03
「着いたぞ」
全身に軽い衝撃が走り、今まで全身に浴びていた風が止む。
私はこわごわと目を開くと、飛び込んで来た景色に思わず感嘆の声をあげた。
柔らかな木漏れ日が差し込み、暖かい日だまりを作っている森の中。
冬に差し掛かっているにも関わらず、木々の葉は深い緑色を保ち、周囲には花が咲き乱れている。
家の近くにある森とは違い、怖さを微塵も感じない。
木々や草花がまるで、歓迎してくれているようだ。
その中に、ぽつんと白塗りの壁に赤い屋根の平たい家が建っていた。
壁には大量のツタが這っており、その一部分しか外壁を見ることはできない。
大人数で暮らしているのであろう、広い敷地に、外には木で作られた遊具も設置してある。
「これが、アリーセさんの孤児院ですか?」
「あぁ、そうだ」
「もう冬になりかけているのに、なんで・・・こんな・・・」
「エルフがいるからだ」
ピーィ、とスノウも歓声を上げながら、木々の間を縫うように飛び回っている。
孤児院に向かって歩き始めた師匠の後に、私も着いて歩く。
「エルフがいると、どうして緑色のままなんですか?それに、花も咲いてるし・・・」
「エルフは森の番人とも言われていて、対話によって植物を操ることもできるんだ。それに、トリスの手紙にも、この地方はいつも暖かい、と書いてあっただろう?」
指摘されて、私はそうだったと思い出す。
家を出て来た時にコートを着込んでいたが、少し暑く感じるような気がしてきた。
「そのエルフって、アリーセさんのところにいるエルフですよね?」
「あぁ、そうだ。いけ好かない奴だけどな」
「会うのが楽しみです。どんな人なんだろう?」
言った瞬間、ハッと師匠が息を呑み、足を止めてこちらを振り返る。
どうしたのかと首を傾げれば、珍しく焦った様子で口早に話し始めた。
「すっかり忘れていた。いいか、リザ。アリーセを見ても、驚かないように・・・いや、驚かないというのは無理か」
「何がですか?」
「彼女は、あの女とは違う。姿は一緒だが、アリーセは被害者なんだ」
「あの女って・・・・?」
何が言いたいのか全く要点が掴めない。
滅多に見れない様子の師匠が面白くて、笑いそうになるのを必死に堪える。
一体、どうしたと言うのだろうか?
落ち着かせようと、口を開きかけた時、師匠の背後から知らない女の人の声が上がった。
「声がすると思ったら、やっぱり!もう、来るなら連絡してくれればいいのに!」
人がいる気配は一切なかったし、近くから声は聞こえたものの、足音すら聞こえなかった。
驚いて声の方を振り向けば、扉の前にぽつん、と佇む1人の女性。
銀色の髪に、真っ赤な瞳。
その、あまりに見覚えのある姿に、心臓がどくりと波打つ。
記憶と違わない、銀髪の魔女の姿に私は声を失くした。
「ぎ、ぎんぱつの・・・」
「落ち着け、リザ。彼女はアリーセだ。あの女とは違う。あいつに身体を盗まれた被害者だ。以前、他人の身体を乗っ取る、という話しをしただろう?」
「か、身体を・・・?」
そう言われても、姿形は間違いなくあの銀髪の魔女だ。
師匠が取られる。
全身を駆け巡る恐怖に、私は動けもせずに凝視するしかできない。
「あら?後ろにいるのは、もしかしてリザちゃん?」
「すまない、僕が君のことについて話していなかったせいで、あの女と勘違いしている」
「あぁ・・・じゃぁ、まだなのね?」
そう言って、銀髪の女性がにっこり笑う。
その笑顔は、嫌味も何もない、本当に綺麗な笑顔で、私の中で渦巻いていた負の感情がスッと和らぐ。
まるで、先程見たような森の中の日だまりのような暖かさに、恐怖から解放されるのを感じると共に、師匠に言われた言葉を反芻する余裕ができた。
「身体を・・・盗まれたっていうのは・・・じゃぁ、えっと、その・・・」
「うーん、そうね。あたしの向こう側、透けて見えない?」
言われて、薄らとドアの奥が透けて見えることに気付いた。
そして、よく見てみれば、にっこりと笑っているアリーセさんからは、悪意の欠片も感じられない。
更に、その身体つきは銀髪の魔女と全く同じにも関わらず、妖艶さは見受けられず、その代わりに清楚さと清純さがにじみ出ていた。
「身体が無くて、魂だけの存在だから、透けて見えるのよ」
何でもないことのように言ったアリーセさんに、私は恐縮する。
とても失礼なことをしてしまい、後悔すると共に、師匠がもっと早く教えてくれれば良かったのに、と内心で文句を垂れた。
「あの、ごめんなさい。知らなかったとは言え、怖がったりして・・・」
「いいのよ。事情は彼から聞いてるから。とりあえず、上がって頂戴。トリスとナナがびっくりするわよ」
ふふ、とアリーセさんは小さく笑って、手招きをしながら扉をスッとすり抜けた。
その様子に私が唖然としていると、師匠が肩を竦める。
「まぁ、厳密には違うが、ゴーストのようなものだ」
「え、でも、ゴーストにしてはやけにはっきり見えるというか・・・」
「あれは、誰にでも見える。身体が生きているから、ゴーストにもなれず、かと言って肉体も無い。中途半端な存在だ」
それだけ告げて、師匠はアリーセさんの後について行く。
師匠まですり抜ける、などということは無く、きちんと扉を開いて中へと入って行った。
私は両親の敵と同じ姿をした、けれども、まったく異なる存在を前に戸惑うしかない。
せっかくアリーセさんに会うのを楽しみにしていたというのに、出会いが衝撃的過ぎて、道中必死で考えていた挨拶の言葉なんぞはどこかへ吹っ飛んでしまった。




