帰巣天涯
美波楓が死に、千尋にその殺人容疑がかけられてから4日目の朝を迎えた。
寒気が止まらない千尋は、少し涙目になりながら、ある百貨店のビルの屋上にある電装広告の裏で一夜を過ごし、朝日が周囲を照らしてからも、しばらくその場でボーっとしていた。気持ちの整理をつけたかったのだ。
弁護士を締め上げて黒幕の名を吐かせる作戦は、みごと失敗に終わった。
収穫ゼロの上に謎の黒スーツ参上で、千尋は至近距離でヒトの頭が砕ける様をモザイク無しで見せられるハメに。トラウマ確定だった。
後はもうどこをどう逃げて来たのか。
陶器か何かのように欠け、中からドロドロとしたドス黒い赤色の何かを溢す元弁護士の有様を見てから、後はもう無心でただひたすら突っ走るという。そういえば前にもこんな事があった。
一瞬前まで引き攣った笑いを浮かべていたひとりの人間が、気味悪く痙攣する肉の塊に成り果てる。取り返しのつかない不可逆の変化は、「壊れる」という表現が嵌り過ぎていた。肉体、命、人生、その全てが。
それに比べれば、美波先輩の死に様は遥かに綺麗だったと言えた。
(いや……どっちにしろ酷い話だよな)
強いて言えば、先輩の棺桶は扉を開いておけるのが救いか。
赤坂弁護士のも不可能ではないだろうが、半分は作り直さねばならないだろう。ならば、いっそ一から作った方が見栄えもよくなるのではないか。そんな自分の考えに、また吐き気がブリ返す。
爽やかな空気とは対照的に、気分は最悪だった。一睡も出来ないまま、そろそろ早朝とも言えない時分。
我ながらよく何時間も何もせずに呆けていられる、とは思うのだが、正直言ってもう何もしたくない気分だった。
何にもする気力が湧かず、今捕まれば何の後悔もなく、無実の罪をひっ被る事が出来そうだ。
(映画とかゲームみたいにはいかんよな……。これならさっさと自首して……その前に自分でまともな弁護士探しておけば、少しはマシな事になるんじゃないの?)
もう諦めて、せめて死刑にならんことだけを祈ろう。
評判のいい弁護士を探して、少しでもまともな刑事のいる警察に出頭出来れば、少なくとも今より悪い状況にはならないだろう。
その後、例え無実の罪で有罪になっても、最悪死ななければ―――――
どうだというのだろうか。
(刑務所で……未成年って懲役最大何年? 出て来たとして、そこからどうすんの?)
何気なく、電飾広告と屋上の隙間から地上を見下ろす。
出社、登校の時間帯はとうに過ぎ、百貨店向かいの駅へ行くヒトは疎らになって、今はひとりひとりの顔が識別できるほどだ。
買い物に来たらしきの主婦。会社の制服を着ているOLらしき女性。どう見ても遅刻だが急いでいる様子も無い女子高生達。
制服姿の女子生徒達は、そのひとりひとりが、どこか美波楓に似て見える。
(――――ってそれは言い過ぎか。先輩の方が美人……いやいやそうじゃなくて)
などと失礼な事を考えたりもした。
先輩が生きていたら。そんな取り留めも無い考えが、道行く人々に掻き立てられる。
美波先輩と自分、二人の人生が終わってしまった、と思った。だが本当にそうだろうか。
全て諦めて、自分を納得させてまで、負け犬の人生にすがりついてどうしようというのか。
そして、自分がこのまま足を止めてしまったら、先輩の死にはどう決着を付ければいいのか。
相変わらず五里霧中で、光明なんてさっぱり見えない。それでも、自分以外に先輩の分まで、何かが出来る者はいない。
呆けたままだった千尋に、その想いが少しずつ活力を与え始めた。
「ハァ…………。弾を喰らっても死なないのは、まだ来るなって事ですか……美波先輩」
痛む(ような気がする)首筋から後頭部をさすりつつ、千尋は重い(気がする)身体を起こした。
長時間動いていなかったので、「ん~~~……」と背伸びし身体をほぐすと、カコン、という音が足下で鳴る。
