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携帯電話

作者: 珊瑚

名前の読み

明楽→あきら

陽向→ひなた

美桜→みお

ただ、歩く。

生徒掃除の荒さが目立つ廊下を、ただ歩く。

一番端の教室には、今日もあいつがいて。

「美桜。」

淡い期待を込めて名前を呼ぶと。

ぱっと振り返ってこっちを見るんだ。

そして--

「あ、ひなたくん!」

やっぱり、ね。

呼んだのは俺なのに、呼ばれたのは俺じゃなかった。

「と、明楽も!」

「いーよ、取ってつけたように言わなくても。ほら陽向、お呼びだぞー。」


 そう、これが日常。悲しいことなんてなにもない。


 いつも通り俺は、彼女たちの携帯電話なのだから。



*******




「・・・とか言ってさあ、」


「えー?!それほんとの話?!」

木々もすっかり葉を落とし、寒々とした光景になった道路を三人で、いや正確には二人と一人で、ふらふら、ふらふらと帰っていたいつもの4時半。

しょうもない陽向の話をにこにこと聞きながら隣を歩く美桜は、本当に楽しそうだ。俺にとっては彼独自の文法が存在するらしい陽向のお喋りは若干苦手なのだが、カノジョともなると理解度が違うらしい。


「あーあー寒いのにお二人さん。なーんでそんな距離取って歩いてんのかなー!?」

ふいにからかいたくなってそういうと、一気に美緒の顔がゆでだこ状態になった。

陽向はと言えば・・・顔を背け、すこし、いやかなり不愉快そうに顔をしかめている。

まるで、邪魔すんなよ、とでも言うような。


この二人がつき合いだしたとき、つまりは去年の今頃。俺は正直言って美桜のことがかなり心配だった。


 成績は学年トップレベル、運動している姿も様になる陽向は、どこへ行ってもモテる超イケメン。そこへ来て「女の子=正義」という図式のもとにすべての女の子に優しいものだからアイドルどころの騒ぎではない。ちなみに彼にその自覚はないらしい。

 対する美桜は、控えめで目立ちはしないが可愛い外見とほんわかした(若干天然も入っている)空気が男子諸君の中で高い評価を得ている。(俺がこいつらを排除して美桜に関わらないようにさせるのにどれだけ骨を折ったことか……いや、今は昔の話だ。)

 そんな天然鈍感少女がチャラ男(些か失礼だが)に恋をした!


普通に考えて遊ばれるだけのパターンだろ、これは。


実際、付き合いだしても周りの女の子達と大差ない扱いだし、陽向は思ったままに「可愛い」を連呼出来るような奴だから勘違いするアホなんかも続出なわけで、そのたびどれだけ美桜が泣いていたことか。



もっとも美桜当人は嫉妬する自分が嫌で泣いていたのだが。


なかせてんじゃねーよ。誰の手にも触れられない場所に置いとく癖に。




今までの一番は俺だった。

別に彼氏とか、そういうポジションではないけれど。

あいつの弱点も強がりも、全部わかってやれて受け止めてきた。ずっと昔から、それこそ物心つく頃から。俺にとっての一番の優先事項はいつも美桜で、美桜にとっての一番の優先順位は俺……のはずだった。


いつぶりだろうな。ぽっかり空いたようなこの虚無感。


予測していた時期がちょっと早まっただけだ。そう言い聞かせるようにはしているけど。どうしても抑えきれない思いがある。


ほんとはちょっと、期待してた。いつか美桜が俺に振り向いて、彼女として隣で笑ってくれる日が来るのではないかと。実際は外れたのだけれども。


陽向はうすうす気づいてるんじゃないだろうか。美桜はおそらく、いや絶対気づいていないだろうが。


そんなどす黒いもやもやはこっそりと奥底に押しやって、俺は完璧な笑顔を作る。

「ほら急いで歩け―。日が暮れちまうぞ。」



その日の夜。


俺が風呂を終えて部屋に入るとナイスなタイミングで電話がかかってきた。相手は・・・

「美桜?どうしたんだいきなり?」

”あ・・・あき、ら?・・・”

「うん。俺。」

俺以外に選択肢はないと思うんだけど。という突っ込みは明らかに泣きそうな声色の、様子のおかしい美桜にはしなかった。

”あ、あの、あの、”

「落ち着いて、ゆっくり話せ。俺はいくらでも待つ。」

”う、うん……”


しばらくして話し出した美桜の声は、すぐ涙で濡れて聞き取れなくなったけれど、大体の察しはついた。

要するに、

「陽向とけんかした。」


どうも原因は「今週末水族館に一緒に行きたい」といった美桜にあるようだ。

今週末は陽向にとっては大事な練習試合のある日だそうで、最近構ってもらえてなくて少しさびしかった美桜は若干駄々をこねてしまった。普段のかしこい美桜ならまずやらないへまなのだが……

