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魔法使いと私  作者: りきやん
昔を思い出しました

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43/150

15

あの日から、師匠が夢魔を退治してくれた日から、現実感溢れるあの夢を見ることは無くなった。

その代わりに、銀色の髪を揺らすあの女の姿が目に焼き付いて離れない。

いつ、あの女がこの家にやってきて、師匠を取って行ってしまうのかと思うだけで、気が気じゃなかった。


「リザ、聞いているのか」


師匠のその一言でハッと私は我に返る。

その様子を見た師匠は諦めたようにため息をつくと、ルーン文字の本をぱたり、と閉じた。


「今日はやめよう」

「え、でも!」

「いいから。その代わり、少し外に出ようか」


はい、とも、いいえ、とも言えずに、私は立ち上がった師匠の後にただついて行く。

スノウはどこかを飛び回っているのか、家の近くに姿は見当たらなかった。


「おいで」


いつも前を歩いて、私のことなんか、ついて来るままにしている師匠が、隣を歩くように促す。

あの夢の一件から、ぎくしゃくしていた空気が再び濃くなった気がした。

無言のまましばらく森の浅いところを歩く。

いつもは、柔らかな木漏れ日が肌に心地良いはずなのに、今は光に突き刺されているような気分だった。


「君は」


隣を歩いていた師匠が、ふと、漏らす。

私は、ただそれをじっと聞く。


「君は、やはり、あの夢のように、ご両親と暮らしていた方が幸せだったのだろうか」


師匠の言葉に、私は胸が締め付けられるような気がした。

どうして、突然、そんなことを言い出すの?

私が、あんな夢を見たせい?


「僕では、役不足だったのかもしれない。あの女から、君のご両親を守れなかったのも、僕の責任だ」


違う、と叫びたかった。

けれど、喉が引きつったように、声が出ない。

違う、と叫びたかった。

けれど、どこかで師匠がもう少し早く来てくれれば、と思っていた自分もいた。


「もし、君が望むのであれば」


師匠は足を止めると、私と向き合う。

金色の双眸が、光を受けて輝く。

けれども、そこに普段の師匠のような自信に溢れた色はない。

ただただ、悲しみだけが満ちていた。


「君が、望むのであれば、ご両親との時間を取り返してあげよう」


一陣の風が私たちの間を駆け抜ける。

身体の芯が痺れたように、動かない。

食い入るように師匠の瞳を、私は見つめる。

そんなことが、本当にできるの?

けれど、そしたら、そしたら・・・。


「そしたら、私と師匠が過ごした時間はどうなるんですか?そこに師匠はいるんですか?」

「何も無かったことになる。君は、ご両親と幸せに、本来、あるべきだった道を辿れる。もちろん、そこに僕はいない」


何も無かったことになる。

それは、師匠は私との時間を消しても、平気だということ?

そう明言された気がして、あたしの中で悲しみよりも、ふつふつとお腹から沸いてくるような怒りが、せり上がってくる。


「誰ですか・・・私に、今、生きているのは、この時間、この空間であることを忘れるな。って言ったのは」


普段よりも数段低い声に、私自身が驚く。

師匠も驚いたようで、少し目を見開いた。


「本来あるべき道?そんなの、ここじゃないんですか!?パパとママがいたって、師匠がいてくれなきゃ、意味が無いんです!それに、師匠は、師匠は・・・」


勢いで怒鳴ったけれども、最後は空気が抜けたように萎んで行く。


「師匠は、私と一緒にいた時間が無かったことになっても、平気なんですか・・・?」


師匠にとって、私の存在なんて、居ても居なくても、一緒だったの?