そこには、歪な形をした鈍い銀色の物体が転がっていた。大きさは、人差し指の先端程度だった。
「……これは……やっぱりアレなんだろうな……」
『そうね。9ミリ拳銃弾。まぁ大したことないわ』
銃弾である事が既に大問題なのだが、その事には突っ込まずに千尋は自分の背中へ手をやる。
秋葉原の工事現場から拝借してきた、どこかの建築会社のジャケットの背には、複数の小さな穴が空いていた。
「………ハハ……」
『身体に穴が空いてたら、もうとっくに死んでるわよ』
「うん………ラッキーだと思え、って?」
『そうそう、その調子』
外れてなんかない。千尋はしっかり弾を喰らっていたのだ。その上で、身体のどこにも穴は空いていない。
くすんだ水色のジャケットを日の光に翳すと、十数個の光の筋が千尋へと差し込む。シャツも似たような事になっているのだろう。
「……夢なら……いい加減覚めてくんないかなぁ……」
『コラ、後退するな。いい加減受け入れなさい。腐れ弁護士挽肉にするって息巻いてた、あの時のキミはどこに行ったの』
「い、いま肉がどうか言わないでくれるかな……!?」
思い出してまた吐きたくなった。吐くような物は胃の中には入っていなかったが。
もう丸三日近く、千尋は飲まず食わずの状態だった。空腹感はそれなりだが、身体がダルイとか力が入らないとかお腹が空き過ぎて眩暈がする、等の症状は全く無い。
「……食べる必要すらないのかこの身体……」
『いや~まぁ……食べられる分には食べといた方がいいわ。食べても無駄にならない筈。きっと』
普通人間は食べないと死ぬんだ。そして、天の声の曖昧且つよそよそしいこの科白は一体何なのさ。
今のところ公開指名手配とかはされていようだが、現金もカードも警察で没収されている千尋には、どの道食料品店や飲食店を利用する事は出来ない。
盗みをする気は毛頭ないが、かと言って家に帰って何か食べるというワケにも行かない。
親類や知人に頼る気も起きなかった。下手に顔を出して、身内まで巻き込んだ挙句に取り返しのつかない事になれば、一生立ち直れる気がしない。
水くらいならば公園でもどこでも飲むことは可能だろう。食べ物は、いざとなったらゴミ箱を漁らねばなるまいが、そう覚悟してしまえばどうにかなるような気がしてきた。
銃弾を寄せ付けない身体。手錠を引き千切るパワー。クルマ並みの速度を出せる脚力。恐らくは、飲食の事も大丈夫だろう、と今だけは思い込みたい。
(今は……『幸運だと思える』……か。信じていいのか……? でもこれなら美波先輩の敵も――――そうか、敵討 か)
今更ながらに、千尋は自分の行動に意味がある気がした。
『敵討』というラベルを張られ、初めて明確なる生存目標。単に自分が救われる為だけではない。何かしらの意義がある行いにしたい、と。
千尋の胸に小さな火が燈り、冷え切った身体を徐々に熱していった。
「………弁護士は……自業自得だろうけど死んじゃったしな。いよいよ警察相手に戦争仕掛けなあかんのか」
『やる気になってくれるのは嬉しいけど、例の刑事を締め上げても素直に吐くタマじゃないでしょうね。狙うとしたらその上司かしら。刑事を手駒にするにしても、自由に動かすには最低でも直属の上司がそれを許さないといけないしね』
「……もしかして、その上司の名前も知ってたりする?」
知っていた。
滝口史郎。浜崎南署刑事課課長、55歳。階級は警部補。
しかし本当に何者なのだろうか。いや、刑事課長じゃなくてこの声は。
自分の知らない情報を持ってる時点で、やはり自分の脳内の第二人格とかじゃないとは思うが。
敵ではないようだが、かと言って積極的に助けてくれるでもなし。しかし弁護士の実名と住所然り、刑事課長の情報然り、重要な所では助けになってくれているという。