それで少々陽向はご立腹のようである。


「まずごめんなさいは言ったのか?」

”うん……でも、聞いてもらえなかった……”

石頭の陽向のことだ。一回へそをまげたらてこでも動かないのは必至だろう。

「うーーーん……」

俺が次にかける言葉を探しあぐねていると。

”初めて、だったの”

美桜が唐突に言葉を紡ぐ。

”自分を嫌わないでいてほしい、そう思ったのは。ずっと傍にいてほしい。そんな風に思ったのは。”

ぐっさり、その言葉は俺に突き刺さった。

”初めて、こんなに切なくなった……けんかは、やだよ……”

「じゃあそれを言ってやればいいじゃないか!」

思わず声が大きくなっていたらしい、電話の向こうで美桜が息をのんだ気配がした。

だけど俺だって、そこまで言われて「そっか」なんて話を黙って聞いてやれるほど大人じゃない。

”でも、何を言ってもひなたくんはきいてくれな……”

「それはお前らの問題だろ!?そんなの俺に言われたって知らないよ。聞いてもらえないなら聞いてもらえるまでアタックし続けるしかないじゃないか。んなもん俺に電話かけてこなくてもわかるだろ?」

俺の答えは支離滅裂だ。それくらいは分かっている。だがその時はこれしか口をついて出てくる言葉がなかったのだ。


それから、どちらがしゃべるでもなく沈黙が訪れて。

そのまま、電話は切れた。





翌日、少し冷静になった俺は美桜の教室まで謝りに足を向けた。

電話では余計に話がこじれる気がしたから。

「美桜……」

呼ぶと、美桜は明らかに泣きはらした顔でこちらを見て……少し落胆したように俺に向き直った。

ああそうか。いつもはこのタイミングで後ろに陽向がいるから、それを探してたんだ。

「ごめんな。今日は一人で。」

この調子だと、どうもまだ仲直りはしていないらしい。

「ううん。」

「そいでごめんな、昨日は。俺も別のことでちょっと頭いっぱいで、当たったみたいないいかたになっちゃって。別に美桜だけが悪いってつもりじゃなかったんだ。」

「いいの、それは。あたしも悪かった。なんでも明楽にいっていいわけじゃないよね。子供じゃないし、自分で解決できることはやらないと。」

「まあそりゃそうだ。……昨日あんなこと言っといて何なんだけど、解決にはいつでも力貸すから。一人で抱え込むなよ。」

「ありがと。」

話はそれだけだから、と帰ろうとした俺に、美桜が一つの言葉をかける。

「明楽もね!!」

「ん?」

「明楽にも、ずっと傍にいてほしいよ。……わがままかなあ?」

俺は笑って返しておく。

「んー。わがままかもな。だけど俺は傍にいるなって言われても居続けるよ。友達として。」

それは望んだポジションじゃないけど。

美桜が、嬉しそうに笑った。




「おい陽向。いつまで拗ねてるつもりだ?」

斜め前にいる青年に声をかける。が、返事はない。

「美桜にも悪気はないんだって。ちょっとわがままいいたくなっただけだよ。証拠にすぐ謝ったろ?試合も見に行くって今日ははり切ってたしさ。」

ある程度話は盛っておいてもこのくらいなら罪にはなるまい。

しかしまだ彼の反応はない。

しょうがない。切り札だ。

「『初めて』なんだそうだよ?君。」

ぴくり、と肩が揺れた。よし、釣れたな。

「こんなに嫌ってほしくないと思ったのも、傍にいてほしいと思ったことも。ったく、幼馴染の存在ぶっ飛ばしてそんなこと言わせてんのはどこのどいつだよ羨ましい。」

しばらく陽向は固まったままだった。が、赤面しているであろうことは容易に想像がつく。


数秒たって、おもむろに陽向は席を立った。大方美桜のところに行ったのだろう。


これで、いい。


俺はいつまでも、彼女と彼をつなぐ媒体、携帯電話なのだから。


久しぶりの投稿です!いかがでしたでしょうか。

この物語は、私のお友達である明楽さん、美桜さんとその彼氏さんのひなたさんからお名前をお借りして書かせていただきました。(注!明楽さんは女の子です実際は!)


発端は、明楽さんが男の子だったらなんてかっこいいのだろう!という妄想と、美桜さんがあまりにもいじると可愛くなりそうな予感がした!!というだけの産物なのですが(笑)


よろしければ感想など頂けると嬉しいです。


最後に。名前を快くお貸しくださった三名の方に感謝を込めて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか切ないですね…(>_<) いやはや私事なのですが、最近ヤケに恋愛というモノに縁がありまして、ちょっとぐっと来ます←誰が悪いわけでもなくて、でも三人の気持ちも分かるような、そんな微…
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