も無効化できるのだろうか?
そう考えて、私は否定する。
魔法陣だって発動すれば互いに干渉し合う。
下手すれば施した反対魔法が強化魔法になったりすることもあるだろう。
あの檻に反対魔法を刻んでおくことができるのは、ピクシーが使う魔法の種類が極端に少ないおかげだ。
「とは言っても、刻んであるのは、鍵開け魔法の反対呪文だけだからね。手を出したりしたら、他の魔法は掛けられてしまうよ」
「攻撃呪文で檻が壊れたりはしないんですか?」
私の問いに、ルーカスさんはきょとん、とした後、盛大に笑った。
「あっはっは、ピクシーの攻撃魔法じゃ、鉄の檻を壊すことはできないよ!木の檻なら壊すことも可能かもしれないけどね」
そうか、ピクシーってそんなに弱い魔物だったっけ。
せっかく勉強しているね、と誉められたのに、無知な部分を晒してしまって、私は恥ずかしくなって俯く。
胸ポケットで大人しくしていたスノウが、慰めるようにピィ、と鳴いて頭の上に乗った。
と、ルーカスさんの笑い声がぴたりと止む。
なんだろう、と思って顔を上げれば、目をまんまるにして、顎がはずれたかのように口をあんぐりと開けている。
「リザちゃん・・・それは・・・!」
「それ?」
「それ、頭の上、月光鳥かい?」
「え、まぁ、そうですけど・・・」
「いやぁー!驚いた!月光鳥を飼いならしてる子がいるなんて!」
スノウを見た途端に目の色が変わったルーカスさんに、私は怯む。
穏やかに弧を描いていた目は、爛々とした様子で開かれ、まるで獲物を狙う肉食獣のようになっている。
そうだった、忘れていたけれど、スノウはとても珍しい魔物だった!
「リザちゃん、タダで奥まで入れてあげる代わりに、少しその月光鳥を見せてくれないかな?」
「え、でも、その、スノウは・・・」
「少しだけでいいんだ!長年、この商売をやっているけれど、本物の月光鳥を見たのは初めてで・・・!」
頭の上のスノウに手を伸ばそうとするルーカスさん。
私は大きく2、3歩後ずさると、退散するべく早口で告げた。
「すみません!待たせてる人がいるので、また機会があれば!」
嘘はついてない。
と、思ったけれど、もしかしたら嘘かもしれない。
師匠が先に帰った可能性は大いにある。
むしろ、帰ったと考えるのが普通だろう。
けれど、今は嘘だろうが嘘じゃなかろうが関係ない。
私はルーカスさんの返事も聞かずに、踵を返すと、その場からぱたぱたと走り去る。
「あ、ちょっと!」
ルーカスさんの声が後ろから追いかけて来たが、人混みにまぎれてしまえば、見失ったのか声は聞こえなくなった。
やっとの思いで人ごみから抜け出して、私はふぅ、と膝に手をついて息を吐く。
勉強にはなったけど、スノウを見せたのがまずかった。
特に、魔物を商売道具にしている人には、好奇の的でしかないのだろう。
本当は、ルーカスさんにもっといろんな魔法のことや、魔物のことを聞きたかったのだけれど。
あれだけ目の色を変えられれば、例え純粋な好奇心からでもびっくりしてしまうだろう。
それとも、ただ単に私が師匠以外の人と接することに慣れていないだけだろうか?
「満足したか?帰るぞ」
不機嫌な声と共に、私の視界にふっと影が差す。
顔を上げなくても、師匠だってことくらい、分かるけれど。
なんでいるのだろう、という疑問が先立ってしまった。
「あれ?待っててくれたんですか?」
「置いて行って良かったのか?」
「別に、良かったですよ」
師匠は眉を顰めると、私の額を指で弾く。
「いった・・・!」
「来い」
「師匠の馬鹿ー!暴力反対!」
後ろからぎゃんぎゃん喚いても、師匠は聞こえぬふりで、すたすた歩いて行く。
額を片手で抑えながら、私はその後を追いかけた。
何をやってたか聞かないってことは、心の底から興味なかったんだなぁ、とふと思う。
それなのに、律儀に待ってくれていたことに、私は少しだけ嬉しくなったのだった。