(……オレの考えている事が分かるワケじゃないんだよな、多分。……おい年増BBA……)
「………」
文字通り、内心でビクビクしながら正体不明の相手のリアクションを待ってみる。が、反応が無かった所を見ると、予想通り考え(頭の中)が読まれているワケではないのか、それとも千尋の中傷を全く意に介さなかったのか。
相も変わらず内も外も問題だらけではあるが、とりあえず考えなくてはならないのは、新たな情報源に対してどう当たるかだ。
「……せめて気の弱い刑事である事を祈ろう……」
『そんな刑事は少数派だと思うけど。それと、良心が痛むのならヘンな事は考えないことね』
「へぇ……!?」
色んな意味で、もはや安息の場所など皆無である事を再認識させられたドツボの少年は、去り際にもう一度、平穏そのモノの世界を見下ろした。
今のところ、帰れる気は全くしなかった。
◇
犯罪少年〝M〟。牧菜千尋は神奈川県浜崎市のある住宅地に住んでいる。
家自体は日本人らしい普通に手狭な一戸建てで、千尋の父親が中古で購入後に耐震補強などのリホームを行ったものだ。
家族構成は両親と千尋の3人のみ。父は中堅サラリーマン。母は同じ職場で父の上司をしており、夫婦の立場は少々微妙な事になっているようだ。
そんな母が会社の海外事業の立ち上げを任され、父を連れて欧州のどこかへ長期出張してしまったので、高校生のひとり息子が留守番をする事になり。
「それでストーカーにねぇ……。親御さんはどう思ってんのかね」
その辺りのインタビューも遠慮無くされている事だろう。良識あるマスコミも、ゲーム理論、やらなければ負け、であるからして、家族の心情への配慮、とか綺麗事は言っていられない。
先日も閑静な住宅街は、記者や報道の人間で賑やかだった。
念の為に、と牧菜家に不法侵入を犯して電気水道のメーターも確認したが、水道は動いていないし電気も待機電力程度の消費しかなさそうだ。つまり、誰も帰っていない。
大手紙の人間を装うのも記者の嗜み(自論)。特にご近所の人間に取材するときには有効だ。
道往くヒト、庭先に出ているヒトを捕まえ偽の名刺を出すと、関わり合いになるのを避けようとする人間が多い半面、喋りたがりの自称事情通も必ずおり、ペラペラと先見性の高い御意見を聴かせてくれる。
とはいえ記者も玄人。その辺は聞いていても話半分だ。
(しーかし、あんまり知らないとか言ってた舌の根も渇かんうちから、よくもまぁ想像と思い込みを当たり前みたくに話せるもんだ……)
マスメディアとは人々の潜在的な思惟を具象化する一面を持つ。だがそれは、決して事実に則しているとは限らない。
大学のマスコミ論でそんな講義を聞いた事があったのを、〝週刊ファクター〟の記者、野口真太は思い出していた。本来はその後に、『だからこそ――――――』が付くのだが、全てを覚えているほど熱心には講義を受けていない。
事実が、人々の望む真実で在るとは限らない。そして、資本主義社会で紙面を売るには、人々のニーズに合ったものでなくてはならないのは当然の事。
真のジャーナリズム。現実を事実として世論に問いかける。それが例え、人々が目を背けたくなるモノであっても。
そんな青臭い事を言う気は毛頭ない。あくまでもプロとして、売れるモノを書くだけだ。
(読んだ人間が存分に、気持ちよく腹を立てる事の出来る、身勝手な青少年の主張か……それとも、警察を全面的に糾弾出来る、わかりやすーい陰謀か。後者なら、でかいネタだ)
マスメディアの使命などではない。飽くまでも記者としての金と名誉、その為だ。言うまでもなく、容疑者にされた少年の無罪を証明しようなんて気持ちはこれっぽっちも無い。
青少年の主張にしても陰謀論にしても、どうにかして警察より先に容疑者と接触したい所だ。
