一章二節 - 龍姫の諦念
「僕たちも行くよ」
アメがラメと一緒に荷物を持って立ち上がったが、フィラが手のひらを突き出して止めた。
「いやいやいや、お二人さんがお手を煩わせる必要はありませんよ。二人きりの貴重な時間をお過ごしください」
わざとらしい口調で言う。アメとラメはお互いに有名な文官家の出身で、この間結婚が決まったばかりだった。
「でも……」
ラメが心配そうに与羽を見る。落ち着きはじめてはいるが、辰海が口をきいてくれなくなったことをまだ気にしているようだ。
しかも、フィラは明るい性格だが、軽くだらしがない。彼のわざとらしく襟元をはだけさせた着物の着方がその証拠だ。帯も結び目がねじけている。ついでに言えば、髪もザンバラでそれを良いと思う女子もいるにはいたが、まじめなラメにはただ悪い印象しか与えなかった。
これで、勉強ができれば救いもあるが、彼の成績は下から数えた方が明らかに早い。
「中州だって、漏日や月日の邪魔をしたくないと思うだろー?」
フィラは与羽に話をふった。
コクリと浅くうなずく与羽。彼女もアメとラメの関係は知っている。今の自分とは無縁な関係なので良く分からないながらも、邪魔をしてはいけないと思えたのだ。
「ほら!」
勝ち誇ったようにフィラは叫んだ。そのうるささに周りにいた同級生たちが迷惑そうな顔をしたが、フィラは気付いてさえいない。アメとラメに指を突き付け、そら見たことかと目を輝かせている。
「善は急げ! 帰るぞー、中州!」
そして、すぐさま与羽の荷物を持ち、無理やりつないだ手を引っ張った。
「今日はフィラ君なんだぁ」
「明日は俺だからな!」
フィラが騒いだせいで、部屋の中にいた人々はみんな二人に注目していた。
女子の冷やかしじみた声と、男子の叫び。その中で、与羽は諦めたように無関心な顔をしていた。
しかし最後の希望を込めて、ちらりと辰海を見やる。彼は、今まで同様冷たい目で与羽を見ていた。いつもより深く眉間にしわが寄っている。
それを確認した瞬間、与羽の顔は完全な無表情になった。
フィラの言う通りなのかもしれない。
――もう辰海には頼らない。
一人で生きていけるようになろう。
――こいつもいらない。
フィラの軽薄さは、与羽も知っている。残念ながら、彼に好かれたいとは思わない。
「さー、与羽。どこに行きたい? せっかくだから、遊ぼー。おそくなってもちゃんと送ってあげるから大丈夫だよー」
学問所を離れたからか、フィラは気安く名前で呼びはじめる。
「別に、どこにも行きたくない」
与羽は不愛想に答えた。
「何でー? ほら、あそこに甘味屋さんがあるよー。与羽甘いもの好きでしょー」
「欲しくない」
「何? 減量中? 細いんだから大丈夫だってー」