一章五節 - 冷王の誘い
「最低だね」
泣く与羽とそれを慰める乱舞を見ながら、大斗が冷静に評価する。
「辰海……古狐の長男か。『古狐』にふさわしくないな」
古狐は誰よりも主人に忠実で、冷静でなくてはならない。
「ひっぱたいてやればいいよ、そんな奴。――おいで、俺がお前を強くしてやろう」
「な、大斗!」
乱舞が慌てて大斗を止めようとするが、大斗の方が一枚上手だ。あっという間に乱舞の制止を振り切り、与羽を抱えあげていた。
「道場に連れて行くだけだよ。男にするほど厳しくはしない。――最初のうちはね」
いきなり抱きあげられた与羽は、驚いてすぐ横にある大斗の顔をまじまじと見ている。まだ涙は止まっていないが、落ち着きを取り戻しつつあった。
「『最初のうちは――』って……、大斗!」
「大丈夫。不必要なけがはさせない」
与羽を片腕で胸に抱え、大斗は澄ました様子で言う。
「そういう問題じゃ――」
乱舞は慌てふためいて大斗を止めようとするが、彼が止まるわけがない。
「中州で武術は美徳だよ? 城主はじめ、老若男女問わず剣の心得があるのはいいことだ。与羽だって古狐にいたんなら、少しくらい剣術を習ったでしょ? 古狐は文武一致の家系だ」
後半は与羽に尋ねた。
やめておけば良いにもかかわらず、与羽は浅くうなずいた。
大斗の目が光る。
それに気づいて、乱舞は片手で額を覆った。もう彼を止められそうにない。
「強くなりたいでしょ?」
疑問形で聞いてはいるが、その強圧的な言葉は肯定しか認めない。
また与羽はうなずいた。さきほどよりも強いうなずき方だ。いつの間にか泣きやんでいる。まだ涙でぬれた目には、強い光が宿っていた。覚悟と、少しのあこがれ。辰海に守られていたころには見せなかった瞳だ。
「ほら、乱舞。この目を見なよ。お前以上に戦士らしい」
大斗は与羽のわきを両手で抱え上げ、自分の頭よりも高く掲げた。まっすぐ見降ろしてくる与羽に嬉しそうにほほえみかける。
「はじめまして。俺は武官筆頭九鬼家長子。武官四十八位。九鬼大斗だよ。よろしく」
いまさらな気もするが、そう自己紹介した。普段の大斗からは考えられないやさしい声だ。与羽の事が相当気に入ったらしい。
「中州……、与羽です。よろしく、お願いします」
与羽もそう応える。
「よし、じゃあ早速道場へ行こうか」
大斗は与羽の持っていた勉強道具を乱舞に押し付け、与羽を抱えたまま歩きはじめた。
「日没までには帰すよ」
そして乱舞が止める間もなく立ち去ってしまった。
追いかけたいが、乱舞は次期城主の身。学ばなければならないことがたくさんある。大斗のことだ、厳しく指導するだろうが、無茶はさせまい。
深くため息をつきながらも、乱舞は自分のやらなければならないことに戻った。