七章二節 - 炎狐の本音
「好きなわけ……っ」
――認めた方がいいと思うよ。きっと後悔する。
「つッ……!」
辰海は耐えた。何に耐えているのかもわからず、ただ勝手に思い出される与羽を忘れようと努めた。
本当は今すぐ部屋を飛び出して、与羽を追いかけたかったのだ。
しかし、それにも気づかず、もしくは気づかないふりをして、辰海は耐え続けた。
「辰海」
日も暮れかけたころ、再び外から太一の声がした。
「本当に大丈夫か?」
そして辰海の返事も待たずに戸を開けた。辰海を見て――。
「辰海!?」
次の瞬間ものすごい勢いで室内に飛び込んできた。すぐさま辰海の額に手を当てる。
「熱があるじゃないか!」
汗でぐっしょり濡れた額は、じんわりと嫌な熱を帯びていた。
「意識はあるか?」
「大丈夫だから」
辰海はその手を乱暴に払いのける。
「疲れが出ただけだから、寝とけばよくなる。ほっといてよ」
「いい加減にしろよ、辰海……!」
太一は辰海の肩を強くつかんだ。
「最近のお前はおかしいぞ! 詳しいことは知らないが、与羽と仲たがいしているそうだね。しかも、辰海から一方的に。どうせ、全部それが原因なんだろう。
……お前、それでも『古狐』かっ!?」
古狐一族はいつの時代も城主一族のそばにいて、彼らに尽くしてきた。それは、歴史や記録を管理する古狐の長男である辰海なら知っている。古狐の書いた歴史書を見れば容易にわかることだ。
「先代たちがそうだったからって、僕もそうだとは限らないだろ!」
「いいや!」
太一は辰海の言葉を強く否定した。
「俺は、辰海のことを根っからの『古狐』だと思っていた。お前以上に古狐らしい古狐はいなかっただろうと。でも、今の辰海を見ているとそうだったのかもな。見損なった」
太一の声は冷たかった。
「辰海!」
そして声を荒げて辰海を揺さぶる。
――あんたは、なんで私を嫌うようになったか覚えとるか?
そうされながら、与羽の言葉がよぎった。
――ものすごくくだらんことで。
その時は答えなかったが、覚えていた。
「今のお前は愚かだが、馬鹿じゃない! 分かってるんだろう!? いいかげん、目を覚ませよ!」
与羽のことを好きかと聞かれて、嫌いと答えた。
「……っ、からかわれたくなかったんだよ!」
あそこで好きだと答えれば、彼らの性格上「どこが好きか」「いつから好きか」様々なことを根掘り葉掘り聞いてくるのがわかっていたから。
いや、その時はそれほどはっきりとした理由をもって否定したわけではなかった。しかし、後になって考えてみるに、そういうことだったのだろう。
そして与羽を避けるようになった。
「僕は、与羽がいなくて辛くて、苦しかったのに、与羽はいつも通りでっ!」
むしろ道場に通って、今までより活発になって――。
「九鬼武官や水月文官と楽しそうにニコニコして。僕はずっと与羽のこと考えてたのに、与羽は僕なんかいなくても――」
ためしに他の人で与羽の穴を埋めてみようとしたが、結局無理だった。与羽との違いに失望するだけ。
「…………」
太一は怒りとも悲しみつかない表情浮かべる辰海を見ていた。
「嫉妬だってのは分かってるよ! でもっ!!」
ギリと辰海は歯を噛み鳴らした。




