01
「リザ!君は何度言えば、僕の言う事を理解してくれるんだい?」
「すみません、すみません、ごめんなさい!お願いします師匠頼むから帰さないで!」
師匠が眉を顰めて摘まみ上げている小さなゼリーのような物体。
それは、私が先ほど召還したばかりのスライムちゃんだ。
ぽよぽよと、その小さな身体を必死に動かして、師匠の手から逃げようとしているのが何とも哀れで仕方が無い。
「師匠!ちゃんと面倒見るから!お願い!」
「ダメだと言ったらダメだ!だいたい、スライムは大きくなると人間を餌にすることくらい知ってるだろう?」
「でも!でも!私が描いた魔法陣から出て来てくれた子なの!お願い!」
「君の学習能力の無さには呆れるな」
あっ、と止める間もなく、師匠が摘んでいた小さなスライムはどこかに消えていなくなった。
いつ魔法を使ったのか、と悩みかけて、そういえば師匠は無言詠唱ができるのだと思い出す。
「師匠のばかー!スライム殺し!」
「人聞きの悪いことを言うな。この馬鹿娘。魔界に帰しただけだ」
「うっ・・・せ、せっかく、私が呼び出したのに・・・」
「呼び出して契約するなら、もっと高等な魔物にするべきだな」
ふん、と師匠は鼻を鳴らすと、そのまま私の部屋から出て行った。
その背中に向かって、思いつく限りの呪いを飛ばす。
声に出したら確実に真っ黒な笑顔でお仕置きされるので、心の中で思うだけに留めておくけどね!
師匠からしたら、あんな小さなスライムなんか呼び出す価値もないような下級の魔物かもしれないけれど、魔法が徹底的にダメな私からしたら、あれを呼び出せただけでも奇跡なのだ。
「あーあ・・・」
いつものことだ。
何かを呼び出してみても、師匠はすぐに魔界に帰してしまう。
この前だって、とっても可愛いピクシーを呼び出したのに、悪戯するからダメだー!って言って帰しちゃったし。
ふぅ、とため息をついて、私は窓から空を見上げてみる。
雲一つない良い天気だ。こんな日は、絶対に師匠に薬草摘みに行かされるんだ。
青い小鳥が空を飛んでる姿を見て、私もあの子たちのように自由になれればいいのに、とか思ってみたり。
「おいでー」
と声をかければ、小鳥はピピッと目の前を旋回してから、森の方へと向かって行く。
こういうことしてると、また馬鹿扱いされるんだけどね。
魔法使いである師匠に拾われて早12年。
小さい頃、魔物に襲われて両親共に食べられ、まさに私もその餌食になりそうになったときに助けてくれたのが師匠だ。
今でも覚えている。
深い緑色の髪を靡かせて、颯爽と私と魔物の前に立ちはだかった師匠。
そして、一瞬としないうちに私の両親がなす術もなかった魔物を返り討ちにしたのだ。
振り返ったその金色の双眸に思わず見とれたのだって、忘れはしない。
と、まぁ。こんな美しい記憶で終わってくれれば良かったんだけど。
命の恩人で、私をここまで育ててくれて、魔法まで教えてくれている。
それだけ聞けば、そりゃもう、優しくて素晴らしい人間に聞こえるかもしれない。
けれども、師匠はとんでもない性格破綻者だ。
私が嫌がるのを見ては、そりゃもう普段見せないようなにっこにこした笑顔で笑ってるし、泣けばもっと泣かそうとしてくる。
こういうの、嗜虐嗜好って言うんだっけ?
もうね、嫌って言う程いじめられましたとも!自分、多少のことでは泣かない自信がある。
「君はそこで空を見上げてる暇があったら、僕の仕事を手伝おうとは思わないのか?」
ぽけっとしていれば、下からかかるお呼びの声。
素直に下りて来て手伝ってくれって言えばいいのに!
「はいはい、今行きますー!」
私は窓を閉めると、師匠を手伝うべく外へと出て行った。