二章三節 - 龍姫と長刀姫
華奈が導いたのは、広い庭を望める縁側だった。
戸が大きく開け放たれ、さきほどまでいた場所に比べると風が通り涼しい。大通りと道場の敷地を隔てる生け垣の縁から通りを行きかう人々の頭がちらちら見えた。
華奈が足を外に投げ出すようにして板敷きの床に座ると、与羽もそれにならう。
「こっちは涼しいわね。道場の中はむんとしてて、慣れててもたまにいやになるわ」
「…………」
華奈はちらりと横目で与羽を見たが、与羽は仏頂面で風に揺れる柳の枝を見るともなく見ているだけだ。
「与羽ちゃんはどう? 道場には慣れたかしら?」
「…………」
さらに問うても答えは返ってこない。
「もう少しで官吏登用試験ね。与羽ちゃんは受けてみようとか思わないの? 文官とかにあいそうだけど、武官登用の方が良いのかしら?」
ちらりとだけ与羽が華奈に視線を投げかけてきた。これ以上その話はして欲しくないというような拒絶の視線だったが、華奈は気にしない。
「官吏になって城主を助けたいとは思わない? そうじゃなくて、もっと別な方法で助けることももちろんできるけどね。いろんな人と仲良くなって、いざというときに城主の助けになれるようにするとか。
城主はいい人だし、信頼できるけど、一人じゃつくれる味方なんて限られてるわ。
九鬼大斗は――あんなやつだけど、若い武官からの信頼は厚い。おととし採用された水月絡柳文官は筆頭文官家以外の文官とも積極的に関わっていってる。古狐大臣は古参の官吏から絶大な信頼を得ているから、彼らがいれば官吏はまとまっていけるわ。
あたしだって武官のはしくれだから、いざとなったら九鬼大斗の言葉に従ってやるわよ。不本意だけどね。でも、あいつの実力は認めるわ。数年のうちに一桁台の武官になるでしょうよ。
でも、中州は官吏だけが住んでるわけじゃないからね」
華奈はそう言うと、勢いをつけて縁側から降りた。素足だったが、慣れているのだろう、全く気にすることなく地面に立っている。
軽く手を振って与羽にも来るよう示すと、与羽もまだ不機嫌そうにしながらも裸足で華奈の横に並んだ。
「息抜きに少し散歩でもしましょう」
与羽の手を取ってそのまま歩きはじめる華奈。
無理やり手を引かれ、地面に転がる小さな石を踏む痛みに顔をしかめながら与羽は歩く。
「せっかくだし、お菓子でも食べましょう。与羽ちゃん甘いもの好きでしょう?」
華奈は確信的に尋ねた。与羽の甘いもの好きは、すでに城下中に知れ渡っている。
与羽が浅くうなずくのと同時に、華奈は大通りから路地に折れた。狭い路地は、横に二人並んで両手を広げれば、余裕で板壁にふれることができそうだ。左右の壁の高い位置には煙出し用の窓が所々にあけられ、路地には夕食の準備をしているらしき良い匂いが満ちている。
その匂いを嗅いだ瞬間、与羽は急に空腹を感じた。おなかが今にも鳴りそうな気がして、慌ててそこを抑える。
その様子を見て、華奈がほほえんだ。
「おなかすいたでしょ? 学問所で夕方まで勉強して、道場に来てるんだもの。すかない方がおかしいわ。あたしもおなかペコペコよ」
華奈も自分の腹を軽く叩く。女性にしては長身の華奈は、釣り目の凛とした美貌と相まって近寄りがたい印象を与えやすいが、実際はちゃめっ気があって親しみやすい。
だからこそ、城下の若い娘たちから「こうありたい女性」第一位に選ばれるのだろう。与羽も彼女には姉に対するような尊敬を抱いている。