容疑者〝M〟こと牧菜千尋の通う学校で聴き取ったところ、実際〝M〟はテレビのインタビューで誰かが言ってた様に根暗だったワケでもなく、友達が居なかったという事実も無かった。
それどころか、なかなかどうして隅に置けない所もあったとか。
件の美波楓との関係も、テレビなどで云われているような陰湿なものではなく、非常に仲の良い間柄だった。付き合っていたという事実が無いのが不思議なくらいに。
その上、家が隣同士で、同級生で、女の幼馴染までいるというのだから、彼女無しで大学まで通してしまった身からすれば甘酸っぱくも羨ましい話だ。いっそ死刑になればいいのに。
家が隣同士なのだから、家が隣同士なのだから―――大事な事なので二度言ったが―――、その幼馴染に会うのは簡単だった。学校帰りを待ち構えればいい。
だが、
「蒼鳴夏帆さん? 恐れ入ります、東日新聞の―――――」
「取材なら一切拒否しますごめんなさいさようならッッ!!!」
「――――ふ、藤木と申しまーす……」
張り手のような息継ぎ無しの取材拒否を受ける直前には、藤木―――もとい野口真太―――は(あ、こりゃダメだな)とまともな聞き取りが出来ない事がわかってしまった。
牧菜千尋の幼馴染、蒼鳴夏帆は、インタビューを求められて曖昧に笑い、口が重いフリをしながらペラペラしゃべってくれる意志薄弱な若者の典型とは対極だった。
表情や見た目からして、強い自意識が垣間見える。
学生らしさを無くさない程度に明るめの色をしたミディアムボブ。割と整って配置される顔のパーツ。特にハッキリとした目鼻立ちは、表情と併せて可愛いというより凛々しい。同性にモテそうだ。
部活動は体育会系だろうか、背筋が伸び、手足もスラリと長い。活発さが覗える。
してスレンダーかと思いきや、胴体の胸、腰、尻から太腿は制服の上からでも分かるほど、クッキリとメリハリが付いていた。
確固たる拒絶の意思表示と、この三日でよほどマスコミが嫌いになったのか、強烈な敵意の込められた瞳に射られれば、これはもう話を聞くどころではない。
結局、件の幼馴染は胡散臭い自称記者に構わずに家に入ってしまい、野口真太は容疑者の少年像を聞く事は出来なかった。
◇
牧菜家と蒼鳴家は、ほぼ壁を接するようにして並んで建っている。しかも、子供部屋の窓はお互いに向き合っているという、幼なじみの古典文学を地で往く作りになっていた。
とはいえ、設計した建築士が意図したワケでもあるまいし、それに現在は蒼鳴家の子供は部屋を客間に移して使っている。女の子の方が中学に上がると同時に部屋を代わった為だ。
その頃から、牧菜家と蒼鳴家の子供―――千尋と夏帆―――はあまり話をしなくなった。いつまでも子供ではいられないという事だろう。
しかし、先日から夏帆は、大昔に取り換えた筈の父の部屋で寝ていた。窓を塞いでいた本棚をズラし、時々、何をするでもなくその方を見ている。
有無を言わさず部屋を占領された父も、その娘の心境を慮って何も言わなかった。そして現在は居間で寝起きしていた。
今日も鼻息荒く帰ってきた夏帆は、「ただいま」も言わずに部屋に入って、制服のままベッドに飛び込む。少女が帰ってくる前から、父の部屋では何故か、姉が文庫本を読んでいた。
どうしてこの部屋に居るのか、それを聞く気にはなれなかった。基本的に夏帆の姉は自由人である。自由過ぎて出戻りだった。
姉の手前、露骨に牧菜家の子供部屋を見るのも気が引け、夏帆はベッドにうつ伏せのままウンともスンとも言わない。
妹の性格を把握しきっていた姉は、
「心配ねー千尋くん。いっそ海外にでも逃げていてくれてるといわねぃ」
素直ではない妹対応で、少し遠回しに意中の人物の話を振ってみた。
「なんでよ? 逃げたら自分が犯人ですって言ってるようなものじゃない……。あいつが何とかって先輩を殺せるわけないんだから……千尋に、そんな度胸無い……」
