二章五節 - 龍姫と雑踏
「あ……」
その時、与羽が小さく声をあげた。はしに少しあんこのついた口を開け、前方の人ごみを見つめている。華奈も目を前に向け、人ごみを透かし見た。
夕方の大通りは帰宅する大人こどもであふれかえっている。それでも、与羽が見たものを華奈も見ることができた。
それほど目立つものではなかったが、与羽が見たのはこれだろうと見た瞬間に確信できる。
少年と少女。
日に焼けたような少し赤茶けた髪と、それとは対照的に色白の肌。成長期が終わっていないため、隣の少女との身長差はあまりないが、すらりとした体躯に育ちの良さを思わせる上品でなめらかな身のこなし。城下の女の子に人気の整った顔は、わずかな憂いを感じさせるように曇っていた。
隣にいる少女は、少年と同い年くらい。肩につくかつかないかくらいの短い髪に、町娘らしいテキパキとした身のこなし。着ている着物の良さからして、相当金のある大商人の娘だろうと察せる。
少年の方は文官筆頭家長男――古狐辰海。少女の方は、中州で最も大きな両替商を営む赤銅家の一人娘――あすかだ。
与羽にとっては二人とも同じ学問所で共に学んでいる仲間だ。
辰海が学問所内の少女たちに気に入られているのは知っていたし、慕われているのも知っていた。しかし、今まで辰海は全くそれを相手にしていなかったはずだ。
「たつ……」
与羽が小さくつぶやく。向こうは与羽に気づいてすらいない。
あすかが辰海の腕にしがみつくようにしながら自分の行きたい方へと導き、辰海がそれに従う。
あすかはとても楽しそうに辰海に笑いかけているが、一方の辰海は彼女をたまに見るだけで全く笑みを見せない。しかし、それでも彼の整った顔が冷静に見えるだけで悪い印象は与えないようだ。
「与羽ちゃん」
華奈がそっと与羽の肩に手を載せた。華奈が隣にいることを忘れていたように与羽の肩がびくりとはねる。
「……華奈さん」
大きく見開いた紫の目が華奈を見上げて、すぐに細くなった。与羽がほほえんだのだ。
「私は、大丈夫ですよ」
にこにこしながら、残っているたい焼きにかぶりつく与羽。華奈はそれを複雑な気持ちで見た。
「古狐の若君は――」
「辰海は友達ですよ、大事な。小さいころから一緒に育って。少し頼りないけど、お兄ちゃんみたいな」
与羽は自慢の兄を語るように生き生きと明るく話す。それがただの強がりであるようには見えないほど――。
「今はなぜか無視されて少し悲しいですけど、まぁ、いいんじゃないですか?」
――自分は関係ない。
そう言うような口調だった。だから、これ以上その話はするな、と。




