二章二節 - 龍姫と一鬼道場
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一鬼道場では常に竹刀を打ち合う音と、気合のこもった怒声が響く。
その名の通り中州二位の武官家―― 一鬼家が経営するこの剣術道場は、中州で最も歴史ある道場だ。
武官を志す有名氏族や有力者の子どもから、腕を見込まれた子なら農民まで、さまざまな身分、年齢の人がいる。
しかし、武官を養成する厳しい道場なので指導に耐え切れず出ていくものも多く、入れ替わりは激しい。
「言っただろう? 与羽」
熱のこもった辺りの雰囲気とは全く違う静かな声が響く。
「『お前は筋力的に大多数の男には劣るんだから、剣の大ぶりはせずに素早さと反射神経を生かせ』って」
大斗は自分が竹刀をあわせる与羽を冷静に指導する。
彼らのまわりは主に大斗の出す殺気を避けてか人が寄り付かない。
「肩の力も抜きな」
しかし、与羽は竹刀を両手で強く構えたまま微動だにしない。まっすぐ敵意のこもった目で大斗を見据えている。
「そういう目は好きだけどね」
言いながら、大斗はすばやく前に飛び出した。
与羽はのけぞりそうになりつつも大斗に向かって竹刀を振るう。
それを大斗は軽くいなし、与羽の背後に回り込んでから彼女の両手首を抑えた。
「怒り任せの剣はダメだよ。心を静めな。――華奈!」
大斗は道場で子どもたちの指導をしている師範代―― 一鬼華奈を呼んだ。
ここは一鬼家の営む道場。師範は家長である華奈の父親だが、武官としての仕事の都合からほとんどの指導は彼の子どもが行っていた。
呼んだ主が主だけに、華奈は不快そうな顔をしていたが、ちゃんと大斗の呼びかけに応えて近づいてくる。
「少しの間、与羽の面倒を見ていてくれる? 休ませて落ち着かせてやって」
大斗は与羽から竹刀を取り上げつつ言った。
「あなたが自分でやればいいでしょ。お気に入りなんだから」
華奈は手を伸ばされたらかわせるくらいの場所で立ち止まっている。その声も、とげとげしていて友好的とは言いがたい。
「なに? 嫉妬してくれてるの?」
ちゃかすように言う大斗に、華奈は一層顔をしかめた。
「そんなわけないでしょ」
「俺が今与羽の面倒を見たら、いらないケガをさせちゃうからね。乱舞に怒られる。官吏登用試験の警護に関する資料も読まないといけないし」
家業の八百屋に鍛冶屋、武官の仕事の合間を縫って与羽の指導までしている大斗は多忙だった。華奈もそれは知っているので、不快そうに大斗を睨みながらもやさしく与羽の肩に手を載せて道場の隅へと導いた。