04
「エーデル!エーデル!どこ?」
アリーセさんは、歩きながら、というよりは廊下を滑るように進みながら誰かを呼ぶ。
異様な光景に目を見張りながら、私も師匠も無言で彼女に続いた。
「物に触る事が出来ないから、エーデルがいないと、お茶も出してあげられないわ。ごめんなさいね」
「全くだ」
ふてぶてしくそう告げる師匠に、そんな言い方をしていいのか、と咎めるような視線を向けるが無視される。
くぁ、と小さく欠伸をして、リラックスした様子の師匠に比べて、私の身体はまだ緊張でガチガチだ。
チラチラと廊下に目を走らせるが、ものものしい装飾の花瓶やら置物やらがあって、これらを壊した時の弁償費を考えると、更に身体が強張るばかり。
この豪華な装飾は家の雰囲気に似合わない気もするが、便箋の件からきっとアリーセさんの趣味なのだろうと推測する。
「子供たちと遊んでるのかしら・・・。エーデルってば!」
少し怒り気味に声を張り上げるアリーセさんの後ろで、私は師匠にこそこそと質問をする。
「あの、師匠・・・エーデルって?」
「エーデルトラウト。アリーセの召還したエルフだ」
「あぁ!エーデルさんが、噂のエルフなんですね!」
一体、どんな人なのだろうか。
まさか、生きている間にエルフと会うことが出来るなんて、にわかに信じられない。
ドラゴンと同じように彼らは非常に希有な存在なのだ。
「なんだい?アリーセ」
「お客様よ!もう、何回も呼んでるのに。お茶をお出ししてあげて」
ひょっこりと、腕におもちゃを抱えて姿を現したのは、金髪を綺麗に肩口で切り揃えた背の高い痩身の男性だった。
特徴ある長い耳は、間違いなくエルフのものだ。
私が目をまん丸にして彼を凝視すれば、彼も驚いたのか、その切れ長の目を若干見開いて、こちらを見返してくる。
「あれ?君、もしかして・・・」
「エーデル、まだよ。とりあえず、お茶をお願い」
「あぁ、そうなんだ。こちらへどうぞ」
挨拶もそこそこに、エーデルさんが再び引っ込むと、パタパタと足音が遠ざかる。
慌ただしい人だなぁ、と思っていると、アリーセさんがくすくす笑った。
「あの人、私の代わりに全部やってくれてるから、とっても忙しいのよ」
笑って良い内容なのかどうか判断しかねた私は、あー、と曖昧に声を出しただけで、言葉を濁す。
師匠に至っては、完全に無視をする体制だ。
視線があらぬ方向を向いている。
アリーセさんに続いて入った部屋は、おもちゃが散乱しているだだっ広い部屋だった。
その奥にはダイニングがある。
十数名が座れるであろう、大きな四角いテーブルに、真ん中には、大げさな装飾の花瓶に清楚な花が活けられていた。
どう頑張って見ても、花よりも花瓶の方が目立ってしまっている。
「まったく、リザが来る時はショートケーキを作るって約束してたのに。来る前に連絡くらいしてくれない?リュ・・・」
「やめろ、エーデル」
今の今までそっぽを向いていた師匠が、ぴしゃりとエーデルさんの言葉を遮る。
「なに?まだ名前隠してるの?」
彼が私の好物を知っていることに驚いていたのに、それに輪を掛けて驚いた。
師匠の名前?あれだけ、頑なに私には教えてくれなかった名前を、エーデルさんは知ってるの?
