12
あの事件から数日経った今、師匠はすっかり元通りの意地悪になった。
優しいのはあの夜だけだったと言っても過言ではない。
なんだかちょっと、損した気分。
それから、あの一件以来、家には新しい友達がちょくちょく遊びに来るようになった。
「あ、いらっしゃい、小鳥さん!」
私の挨拶に、月光鳥がピッ!と挨拶をする。
まさか、こんなに懐いてもらえるとは思わず、嬉しくて仕方が無い。
この子がいるなら、召還術で無理に契約しなくてもいいかなー。なんて、今は思ってるくらい。
「ねー、師匠!」
「なんだ」
「この子のね、名前を付けてあげようと思うんです」
窓辺にいる私からは、見えない位置でソファに腰掛けて本を呼んでいる師匠にそう声をかける。
「好きにしろ。僕の口を出す領域ではない」
「じゃぁー、何て名前にしようかな?」
いつの日かの、師匠との会話を思い出す。
名前を与えられたものは、その瞬間から個人としてこの世に身を置く事になる。
この子に名前を付けてあげるってことは、とっても重要なことなのだ。
「うーん・・・」
私が唸っている姿を、月光鳥は不思議そうに小首を傾げて眺めている。
そういえば、あの夜。
私たちを助けてくれたこの子の羽が舞う情景を見て、私は雪が降っているようだと思った。
月の光を受けて、空を舞うその光景はとても幻想的で。
「決めた!あなたの名前は、スノウ!」
我ながら安直かな、とは思ったけれど、これ以外にぴったりな名前を思いつく事はなかった。
「どうかな?あなたにとっても似合うと思うんだけど・・・」
窓辺に止まっていた月光鳥はピィ!と鳴くと、ぱたぱたと羽ばたいて、私の頭に乗っかる。
どうやら、気に入ってくれたようだ。
「これからよろしくね、スノウ!」
「ピッ!」
「師匠、師匠!見てください!」
スノウを頭の上に乗せたまま、私はソファに座っている師匠の元へと駆け寄る。
「この子の名前!スノウに決めました!」
師匠は本から目を外して、私の頭に乗っているスノウを見る。
私が立っていて、師匠は座っているから、自然と下から見上げられる形になった。
上目使いの師匠がちょっとだけ、可愛いな、なんて思ったり。
「月光鳥がいると、魔法薬の調合に便利だからな。せいぜい、逃げられないようにしておけよ」
「もう、素直に歓迎してあげたらいいのに!」
「どこかの出来損ないの弟子と比べて、その鳥には期待してるさ」
前言撤回。上目使いしてても、全然可愛くないです、師匠。
師匠はむくれている私は放置して、スノウに向かって、おいで。と手を差し出す。
けれど、スノウが私の頭から移動する気配はない。
「やはり、僕の言葉は伝わらないのか」
「師匠が意地悪な人だって、スノウも気づいてるんですよ!」
「スノウをいじめた覚えはないんだが」
「きっと、動物には人の真性が見抜けるんですよ」
「納得いかない」
ぐいっと乱暴に手を引っ張られて、私は師匠の上に倒れ込む。
スノウは驚いて私の頭の上から避難したのか、ぱたぱたと羽ばたく音がした。
本当にもう!師匠はやることが極端で困る。
「ほら」
師匠が手を出すと、スノウは今度こそ大人しく止まった。
それに満足したのか、師匠はふふん、と鼻を鳴らす。
「どうやら、君の説は間違いのようだぞ」
顔から思いっきり師匠の胸に突っ込んだせいか、鼻が少し痛い。
私を片手で押さえながら薄ら笑みを浮かべている師匠に、抗議する。
「師匠、酷い」
「変なことを言うからだ」
「スノウが私に懐いてるからって、強引すぎです」
ソファに座り直すと、師匠の手に止まっていたスノウは、再び私の頭の上に戻って来る。
どうやら、この位置が随分お気に入りのようだ。
「さて、そういえば、僕はこの前君たちに助けられたお礼をしていなかったな」
「え?」
師匠は本を置いてソファから立ち上がると、伸びをする。
「お礼に、今日の夕飯は僕が御馳走を作ってあげよう」
あぁ、師匠はそのお礼が如何にお礼ではないか分かって言ってるのだろうか?
いや、絶対分かってない。
ご飯作ってくれるより、街でいちごショートを買って来てくれた方がよっぽどお礼だ!
「師匠!大丈夫です、私作ります!」
「遠慮しなくていい。僕だって、きちんとお礼くらいはするさ」
「いや、遠慮じゃなくて・・・どうせなら、いちごショート買って来てくださいよ!ホールで!」
「む・・・夕飯の買い出しに街まで下りたときに、それも買ってやろう。リザは本当にケーキが好きだな」
「やった!ありがとうございます!」
「それで、夕飯は何が食べたい?」
「え?あれ?お礼はケーキだけじゃ?」
「夕飯とケーキだ」
「ちょ、師匠!私が作りますから!」
「・・・そんなに作りたいなら、手伝って貰おうか」
「あ、もう、手伝わせてもらえるだけでも喜んで!」
師匠は不審者を見るような目を私に向ける。
君は馬鹿なのか?って、ぼそっと言ってたけど気にしない。
師匠には申し訳ないけど、あの無味乾燥な料理を食べるのはごめんだ。
「さ!師匠!そうと決まったら、早速買い出し行きましょう!」
「そうだな。」
「スノウも食べれるように、パンは絶対必要ですね!」
「パンなら、シチューか何かにするか」
「じゃ、私、クリームシチューがいいです!」
慌ただしく師匠の後を追いかけて、家の扉をくぐる。
スノウはまるで、留守番をしておくよ。とでも言うように、私たちの上を数度旋回してから家のポストに止まった。
そんな小鳥に軽く手を振り、隣を歩く師匠を見上げる。
私の視線に気づいたのか、師匠は横目で一瞥をくれた。
「なんだ。にやにやして」
「にやにやしてません!別になんでもありません!」
「変な奴だな」
すっかりいつもの調子に戻ってる師匠。
でも、本当に、師匠がどこにも行かなくて良かった。
こうして、毎日馬鹿にされるのも、いじめられるのも、少しだけ優しくしてもらえるのも、師匠がいてくれるからであって。
改めて、師匠の大切さを確認できたなぁ。
例え、師匠が私のこと大切に思ってなくても、どうでもいいって思ってても、私には師匠が必要です!
なーんて、絶対口には出さないけどね。
「師匠っ!」
「なんだ、暑苦しい、くっつくな」
嫌そうに眉を顰めてるけど、私はそれを無視して、軽口を叩く。
「ブロッコリーも沢山シチューに入れましょうね!」
「君は僕に恨みでもあるのかい?」
「そりゃぁ、もう、言葉では表せない程の・・・」
「ケーキは無しにしようか」
「あぁぁぁぁ!嘘です!冗談ですって!すみません、ごめんなさい!師匠大好き!愛してる!」
「言葉が軽いな。もう一度」
「すみませんでした。ごめんなさい。大変申し訳ございませんでした。どうぞお許し下さい」
「そこじゃない」
「えー?じゃぁ、どこですか?」
「・・・もういい」
「あ、ちょっと、師匠!歩くの早い!」
意地悪で、人のことは馬鹿にするし、料理はへたくそだし、だけど、たまーに優しくて、私のことを大切にしてくれてる。
これが、私の師匠なんです!