私にとって、師匠は世界の中心にも等しい存在だというのに。

師匠がいなかったら、私は死んでいた。

師匠がいなかったら、私は私ではなかった。

師匠がいなかったら・・・


「すまない、君を怒らせようと思った訳じゃないんだ」


ふっと、師匠が視線をはずす。


「僕だって、今のままが一番良いと思っている。けれど・・・」

「けれど、何です?だいたい、どこにも行かないって言ったのは師匠じゃないですか!それなのに、師匠がいないって訳が分からないです!」


私の返答に、師匠は言葉を失ったように沈黙する。


「私は、今、こうして、ここで一緒にいる時間が大切なんです!両親がいないという事実よりも、師匠がこの先いなくなるという未来の方が、私は怖い!」


矢継ぎ早にそう言い切って、私は肩で息をする。

師匠はびっくりした顔をした後、ふっと吹き出すと、とても穏やかな顔で微笑んだ。


「そう、だな。リザ、君の言う通りだ。どこにも行かないと約束したのは僕だったな」

「そうです、約束したのは師匠です」

「約束は、守らないとな」


師匠は再び歩き出す。

その歩調は、いつも通り。

ついて来る私なんか、無視した早さで歩き続ける。


「君が、そう言ってくれて嬉しいよ」

「そう言って、って、どこの部分ですか?いろいろ言いましたけど?」

「リザ、僕は君の側にいても大丈夫なんだね?」


まるっきり私の質問は無視して、師匠は逆に私に問いかける。


「大丈夫も何も、一緒にいてくれるものだと思ってましたけど」

「悩んだのが馬鹿みたいだったよ」


あーあ、と師匠は大げさにため息をつく。


「馬鹿みたいって・・・でも、あの女の人が来たら・・・!」

「リザの心配ごとは、それか」


師匠は肩を揺らして笑う。


「あいつに僕を殺す事はできない」

「そんなの分からないじゃないですか。もし師匠が弱ってる時に来たら・・・」

「明言できるよ。力量の差とかそういう問題でなく、あいつに僕は殺せない。それでも不安かい?」

「・・・不安です」


むぅ、と唇を尖らせると、師匠が困ったように首を傾げる。


「そうだな・・・。この12年の間で、あいつがここに来た事はあるか?」


師匠の質問に、私は首を横に振る。


「12年もの間、来なかったんだ。それなら、もうこの先来ないかもしれない。それに、広い世界からこの場所が特定できるとも限らない」


小麦粉の中から、片栗粉を探すような作業だ、と師匠は言った。

同じ白い粉の中から、白い粉を探すなんて、見つかるはずないじゃない。と私は頭の中で思う。


「君は、探せると思うか?」

「思わないですけど。でも、やっぱり、その、魔力が無くなったら師匠は動けなくなって、それであの女に・・・」

「その時は、スノウに助けてもらうよ」


言われて、私はあっと気づいた。

そうか、師匠の魔力が無くなっても、スノウの羽根があれば、魔力の補給ができるんだ。

目の前が、突然開けたような感覚。

木漏れ日は、突き刺すような光から、包むような温かいものに変わる。


「ほら、どこに不安要素があるんだ?」

「そしたら、私も、師匠に魔力を分けることが出来るように練習します!」

「君の雀の涙のような魔力を分けられてもね」

「無いよりはましでしょう?!」

「無い方がましだな」


そうやって意地悪を言う師匠の背中に、私はどん、と抱きつく。

嫌味を言ってくる、いつもの師匠。

そして、私もいつもの調子に戻ってくる。


「なんだ、歩きにくいから離れろ」

「いーやーでーすー」

「邪魔。重い」

「雀の涙なんて言う師匠が悪いです」

「悪かったな。君の、空のように果てを知らない魔力に期待するとするよ」

「それは、それで嫌味です」


言いながら、師匠が笑う。

そして、私もつられて笑った。

気持ちのいい日差しに、穏やかな時が流れる。

この時間を奪うことなんて、絶対に、誰にも許さない。

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新作「グレーテルと悪魔の契約
ちょい甘コメディファンタジーです。
よろしくお願いします〜!
by りきやん

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