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序章二節 - 炎狐の決断

「よく考えてみろよ、古狐(ふるぎつね)。好きなんだろ? 中州を名前で呼ぶ男はお前だけだぜ。そういう気持ちがないって思うほうが難しいだろ?」


「そ、そんなことないよ」


 そう言いつつ、辰海(たつみ)は本当にそうなのかと自問する。

 与羽(よう)のことは好きだと思う。ただ、それが友人や兄弟に感じるような愛情なのか、もっと違う意味を持っているものなのか分からない。

 与羽の近くにいすぎたし、そういう思考ができるほど辰海の精神はまだ大人ではなかった。


「じゃあ、お前中州のこと好きじゃないのか?」


 (じん)にそう問われて、一番に出た感情は拒絶だった。


「そうだよ」


 辰海は答えた。かすかな違和感があったが、与羽に好意を抱いていると思い込まれるよりは良いと思ったのだ。


「ホントに!?」


 仁は目を見開いた。相当意外な答えだったらしい。

 その反応に、辰海はむっとした。


「いつも一緒にいるからって、そういう目で見ないでくれる? 僕は父上が言うから、与羽の面倒を見てるだけだよ。本当は、与羽が邪魔で面倒なんだ」


 言うそばから、そんな気がしてきた。


 ――そうだ、与羽がいるせいで思ったように行動できない時があるし、あんなわがままなやつ、いない方がいい。きっとそうだ。


 珍しく不機嫌な辰海とは対照的に、仁はとてもうれしそうだ。


「そうか。じゃあ安心しな。俺たちが中州を引き受けてやるよ」


「助かるよ」


 それがどういう意味かも考えず、辰海はほほえんだ。それが心からの笑みではないことには、笑んだ本人さえ気付けない。

 すぐさま仁は辰海から離れ、女の子たちと語らう与羽に近づいていく。


「中州」


 そう声をかけると、与羽は振り返った。きょとんとしたあどけない顔で仁を見上げている。


「古狐がお前と一緒に帰りたくないって言うから、今日は俺が家まで送ってやるよ」


「きゃあ!」


「仁くん、積極的ぃ~!」


 与羽の周りにいた少女たちが、黄色い悲鳴をあげた。しかし、与羽にそんな冷やかしじみた言葉は聞こえない。


「辰海?」


 やや慎重に、与羽は勉強道具の整理をしている辰海に近づいた。彼は、わざと与羽に背を向けている。与羽の呼びかける声も聞こえただろうに、振り返る気配はない。


「辰海……?」


 さらにためらいがちに、与羽。

 辰海の横に膝をついて、恐る恐るその顔を見上げた。


「何か用? ……中州」


 彼は、睨むようにして与羽に視線を向けた。今まで、与羽に向けたことのない――向けることさえ予測していなかった鋭く冷たい目。

 与羽はひるんだ。その目はもちろん、冷たい声も苗字を呼ぶ様子も、与羽が今まで親しんできた辰海のものとは全く違った。


「……一緒に、帰ってくれんの?」


 涙が出そうになるのを何とか堪えて、与羽は問いかけた。


「さっき黒耀(こくよう)が言ったとおりだよ」


 言った後で少し冷たすぎた気もしたが、与羽を好きと思い込まれないためにはちょうど良いと思いなおす。

 辰海はいらだった。こんなわがままでなれなれしい奴と、よく今まで一緒にいられたものだ。


「たつ……」


 この、媚を売るような頼りない声も、気に入らない。そう思い込もうとした。


「僕はもう帰るけど、ついてこないでね。もう僕に話しかけないで」


 口調はいつもどおり、しかしそこにいつも与羽を気遣っていたやさしさは皆無だ。

 与羽への好意を否定するために、辰海は自分の中に少しだけあった与羽を憎む気持ちを育てた。


「君なんか、……嫌いだよ」

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