気が弱いくて虐められても言い返せない。争い事が嫌いな幼馴染だ。多少情けなくも思わなくもないが、その性格は羨ましかったり好ましかったり。
かと思えば、一人で黙々と難儀な作業をこなして骨を見せたりもする。派手なアクションとは無縁の少年だ。
ストーカーの末に殺人を犯し、警察から逃亡するなど、どう考えても千尋のキャラクターと一致しなかった。
そんな少年が、一体何の因果でサスペンス映画を地で往かねばならないのか。
今更わざわざ言われるまでもなく、今現在、千尋本人の現実感が一番欠落していたが、それを幼馴染の姉妹が知る由も無かった。
「千尋くん、ああ見えて根性は結構座ってると思うけどね。あんたのワガママに今まで付き合ってきたワケだし」
「……どういう意味よ? わたしあいつにワガママなんて押し付けた覚えないけど?」
ちなみに、千尋を虐めていたのはほとんどこの姉妹、特に妹の方であった事を付け加えておく。
小さな頃から習っている空手の相手をさせたり、自転車に乗って千尋を―――徒歩のまま―――引きずりまわしたり、夏の暁―――日が出る前―――に寝ている所を無理矢理連れだし、カブトムシを取りに行ったり、と。分かりやすいガキ大将だった。
この幼馴染が何か無茶を言う度に、大抵千尋がエライ目に遭っていたのだが。
「それに度胸だってあるんじゃない? あんたホラー映画ダメだって千尋くんにすがりついてたけど、千尋くんは割と平気そうだったし―――――」
「いいいいつの話よそれ!?」
加えて、夜トイレに行けなくなり、窓を乗り越えて千尋をトイレ―――牧菜家の―――に引っ張って行った事は夏帆の忘れたい過去の汚点の一つだった。子供の頃だったら小水の音くらいどうという事はないが、今やったら何か特殊なプレイである。
「――――あんたにもうちょっと度胸があったら、とっくに千尋くんとくっつけてたのにねぇ……幼馴染だって安心してたら……。千尋くん、あれで落ち付きが出来てきて、それで相手をじっくり見られるような女には結構モテるよ?」
「や、やめてよお姉ちゃん! 幼馴染だから付き合うなんて逆に有り得ないし! それに、あ、あんな地味でフワフワしてパッとしないの、好き好んで付き合おうなんてのがいるワケ………」
真っ赤になって否定する夏帆だったが、言うにつれて語尾が小さく萎んでいった。
学校で何度か、千尋と死んだ先輩が話しているのを見た事がある。色恋の経験に乏しい少女でも、あの先輩の千尋へ向ける貌が、ただの後輩に向けるものではない事は、なんとなく感じていた。
改めて夏帆は(べ、別にどうでもいい事だけど……)と、誰へでもなく弁解するような前置きをするが、(ち、千尋は先輩の事、どう思ってたんだろ……)と考えるに、何故か胸の中がモヤモヤと落ち着きが無くなるのだ。
「じゃわたしがもらっちゃおうかなー、千尋くんがバツイチでも良かったら。あんたも千尋くん釘付けにしておけば、ストーカーなんて嫌疑をかけられずに――――――――ごーめん……冗談よ」
「…………」
調子に乗って、少し踏み込み過ぎたと反省する姉。
しかし、いよいよグウの音も出さなくなった夏帆は、枕(父用)に顔を埋めて反応を返さなかった。
「………携帯、電話してみた?」
「………警察が出た」
千尋の所持品は押収され、メールや着信履歴を警察が調べている。一方では、どういった経路かメールの一部がマスコミに流れ、どう見ても世間話程度の文面を、ストーカーの執着とも言える文だ、という扱われ方をしていた。
どうして自分に助けを求めないのか。せめて無事かどうかだけでも知りたい。
行き場の無い想いは精神的な消耗を強いるほどに募っていたが、ただの高校生に過ぎない少女には、その気持ちの持って行き場が無かった。