二章四節 - 龍姫とたい焼き
「そこのたい焼き屋さん、おいしいのよ。知ってる?」
華奈が、路地の少し先にある色あせた橙ののれんを指差した。
与羽はうなずく。老婆が営む、色あせた橙ののれんが目印のたい焼き屋。昔偶然迷い込んだ時に見つけ、それからたまに訪れている。
「さすが甘党姫」
華奈はからかうように、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
そして、のれんの前まで来たところで注文する。
「こんにちは、たい焼き二つ」
「あい、華奈ちゃん与羽ちゃんいらっしゃい」
のれんの下、胸くらいの高さにある幅広の出窓から老婆が応じた。
「よっこらせ」と今まで座っていた椅子から立ち上がり、奥へと入っていく。そこには、火にかけられたたい焼きの型。
ここのたい焼きは注文されてから焼きはじめる。そのため待ち時間は長いが、できたてのおいしいたい焼きを食べることができる。
「はちみつ入りの生地がおいしいのよね。あんこは甘さ控えめでしつこくないし」
待ちながら華奈が与羽に話しかける。
「私も、そう思います」
与羽も小さな声で同意する。
「そう言って頂けるとありがたいですねぇ」
奥から老婆も顔をくしゃくしゃにして笑んだ。だいぶ耳が遠くなってきても、ほめ言葉は聞こえるらしい。
与羽たちは熱々のたい焼きと小銭を交換すると、たい焼きをかじりながらもと来た道を戻りはじめた。大通りは人でごった返しているが、道場まで帰る気はない。
二人は通り沿いの水路に架かる小さな橋の欄干に腰かけて残りのたい焼きを食べることにした。石でできた欄干は、すねほどの高さで普段は飾りとしての役割しか果たさないが、日で温もって座り心地が良い。
二人は言葉を交わすこともなくまだ熱いたい焼きを食べながら、行き交う人々をぼんやりと見渡した。
たまに、華奈と顔見知りの武官や道場の門弟たちが通り過ぎていく。ほとんどの人は、通りの隅に座る華奈に気づかなかったが、たまに目があう人がいて、そういう人とは軽く会釈を交わした。
与羽は味わうように少しずつたい焼きをかじりながら、同じように通りを見ている。




