01
スノウを頭の上に乗せながら、私は庭に咲いたワイルドベリーの花を見るために花壇にしゃがみ込む。
白く小さな花びらを揺らし、柔らかな日差しを浴びて、すくすくと成長しているようだ。
とても天気の良い、晴れた午後のこと。
ふわりと頬を撫でる風が、いつもよりも気持ちよく感じられる。
「これが育ったら、ジャムにして食べようね」
「ピィ?」
ジャムって何?とでも言うように、スノウがこちらを見上げて来る。
そう言えば、スノウにあげるパンはいつも何も塗っていないものだった。
「ジャムっていうのは、果物を砂糖で煮詰めた甘くて美味しい・・・」
それ以降をどう説明して良いか分からず、私はうーん、と頭を捻る。
「とにかく、食べてみたら分かるよ」
仕方ないので、そう締め括ればスノウは楽しみにしてると言わんばかりにピッ!と鳴いた。
家の裏手にある、小さな庭。
ここの花壇の植物の面倒は、基本的に私が見ている。
師匠に任せたら、面倒だとか言って、魔法で植物を急成長させて全部収穫してしまうんだもの。
それだと、育てる楽しみが全然ないし、愛情も込もってない気がするから私は好きじゃない。
植えてあるのは、魔法薬に使えるものばかりで、結構珍しい種類も生えてたりする。
森の奥地で師匠が取ってきた花だとかは、わざわざ探しに行かなくても大丈夫なくらいに生息しているので便利だったりする。
もちろん、日差しの当たらない森の最奥でしか育たない植物もあるので、全部が全部揃っているという訳ではない。
逆に、傷薬に使う薬草のように、森の浅いところに群生している植物はここで育てる必要はないし。
私はそれぞれの植物が健康に育っていることを確認してから、庭にある一本の木に寄りかかって座る。
スノウはピピッ!と鳴いてから、頭の上から飛び立ち、木の枝へと場所を移動した。
この木はとても不思議な木で、春夏秋冬でいろいろな実を結ぶのだ。
リンゴだったり、桃だったり、栗だったり、梨だったり。
私の物心が付く頃からずっとここに生えていて、この木だけは師匠がしっかりと面倒を見ている。
そういえば、昔、リンゴが取りたくて木登りしたら、師匠に見つかってしまい、こっぴどく怒られたっけ。
君は馬鹿なのか?落ちたらどうなるかくらい、分かるだろう?
って具合にね。
欲しいって言えば、師匠が魔法を使っていくらでも取ってくれていたのだけれど、たまには自分の力で取って師匠を驚かせたかったのだ。
そして、誉めてもらえたら嬉しいな、という幼心に思うところもあった訳で。
まぁ、師匠が私を誉めることなんて、滅多にないけれど。
「遅いと思ったら、こんなところで何をしている」
「あ、師匠」
ぽけーっと、昔のことに思いを馳せていた私の方に向かって来る師匠。
目の前に立った師匠の影で、視界が少し暗くなる。
「サボりか」
「違いますー。休憩ですー」
「いいご身分だな」
言いながらも、師匠も私の隣に腰掛ける。
そして、ぐっと伸びをして、木にもたれ掛かった。
丁度いい機会なので、気になっていたことを聞いてみることにする。
「ねぇ、師匠。どうして、師匠はこの木の面倒だけはちゃんと見てるんですか?」
「言わなかったか?この木は昔、友人に譲り受けたものだと」
「え、師匠、友達いたんですか?」
意外な事実に目を丸くすると、師匠は失礼だと言わんばかりに眉を顰める。
「1人も友人のいない君に言われたくないな」
「私だっていますよ!」
「ほう、誰だ?」
「えっと・・・スノウと・・・シオンさん・・・は、どうなんだろう、友達とはちょっと違うのかな・・・」
「スノウだけじゃないか」
「だ、だって、今まで師匠としか一緒にいなかったんだから、仕方ないじゃないですか!」
むっとして言い返せば、師匠は軽い笑みを浮かべる。
「僕がいれば十分だろう?」
「でも、師匠は友達じゃないですもん」
ふん、といじければ、師匠が私の額を小突く。
ちょっと痛かったので、仕返しに師匠の脇腹を小突けば、更に倍返しになって返って来た。
ので、これ以上の負傷を避けるためにも、私は無益な争いを終わらせることにする。
「なんだ、終わりか」
「師匠、痛い・・・」
「痛いようにしたからな」
もう、と私はため息をついて、再び木にもたれて上を見上げる。
あと数ヶ月すれば、りんごの実のなる季節だ。
そうしたら、アップルパイでも作ろうか。
「ねぇ、師匠」
「なんだ」
「どうして、この木はいろんな果物が実を結ぶんですか?」
師匠は上を見上げると、さぁな。と答えた。
「この木をくれた僕の友人は、融合魔法が得意だった。より品質が良く、強い農作物を作ることに一生懸命だったよ。この木はその時の成果物だ。大方、リンゴや桃を魔法で融合させたんだろう」
ふっと懐かしそうに瞳を細める師匠。
何年も一緒に過ごして来たけれど、これは、きっと私の知らない時間の話。
私の知らない師匠がいることに、少しだけ、胸が痛くなる。
「あの頃は、日照りのせいか作物があまり育たなくてね。彼はより豊かなものを作るのに必死だった」
「じゃぁ、この木の他にもその人が作ったものとかあるんですか?」
「もちろんだ。けれど、この木が一番の出来らしい」
師匠はふっと目を閉じて、木の幹に手を当てる。
「彼に融合魔法を教わったこともあるが、今でも使うのに抵抗があるな」
「え、師匠に苦手な魔法とかあるんですか?」
「認めたくはないが、融合魔法だけは強力な呪文が使えない。使うときに、どうしても負い目を感じてしまうんだ」
そう言った師匠の瞳はどこか遠くを見つめていて。
私では、どうやら師匠の見つめている先には届かないようだった。




