03
師匠は魔法使いだからと言って、仕事をせずに毎日だらだらしている訳ではない。
今だって、依頼に来たお客さんの対応をしている。
大抵のお客さんは街の人たちで、病気に効く薬が欲しいとか、畑を荒らしている魔物を追い払って欲しいとか、そんな感じ。
でも、私はあることに関して、非常に不満があるのだ。
何に不満があるかって?
「そういう訳で、どうしても花壇に今の時期に花が咲くようにして頂きたいんです」
「えぇ、もちろんお安い御用ですよ。お代の方は、こちらで如何でしょうか?」
にこにこにこにこ。
「え?これだけで良いのですか?」
「大したことではありませんからね」
にこにこにこにこ。
「うわぁ!ありがとうございます!本当に助かります!」
「いえいえ、街のみなさんにも良くして頂いていますので」
にこにこにこにこ。
「それじゃぁ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
にこにこにこにこ。
律儀に頭を垂れて礼をしたお客さんは、踵を返すと、外に出て行った。
私はそれをぼんやりと見送り、師匠は笑顔で手を振る。
しかしながら、扉が閉まり、完全にお客さんからこちらが見えなくなった瞬間、師匠の顔から笑顔が消えた。
はい、元の師匠に戻りましたー。
「さて、そういう訳だから、ちょっと仕事に行ってくるよ」
「師匠、いつも思うんですけど」
「何だい?」
「なんで、お客さんの前ではあんなにっこにこして、私の前ではにやにやしかしないんですか」
「悪いね、よく聞こえなかった」
がっと力強く頭を掴まれて、私はあわてて訂正する。
「えっと、なんで、お客さんの前ではあんなにっこにこして、私の前ではしてくれないんですか」
「何事も、好印象である方が動きやすいだろう?」
「そりゃ、そうですけど」
「特に、客商売は印象が悪いと人が寄り付かないからね。他所の魔法使いを見てご覧。陰険で根暗な奴らばかりだから、こんな商売できてないだろう?」
「他所も何も、魔法使いとか師匠だけしか知らないんですけど」
「とにかく、悪いイメージを持たれるよりは、ましだということは間違いない」
おっしゃる通りで。
でも、私が聞きたいのはそこじゃないんですよ。
どうして、お客さんにはあんな優しそうに、にこにこしてるのに!
私には!歪んだ真っ黒な笑顔しか見せないんですか!ってこと!
「留守番頼んだよ」
「えー」
「返事は?」
「はーい」
まぁ、聞いたところではぐらかされるのは目に見えている。
というより、こっちが素で、客商売の時は笑顔を作っているのだろう。
私にまで商売用の顔で接してたら、いつ素に戻るんだって話だし。
「あ、師匠!」
「何?」
「街に行くなら、お土産にケーキ買って来てください!」
「君って子は、厚かましいね。ほんと」
「可愛い弟子がちょっとしたお願いしてるだけじゃないですか!」
「不肖の弟子の間違いじゃない?」
「おいしい紅茶調合しときますから!」
「紅茶の前に、先日依頼で来てた傷薬を調合して欲しいけどね」
「もちろん、やっときます!」
そこまで言うと、師匠は眉をしかめながらも、しぶしぶ頷いた。
やった!ケーキなんて、久しぶり!師匠は甘いものあんまり食べないからね。
「傷薬だけど、失敗して毒にならないように」
「いくら私でも、調合ぐらいはできます!」
最後の最後まで憎まれ口を叩く師匠の背中にそう言葉をかけてから、早速調合のため自室に引きこもる。
きっと、師匠は私の大好きないちごショートを買って来てくれるに違いない。
なんだかんだ言っても、師匠は私が喜ぶものもちゃんと与えてくれるのだ。