14
「リザ、大丈夫か」
「師匠・・・?」
ぼんやりとした視界に、師匠の顔が映り込む。
師匠に抱きしめられたまま辺りを見回せば、ここが私の部屋だということが分かった。
先ほどまでの殺伐とした過去の情景は、見る影も無くなっており、外ではちゅんちゅん、と小鳥が暢気に鳴いている。
もう、窓の外にあの色とりどりの光は見えなかった。
私ははっきりしない頭で、今までの夢を思い出す。
銀髪に赤い瞳の女の人。
あの人は、一体誰?
「師匠、あの・・・」
「夢魔の後遺症はないはずだ。もう何も心配いらない」
問いかけようとした言葉を遮られ、声は行き先を失う。
「えっと・・・」
「おいで、街に買い物にでも行こう」
「その・・・」
「リザの好きなショートケーキでも買うことにしようか?」
「あの!」
師匠が意図的に私の言葉を遮っているのを感じて、私は大きな声をだす。
師匠自身も無駄なことだと分かっていたのか、一瞬の沈黙のあと、観念したように長いため息を吐いた。
「・・・何が知りたい」
「あの女の人・・・何者ですか?」
「知らない方が良いことも、世の中にはある」
「あんな場面見せて、知らないまま過ごせ。なんて酷です。教えてください」
教えるべきか迷っているのだろう、師匠は黙ったまま視線をあらぬ方向に向ける。
けれども、しばらくして、私に向き直る。
師匠の金色の双眸が真っ直ぐに私を射抜いた。
「あいつは、君の両親を殺した張本人だ」
師匠の言葉に私の心臓がどくり、と一際大きく波打つ。
「じゃぁ・・・ケルベロスは・・・?」
「あの女が召還した魔物。」
あぁ、そうか。
だから、あのケルベロスは攻撃するのを躊躇っていたのか。
あの女の人が、無理矢理命令を下していたのだ。
召還され、契約を結び、下僕となった者は主人に逆らうことはできない。
逆らえば、契約違反で自身が消滅する。
「あの女は・・・」
師匠はそこで言葉を区切り、言い直す。
「あいつは、他人の身体を横取りし、寄生して生きている。僕も本当の姿は知らない」
私は黙って師匠の話しを聞く。
師匠が過去のことを口にするのは初めてで、質問して邪魔するのは憚られた。
「君のお母さんは、とても素敵な魔法を使う方だった。それに目をつけたあいつが、身体を奪いに行った。けれども、ケルベロスが暴走し、殺してしまった」
それなら、私の両親の本当の仇はケルベロスではなく、あの女の人。
あの女が、私の両親を殺した。
知らず知らずの内に、師匠の服を掴む手に力が篭る。
師匠は何も言わずにただ、私の手の上に自身の手の平を重ねた。
「あの人、師匠の身体も欲しがってるんですか?」
「・・・あぁ」
「そんなの、許さないです。私から両親を取り上げて、師匠も取り上げようだなんて、許さない」
「リザ・・・」
何か言いたげに師匠は言葉を止めると、私の目をじっと覗き込む。
いつもギラギラと輝いている金色の瞳が、今は悲しそうに揺れている。
そして、その瞳に映る私の表情は際限の無い憎悪に満ち溢れていた。
「そんな顔をするな。あいつと僕の力の差は歴然としている。僕があいつのせいで、君の前からいなくなることはありえない」
「でも!あのゴーレムの時みたいに、師匠の魔力を吸い尽くしてしまうような力を付けて来たらどうするんですか?!」
「僕の魔力を吸い尽くすには、あの石の祭壇のように大きな媒体がなければ、吸い込んだ本人がパンクしてしまうだろう」
「それでもっ!何か、他の方法が・・・!」
「リザ、大丈夫だから。心配するな」
ぎゅ、と肩を掴まれ、そう諭され、私は下唇を噛み締める。
師匠は、怖くないの?
私は、怖い。
両親は、もう死んでしまった。
あの女のせいだと思うと、許せることではないけれど、まだ、諦めはつくかもしれない。
けれども、師匠は今こうして私の目の前にいる。
その師匠を奪って行くような真似は、私には耐えられない。
「リザ、僕はどこにも行かないから」
その言葉は、私を余計不安にさせる。
あぁ、一体、その言葉の保障がどこにあるというのだろうか?




