一章一節 - 龍姫の戸惑
「辰海?」
与羽が辰海の顔を覗き込んでくる。辰海はふいと顔をそらした。
「辰海っ」
与羽は毎日こりずに話しかける学問所の席を与羽と一番離れたところに移しても、授業の合間に声をかけに来た。
「うっとうしいんだよ、君。どっかに行って」
辰海はできるだけ低くすごんだ。与羽がおびえたようにびくりとする。
「なんで? 辰海。私、なんかした? ごめん、辰海。謝るから許して」
泣きそうな顔で、辰海の手を握ろうとする。しかし、辰海は手を引き、与羽から距離をとった。
「僕に付きまとうな。嫌いなんだよ」
だんだん「嫌い」と言い慣れていく。
そしてひるんだ与羽を残して、他の少女の方へと近づいた。すぐに黄色い声をあげながら、女の子たちが辰海を取り囲む。代わりに与羽の側には、非辰海崇拝者の少女と少年たちが慰めるように集まってきた。
「与羽ちゃん。大丈夫だよ」
数少ない非辰海崇拝者女子の一人――月日藍明がやさしく与羽の背をなでる。
「ちょっと反抗期なだけだから」
「ラメ……」
与羽は彼女のあだ名を呟いた。
「そうそう、大丈夫」
ラメの後ろから、こんがりと日に焼けた肌の少年もほほえむ。漏日天雨――アメだ。
「でもさー、中州も中州で、古狐に頼らずに生きるのも大事だと思うけどー?」
「フィラ……」
気楽な口調で言う少年をアメが声を低めてたしなめた。
「だってそうじゃん」
フィラと呼ばれた少年はその場にあぐらをかき、大きな態度で話しはじめる。
「そりゃあさー、昔の古狐は中州の言うこと何でも聞いて下僕みたいだったけど、よくよく考えたらおかしいだろー? いくら中州が姫様でもさー、古狐だって筆頭文官家の若様なわけだし。下僕はないよー。
今までは、あの親バカ父上に言われたことをしっかり守っていたのかもしれないけどさー、自分で考えて行動できるようになったんだって。
中州の面倒ばかり見てたら、古狐勉強する時間ないしー。将来大臣になるんだろうから。
中州は枷だったんだよ。
それにさー、中州だって古狐にこだわり続ける必要はないだろー? 確かに顔は良いかもしれないけどさー、もっと中州好みの奴もいるぜー、きっと。
俺なら、家業は暇だし中州のことかまってやれるよー。もう古狐のことなんか気にすんなって。ああいう奴だったんだよ」
与羽が泣きそうな顔になるのも気にせず、彼は言った。そして、バンと机を叩いて勢いをつけ立ち上がる。
「ほら、今日は俺が城まで送ってやるよ。好きなだけ寄り道して帰ろうぜ」
フィラは無理やり与羽の手をとって立ち上がらせた。