13
銀色の髪を持つ女性と、深緑の髪の青年。
真っ赤な瞳と金色の瞳。
両者間に交錯する殺意は、傍観しているだけの私にも感じ取れる。
ぴりぴりとした空気が、嫌でも伝わって来るのだ。
「あらぁ、その子の母親まで殺しちゃったのねぇ。この身体にも飽きたし、そろそろ移ろうかと思ってたのにぃ」
使えない犬、と女性はくすくすと笑う。
そして、彼女は動かなくなったケルベロスを蹴飛ばした。
その光景に、私は目を疑う。
さっきまで、お気に入りだとか言っていたのに。
「でもぉ、ここであなたに会えたのわぁ、何かの縁かしらぁ!」
何も言葉を返さない師匠に対して、女の人はぺらぺらと続ける。
「彼にあんな風に迫ったのぉ、すごぉく後悔してるのよぉ」
「僕は貴様を殺し損ねたのを後悔しているけどな」
ぐっと歯を剥いて怒りの表情を浮かべる師匠。
その表情に、思わず後ずさりしてしまった。
私のことを怒ったり、いじめたりするけれど、こんな、こんな、まるで獰猛な獣のように牙を剥いている師匠は初めて見る。
敵意が剥き出しになったその圧力に、身体が震えてきた。
それは、銀髪の女性も同じだったのか、眉根を顰めて後ずさる。
「な、なによぉ。その顔でそんなに怒らないでよぉ」
「僕にとって、貴様は復讐の対象でしかない。この子の母親を狙っているというのも、以前から知っていた。だから、ここまで追って来た」
「・・・復讐?何が復讐よ!アルノーを奪ったのは、あなたでしょ!」
猫なで声も、鼻につくような話し方もやめた女性のヒステリックな声が響き渡る。
しかし、全く話を聞いていないかのように、地面から棘が無数に突き出し、彼女を串刺しにしようとする。
師匠の無言詠唱だろう。
けれども、女性も無言詠唱ができるのだろうか。
それは彼女に当たることなく、砕け散って行く。
「この子の母の力は、貴様のような下衆が使っていいものではない」
「そうねぇ、でも、使うも何も死んじゃったじゃなぁい。だから、もうどうでもいいわぁ」
カッと女性が目を見開いた瞬間、師匠の身体にツタが巻き付く。
身動きを封じるために使う魔法の一種だ。
けれども、その威力は当然ながら私の使うものの比ではない。
あれだけ、太く丈夫なツタは初めて見る。
そして、女性は呪文を唱えることなくその魔法を発動させた。
無言詠唱だ。
「その身体、返してもらうわよぉ!」
「寄生虫が」
にやにやと笑う女性に、師匠が吐き捨てるように言う。
師匠に絡み付いたツルは、時を早送りしたように、みるみる枯れて行き、あっという間に師匠は自由になった。
「ざぁんねん。やっぱり効かないわよねぇ」
「愚問だな」
師匠は攻撃の手を緩めることなく、女性に対して明確な殺意を持って魔法を浴びせ続ける。
一方、女性の方は師匠を殺す気はないのか、のらりくらりとその攻撃を躱しているだけだ。
けれども、これだと埒が明かないと踏んだのか、女性は後方に大きく跳ぶ。
「あなたを物にするのぉ、大変そうだから、また出直してくるわぁ」
「待て!」
「私が取り返しに来るまで、ちゃぁんと、その身体、守ってるのよぉ」
ばいばぁーい、と小さく手を振り、女性はその場から溶けるようにして消えて行く。
魔法、だろうか?
けれども、あんな魔法は見た事が無い。
「ちっ・・・」
師匠は苛立ちを隠せないように舌打ちする。
それから、地面に倒れ伏せている幼い私を見た。
師匠は首を振ると、長いため息を吐き、私を抱きかかえると、その場を後にした。




