04
がちゃり、と扉の開く音で目が覚めた。
「いつまで寝てるんだ」
眉を顰めながらノックもなしに部屋に入ってきた師匠を、私は布団にくるまったままぼーっと見つめる。
朝からご機嫌斜めな師匠の顔を見ても、私はそれに危機感を覚えることもなければ、どこか違う世界のものを眺めているような気持ちだった。
目が合っても何も返事を寄越さない私を不審に思ったのか、不機嫌顔が少しだけ怪訝な表情に切り替わる。
あの後、何も夢は見なかった。
けれども、眠った気がしない。
まるで、徹夜した時のように目の奥がじんじんと痛む。
「師匠」
「なんだ」
つかつか、とベッドの縁に寄ってきた師匠の服の裾を掴む。
普段なら、すぐさま手を振り払われただろう。
けれども、師匠は、はぁ、とため息をひとつつくと、そのままベッドに腰掛けた。
座った師匠の腕に縋れば、空いている方の手で頭を撫でてくれる。
「また、夢を見たのか?」
「・・・はい。でも、昨日とはちょっと違う夢でした」
「どういう風に?」
「本当に起きたこととは、ちょっと違うんです。本当に、少しだけ。パパもママも結局死んじゃうから結果は一緒なんですけど」
「君は、それが夢だということを、きちんと自覚・・・してるんだよな?」
「そりゃ、もちろん。でも、匂いとか感触とかやけに生々しくて・・・。本当にそこで起きてるような・・・」
やわやわと撫でてくれる師匠の手が気持ちよくて、私はうつらうつらとし始める。
師匠が側にいてくれるなら悪い夢も見ないような気がして、安心したのだろうか。
ほっとしたせいで、全身から力が抜ける。
「リザ。聞くんだ」
どこか固い師匠の声が凛と室内に響き渡る。
私は遠くでその声を聞いているように、ふわふわとした気持ちで返事を返す。
「なんですか?」
「君は魔物に取り憑かれているかもしれない」
「え?」
あまりに突然の内容に、私は一瞬意味が理解できなかった。
師匠は撫でていた手を止めると、私と向かい合うようにこちらを見る。
金色の双眸は相変わらずギラギラと輝いていて、いつになく真剣なその表情に私は少しだけ怖じけづいた。
「僕が今すぐその原因を取り除くこともできるが、出来ればしたくない」
「そんな・・・どうしてですか?」
「君の気の持ちようで追い払える魔物だからだ」
それは、自力で追い払えってこと?
いつだって、私のことを助けてくれていた師匠に見捨てられたような気がして、ちくり、と胸が痛んだ。
「夢の中は、夢の中の出来事。君が今、生きているのは、この時間、この空間であることを忘れるな。僕から言えることは、これだけだ」
何を当たり前のことを、と笑おうとして、上手く笑えなかった。
だって私は「もし」のことを、沢山沢山考えていた。
もし、あの時、あの場所での出来事を、もう一度やり直せるなら、と考えていた。
そうだ。
私は他でもない、師匠の弟子で。
パパもママも、もういない。
森の側にある師匠の家に住んでいて、師匠とスノウと一緒に毎日を過ごしている。
師匠は意地悪で、スノウは可愛い。
魔法は苦手で、上手く扱えない。
けれど、動物や魔物と少しだけ意思の疎通ができる。
リザとは、そういう人間だ。
それを忘れて、夢の内容に気を取られるなんて。
助けてくれた師匠にも申し訳ないし、これでは、見捨てられても仕方のない話だ。
「いいか。しっかり、自分を保て。夢に惑わされるな」
「・・・」
私は無言で師匠の腰に抱きつく。
見捨てないで、と言う意味を込めて抱きついてみたのだけれど、無情にも師匠にぐい、と頭を押された。
「暑いから離れろ」
「・・・少しは優しくして下さいよ」
「僕はいつだって優しい」
「嘘だ・・・」
べりっと容赦なく剥がされて、私はベッドに倒れ込む。
けれども、そこから起き上がるのが億劫で、私はそのまま師匠に視線だけを向ける。
「師匠」
「なんだ」
「ごめんなさい」
私の謝罪に、師匠は深いため息を吐き、部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送って、今度は私がため息を吐いた。
そうだ。
あれは、ただの夢なのだ。
ただの過去の夢。
怖がることは何もないはずなのだ。
だって、今、私はこうしてここで生きている。
それを忘れているのでは、師匠に見捨てられても仕方ないじゃない。




