01
「リザ、旅行するなら何処がいい?」
脈絡無くされた質問に、私はスノウを撫でていた手を止めて師匠を見つめる。
ソファでくつろいでいる師匠は、ふわりと大きな欠伸をしていた。
「どうしたんですか、急に」
「以前、言っていただろう?街の復興の後はしばらく休業して、旅行にでも行かないか?と」
記憶を辿り、それに自分がふたつ返事で行く、と言ったことを思い出す。
私は思わず笑みを零して、スノウを自分の頭に乗せてから、ソファに歩み寄った。
「旅行なんて、師匠がお腹に穴を空けてたあの時以来ですね」
「あぁ・・・そんなこともあったな、懐かしい」
「どこが良いですかねー?」
「とりあえず、寒いところはパスだ」
窓の外、葉っぱを全て落として寒そうに風に吹かれている細い木の枝を見ながら師匠は言う。
その意見には、私も全面的に賛成だ。
「時間はたっぷりあるから、いくつか候補を考えといてくれ」
「私の行きたいところで良いんですか?」
「あぁ、構わないよ」
やったぁ、と私が声を上げると、師匠は肩を竦めてソファに沈めていた身体をそのまま横にした。
ごろごろしている師匠を他所に、私はどこが良いか考える。
食べ物は美味しいところが良いな、と考えてケーキなどのお菓子が有名な地方はとりあえず候補に入れようと決心した。
他にも、綺麗な景色があるところや、有名な観光地があるところも捨てがたい。
師匠のことを考えるなら、きっと魔法文明が発達しているところなんかが良いだろう。
街まで旅行雑誌を探しに行くべきかな、と思いながら、日課である郵便物のチェックを済ませる。
どうせ、今日も何も届いてないだろうと期待せずにポストを開いた途端、目に入ってきた金色のものものしい装飾を施された封筒に、私は驚いて固まってしまう。
金色の蝋で封印された見覚えのあるゴージャスなそれに、流れるように嫌な思い出が頭の中で浮かんでは消えた。
「こ、これ・・・!」
「ピ?」
ほぼ独り言に近かった呟きに、スノウがどうしたの?と問いかけてくる。
水が吹き出したり、爆発したりしないか心配しながら、恐る恐る、震える手で封筒に手を伸ばしたが、幸い、触っても封筒はピクリとも動かず、大人しいままだ。
そして、表に返して宛名を見て、また止まってしまった。
「私宛?」
アリーセさんからじゃないのだろうか?
差出人を見るために、もう1度裏に返すと、そこには懐かしい名前があった。
「トリス君とナナちゃんから手紙だよ!スノウ!」
予想外の出来事に、思わず大声を上げて、師匠にも早く見せてあげようと廊下をぱたぱたと駆け抜ける。
「師匠!師匠!師匠!」
「なんだ、騒々しい。旅行先でも決まったか?」
「違います!これ!トリス君とナナちゃんから!」
手にした封筒をひらひらと振ってみせれば、師匠は片眉を跳ね上げてから、良かったな、と言ってくれる。
「この封筒、アリーセさんがくれた手紙のものと一緒ですね」
「どうせ、これでも使えと言われたんだろう。相変わらず悪趣味な封筒だ」
「まぁまぁ、ちょっと豪華すぎますが、綺麗じゃないですか」
わくわくしながら私は封を破り、その中に入っている便箋を取り出した。
計算用紙じゃないよね?と、疑いながら2つ折りにしてあったそれを開くと、きちんと文字が並んでいて安心する。
便箋の一番上には歪つな幼い子供の字で『リザさんへ』と書いてあった。
「ピピ」
スノウが読んで、と言うので私は広げた紙に目を通しながら声を上げて音読する。
「リザさんへ、お元気ですか?俺は元気です。ナナも、とっても元気にしています。アリーセさんは、すごく優しくて良い人です。でも、一緒にいるエーデルさんはちょっと怖いです。2人とも俺たちに魔法を教えてくれています。ナナはフラワーラットのせいか、植物の魔法が異様に上手です。俺はあんまり魔法が得意じゃないみたいで、ガッカリしています。でも、シオン兄ちゃんが春になったら、魔法の道具の使い方を教えてくれるらしいので楽しみです。早く春にならないかな、と言っていたら、友達のアシールが、ここは、冬でも暖かくて、雪が降らないから、春になったことが良く分からないんだよ、って教えてくれました。リザさん、是非遊びに来てください。おっさんも、一緒に来てもいいです。トリスより」
まるで付け足したように書かれた師匠のことに、私は思わず笑ってしまう。
けど、聞いていた師匠は面白くなかったようで、ふん、と鼻を鳴らして私から顔を背けるようにソファの上で寝返りを打った。
もう1枚入っていた紙を見ると、そこにはナナちゃんが描いたらしい絵がある。
使われた色から判断するに、どうやら師匠と私とスノウ、そしてナナちゃんとトリス君が同じ家の中にいるところを描いたもののようだ。
これは、部屋の壁にでも飾っておこう、と微笑ましい気持ちになる。
手紙を何度も読み返し、絵を飽きる程眺めた後、私は素敵な思いつきをにっこり笑いながら師匠に告げる。
「ねぇ、師匠。旅行先ですけど、私、どこが良いか決めました」
「・・・僕は嫌だ」
「私が行きたいところで構わないって言いましたよね?」
「1人で行ってくれ」
「冬でも暖かいみたいですよ?」
そう笑えば、師匠がうんざりした表情で振り返る。
「なんで、せっかく旅行をするのにアリーセのところに行かないといけないんだ」
何も言っていないのに、私の行きたい場所をぴたりと当てた師匠。
私は小さく笑うと、自分の前で手紙を振ってみせる。
「1人で行っていいなら、私、行ってきます。前から、アリーセさんにも会ってみたかったし」
「ピィピ!」
「あ、そうだね。スノウがいるから1人じゃないね」
頭上で抗議の声を上げたスノウを宥めるために、指先でちょんちょん、と撫でる。
師匠は諦めたようにため息をつくと、心の底から渋々と言った声で、
「わかったよ」
と、一言だけ告げてソファに再び沈み込んだ。




