04
「今日こそ、召還して契約するんだからね!」
私は部屋の中央に魔法陣を書いた紙を置き、意気込む。
そう。師匠はいつも、いつも、いつもいつも、いつもいつもいつもいつも、私が召還した魔物と契約を結ぶ事を邪魔するのだ。
契約したからと言って、害があるわけではない。
常に召還した人間の側にいるだけだし。
契約を切ろうと思えば、自分が契約主であるなら簡単に切る事だってできる。
それに、契約を結べば、お互いの特性を共有することが可能になるというメリットもあるのだ。
ただ、問題が1つあるとすれば、自分の実力以上の魔物を召還してしまうと、こちらが使役される側になることだ。
まぁ、私に限って、自分の実力以上の魔物を召還することはまずない。
何故かって、そりゃ、使ってる魔法陣だって、円の中に三角書いただけの超初心者向けの魔法陣だし。
だいたい、知恵を持った魔物とか、凶暴な魔物呼び出そうとしたら、とてもじゃないけれどこんな簡易的な陣では呼び出せないのだ。
魔力はなくても、一応勉強はしてるからね。
それくらいは知ってるんだよ!
「よっし、またあのピクシーが出て来てくれたらいいな!」
私はそう願って、陣の上に手を翳す。
「我、契約を願う者なり。主、欲するもの、我の呼びかけに答えよ」
残念ながら、これも初級者の呪文である。
上級者だと歌に乗せて唱えたり、もっと長くて難しい言葉を使うんだけどね。
師匠くらいになれば、もちろん無言詠唱だし。
呪文を唱え終わったところで、誰が出て来てくれるかと、わくわくしながら魔法陣の前で待つ。
陣から、ふわっと青白い光の柱が出たと思ったら、次の瞬間には、そこにウィル・オ・ウィスプが浮いていた。
「わー!綺麗!」
眩い光を放ちながら、ふわふわと浮遊するその子に感嘆の声を上げると、伝わっているのか、嬉しそうに私の周りを漂う。
その様子に私まで嬉しくなって、そっと指でつついてみた。
感触は無かったけれど、あたってはいるのか、ウィル・オ・ウィスプが押されたように遠のく。
「よし、それじゃ、師匠に見つかる前に・・・。」
「リザ!」
ばんっ!と大きな音を立てて開いた自室の扉に私は驚いて身を竦める。
ウィル・オ・ウィスプもびっくりしたらしく、私の後ろにさっと隠れた。
「君は、本当に!何度言ったら分かるんだ!」
「ていうか、師匠!どうして、私が召還術を使うの分かるんですか!」
「君と違って魔力に敏感なんだ。さぁ、その後ろに隠してるのを出せ」
「今日という今日は嫌です!私、この子と契約したい!」
「馬鹿を言うな!ウィル・オ・ウィスプなんて、火事の元にしかならないだろう?」
「大丈夫です!この子だって、ちゃんと制御してくれるはずです!」
「君の実力に見合った魔物が、自身の力を制御できるとは思わない」
それは、私が自分の力をコントロール出来てないって言いたいんですかね。
・・・その通りですけど!認めたくない!
「来い」
師匠がそう凄みを利かせて命令すると、ウィル・オ・ウィスプはどうしてだか師匠に従う。
「あぁ!やめてください、師匠!」
「下級の魔物はより強者の言う事を聞く。例え、可愛がっていたとしても、こいつはあっさり君を見捨ててしまうだろうな」
「うぅ・・・。」
本来なら、そんなことない!って反論しているが、今、目の前で起こった事実に私は口を閉じてしまった。
「帰っておいで・・・」
せめてもの反抗に、ウィル・オ・ウィスプにそう声をかけてみる。
ふらふらと師匠から離れて、おそるおそる私の元へと戻って来ようとするその子に涙が出てきた。
ちょっとちょっと!もしかして、これ、師匠の理論間違ってるんじゃない?!
「師匠!見ましたか!」
「なんの話だ」
「だって、その子!私の元に戻ろうと!」
「貴様、帰さずにこの場で消すぞ」
うわー、なんて冷たい目でウィル・オ・ウィスプを睨むの師匠!
金色の瞳はそれだけでもギラギラ光ってるのに、今はギラギラを通り越してギランギランしてる。
その師匠の圧力に勝てるはずもなく、私もウィル・オ・ウィスプもその場で固まってしまった。
「召還術は、リザが思っているよりも難しい術だ。まずは、普通の魔法を十分に扱えるようにならないと意味がない」
ひゅっ、と小さな音がして、ウィル・オ・ウィスプは魔界へ帰される。
仲良くなれそうだったのに。
「じゃぁ、師匠が何か召還してくださいよ」
「なんで僕が」
「だって、2人だけって寂しいじゃないですか」
「僕には手間のかかる人間が1人いれば十分だ」
「でもー!」
「でも、も何もない!それとも、君は僕だけじゃ不満なのか?」
「不満です!とっても不満です!」
私の抗議に師匠は胡乱気な目をすると、低い声でぼそっと呟く。
「あんまりうるさいと、お仕置きだからな」
「すみません、ごめんなさい、黙ります」
「分かれば、よろしい」
残念ながら、師匠のお仕置きは拷問に近い。
一度だけ、受けた事があるのだけれど、もう、あんな思いは2度と絶対にしたくない。
話すのも、思い出すのも嫌だ。
「さぁ、森に薬草摘みに行くぞ」
「ふぁーい・・・」
何事も無かったかのように、外に出た師匠に、私は気の抜けた返事を返す。
私もふらふらとその後をついて行くも、薬草を摘むような気分ではない。
うぅ、と心の中で涙を流す私の視界を、青い小鳥がのんきに横切っていく。
声をかけようかと思ったけど、どうせ師匠に馬鹿にされるからやめといた。
動物や下級の魔物に話しかけても通じないのに、君はどうして無駄なことをするんだ?ってね!
ほんと、いつになったら、私は自分の相棒を持つことができるようになるんだか。
これはきっと、師匠から離れたときがチャンスなんだろうな。
なーんて、私が師匠から離れる日なんて来るのだろうか。