「お前には関係ないだろ」
「ひぇー。君って本当に、らしくないっていうか。長年生きて来たけど、驚かされる事ばかりだ。名前くらいでバレやしないのに」
へらっと笑ったエーデルさんは、3つのカップをトレイに載せてダイニングまでやってくる。
当たり前のように、カップの飲み口は金縁で、他ではあまり見ることの出来ないような装飾がされていた。
取っ手を飾るように細やかな細工が為されているが、正直なところ持ちにくそうだった。
どうぞ、と言われながら出された紅茶を目の前に、私はいそいそと椅子に座る。
アリーセさんはどうするのかと思えば、エーデルさんが椅子を引いてあげていた。
けれども、座っている形は取っている物の、若干浮いているように見える。
「座ってるように見せるのって、難しいのよ」
私の視線に気付いたアリーセさんが、そう補足してくれた。
アリーセさんの前にだけ、カップはない。
肉体が無いから、何かを口にする事が出来ないのだと気付いてから、自分の目の前のカップを見下ろして申し訳ない気持ちになった。
「アリーセがいると、落ち着かないかもしれないけど、遠慮しないで。改めまして、僕はエーデルトラウト。長いからエーデルでいいよ。よろしくね」
差し出された右手を握りながら、私も軽く挨拶をする。
「リザです。師匠の元で魔法を学んでます。すみません、突然お邪魔して。てっきり、師匠が連絡していたものだと・・・」
「いいって、いいって。こちらこそ、お茶くらいしか出せなくてごめんね。こっちにいる間に、絶対ショートケーキ作ってあげるから」
「いえいえ。そんな・・・」
「あれ?ショートケーキ好きだったよね?」
「好き、ですけど・・・。どうして知ってるんですか?」
握手した手を放しながら、素直に疑問に思ったことを口にすれば、エーデルさんはあー、と唸る。
その横から、アリーセさんが助け舟を出すように、口を挟んできた。
「彼に聞いたのよ。あなたが、ショートケーキが大好きだって。ね?」
「あー、そうそう。リザの話しになると、聞いてない事まで、ぺらっぺらしゃべるから」
へらっと笑ったエーデルさんとは対照に、師匠の眉間には深い皺が刻まれる。
けれども、特に反論しなかったところを見ると、本当のことなのだろうか?
初対面とは思えない程、アリーセさんもエーデルさんも親しげだけれども、師匠の前情報があったからこそなのかもしれない。
「ま、家だと思ってくつろいでくれて、構わないから」
「後で、子供たちに紹介してあげなくちゃ」
「トリスとナナが、きっと喜ぶよ」
「そうね。あの子たち、いつもリザちゃんの話をしていたもの」
「アシールとダーナはうんざりしていたみたいだけどね」
「今じゃ、子供たちでリザちゃんの名前を知らない子はいないんじゃないかしら?」
「トリスは良く喋るからね」
息ぴったりに、捲し立てる2人に私は押され気味になる。
けれども、心から歓迎してくれていることが伝わって来て、ほっこりと暖かい気持ちになった。
その時、ピーィ、と悲しげな声と共に、窓ガラスがコツコツと叩かれる。
「あ、スノウ!」
すっかり忘れていた私は、慌てて立ち上がると、声のする窓を開ける。
アリーセさんの姿に対する衝撃で、森を飛び回っていた彼女のことは頭から抜けてしまっていた。
忘れるなんて、酷い、鬼、悪魔、と詰ってくるスノウを手の平に乗せて、私はもう片方の手でその背中を宥めるように撫でる。
「ごめんって」
それ以外に言いようのない私は、とにかく謝り倒す。
けれども、一向に機嫌は直りそうに見えない。
「スノウちゃんは何て?」
「私のことを忘れるなんて、信じられないって、すごく怒ってます」
そう聞かれて、反射的に答える。
けれども、質問をして来た相手が師匠じゃなかったことに気付いて、スノウを撫でていた手が止まる。
それに怒ったのか、指先を軽く噛まれて、私は痛っと悲鳴をあげた。
仕返しに、私も軽くその背中を叩く。
「えっと、あの、アリーセさん。私とスノウが話せることも、知ってるんですか?」
不思議に思って、そう聞き返せば、アリーセさんとエーデルは、しまったとばかりに顔を見合わせるし、師匠は大きなため息をついて手で顔を覆った。




