二章一節 - 龍姫と行く春
青々とたくさんの葉を茂らせた柳が風を招き、咲きはじめのアジサイが雨はまだかと天を仰ぐ。
日が長くなり、学問所に通う子どもたちは、遊ぶ時間が増えたと喜び勇んで飛び出した。
与羽と辰海が仲たがいをしてもうすぐ二ヶ月。与羽は昔と変わらない――いや、昔以上の落ち着きを取り戻していた。
動きやすいからと膝丈七分袖の小袖を纏い、帯も柔らかい布を腰で蝶結びにしているだけだ。髪を高い位置で一つに束ね、前髪も邪魔にならないように額の横の方で小さく括り額をむき出しにしていた。
両の掌には布が巻かれ、脇には勉強道具に混ざって使い込まれた竹刀が置かれている。
一方の辰海は終始仏頂面で無口になっていた。頻繁に与羽に敵意のこもった視線を向けるが、彼女が全く取り合わないので余計にいらついているようだ。
しかも、彼はもうすぐ中州の文官登用試験を受ける。その精神的な重圧から逃れることができない。
自分はこんなに苦しいにもかかわらず、のんびりと落ち着いた様子の与羽が気に入らない。しかし、与羽は辰海の敵意をことごとく無視していた。敵意を向けられていることさえあまり意識していないのかもしれない。
「今日も道場に行くの?」
授業が終わり、漏日天雨――アメがそう声をかける。
「ん」
与羽は短く肯定した。門前で大斗が待っているはずだ。
「熱心だね」
「竹刀を振るんは楽しいから。色々考えなくて済む。無心になれる」
与羽は今はこちらを見ていない辰海にちらりと目を向けた。さりげない仕草だったが、アメにはその視線を追わなくても彼女が何を見たのか分かった。
気にしていないように見えても、まだ精神的な影響は残っているのだ。
「仲直りしようとは――?」
アメは無理に明るい口調で尋ねた。
「向こうがそんなこと思わないでしょ」
与羽の言葉にはっきりととげが現れる。
そして、アメが与羽を不快にさせる言葉を言ってしまったことを謝る間もなく、すばやく荷物をまとめ出ていってしまった。
「怒らせちゃったよ」
アメがそっと背後によってきたラメに言った。その目はまだ与羽が出ていった戸口を向いている。
今はもう与羽の姿は影も形もなく、庭の柳がかすかな風で無残に散りゆく花を繋ぎ止めようとするだけだった。