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Inside Eyes on outside



 夜11時、ニュースの時間帯。

 トップニュースは、東京首都高速道路が事故によって、一部区間が通行不能になっている、との内容だった。

 同時刻に高速道路をヒトが猛スピードで走っていたことや、事故現場にほど近い弁護士事務所で、弁護士が射殺体で発見された、等はニュースになっていない。

「子供ひとりに何を手間取っている! 死体でもいい、なんとでもなる! 要は世間が納得する犯人がいればいいんだ!」

 霞が関の某所。

 しつらえの良い高価たかそうな調度が揃えられている部屋で、スダレ頭の恰幅の良い男が怒鳴っていた。

 大画面テレビのニュース映像は、『ストーカー殺人容疑の少年、未だ捜索中』と見出しが変わっている。報道では、警察の捜査が急ぎ過ぎなのでは、というキャスターのコメントが出ていた。

「……関テレか……スポンサーは……。番組製作サイドには国民に何を放送するか、きちんと留意してもらわねばな」

「………は」

 話を振られた扉の脇に立つ男は、簡素に短く答えただけだった。

 千尋を襲った人間と同じ、黒いスーツで身を固めているが、裏の仕事に関わる職種は大抵がこのような感じだ。個性を排し、れに紛れて責任を曖昧にし、非道な行為を自分に容認させる免罪符なのかもしれない。

 ただし、予想外の千尋の暴れっぷりに泡を食った男達とは違い、その部屋の黒スーツは雰囲気から違った。

 正面に立つのも恐ろしい座った双眼に、アゴを斜めに走る傷が凄みを増す。見た目そのままに、何事にも動じない沈着冷静な男だ。

「そもそも4人で出張ってどうして取り逃がすような事になったのだね? 相手はただの高校生なのだろう?」

「は……一時確保しましたが捜査官の隙をついて逃走し、その追跡中に事故を起こしてしまった為に追跡を中断しなければなりませんでした。現在は情報から対象を捜索中です」

 『捜査官』を統括する立場にあるアゴ傷の男は、部下から正確な報告を受け取っていた。もっとも、千尋の逃げっぷりを直に目撃した当人達でさえ、何が起こったのかを理解出来ていなかったが。

 曰く、少年は片腕で小太りの弁護士を逆さ吊りにし、体重100キロに近い男が二人がかりで床に引き倒していたのを跳ね返し、事務所内の壁とガラスを突き破り、勢い余って公用車に激突して車体を凹ませ、銃弾をかわしながら有り得ない速度で逃走。終にはクルマを振り切って逃げおおせる。

 当然、そんな事は上役には報告出来ないので、アゴ傷の男は報告を自分の所で止めていた。内容だけ聞けば正気を疑う他ないだろう。『ただの高校生』どころかそんなモノ、人間ですらない。

 かく言うアゴ傷の男も、報告全てを鵜呑みに出来ないのは同じ事。改めて、牧菜千尋の経歴と背景を調べ直す必要を感じたが。

「逃走したままとなるとマスコミが面白おかしく書き立てる。まぁ、それはどうとでもなるが、面倒な事になる前に犯人ごと事件に蓋をしてしまうのが一番だ。……これからどうするのかね?」

「対象は真犯人を探してる節があります。恐らく、牧菜千尋は警察と弁護士が揃って強行に自白を迫った事に不審感を覚え、背後に真犯人と繋がる者がいる事を察した……。弁護士の所に行ったのは、指示した者を聞き出す為と思われます。……なかなか根性がある」

 堅物そのものといったアゴ傷の仏頂面に、この時僅かな笑みが浮かんだ。

「感心している場合か、狗城くしろ!」

 取るに足りない存在であるただの高校生に、追い詰められるワケが無い。と思っていても、笑い事にする気にもなれないスダレ頭は小物のようにわめく。

「……とにかく、子供ひとりに辿たどられる事なんて有りはしないだろうが、何かやらかしてこれ以上世間の連中の目を集めるような事は避けたい。だから、任せてもいいな?」

所轄しょかつは対象の立ち回り先を監視していますが、対象が事件捜査をしているのなら我々はそちらを目星に網を張ります」

 アゴ傷の男―――狗城―――の答えにひとまず満足し、スダレ頭の壮年男性は落ち着きを取り戻す。その恰幅の良い身体がソファーに沈み込むのを見る事も無く、狗城は無言でその部屋を辞していった。


                            ◇


 3日前の夕刻、神奈川県浜崎市のある改装中の雑居ビルで、高校生の美波楓が変死体で発見される。

 司法解剖の結果は、絞殺。首を絞められての窒息死だった。

 神奈川県警浜崎南署は、死体の第一発見者である被害者と同じ高校に通っていた男子生徒、〝M〟を美波楓の殺人容疑で逮捕。〝M〟は以前から美波楓に対して偏執的な執着―――所謂いわゆるストーカー行為を行っており、当日も街を歩く被害者をつけていた事が、コンビニの監視カメラで確認されている。

 更に、被害者の首についた絞殺痕と、そこに付着していた上皮の遺伝子(DNA)が容疑者の物と一致し、容疑者が犯行を自白した事で警察は〝M〟を殺人犯と断定した。

 所が容疑者〝M〟を検察へ移送する途中、移送車が信号故障による車両事故に巻き込まれた際に〝M〟は逃亡。以後、警察の総力を挙げた捜索が行われて12時間以上が経つが、未だ容疑者の逮捕には至っていない。

「ん~……」

(でもなーんか胡散(うさん)クセ―んだなぁ……)

 主要放送局、そして大手紙はほぼ右にならえで少年〝M〟を犯人として取り扱っている。

 警察発表を鵜呑みにするのはいつもの事だが、少年事件というデリケートな事件を捜査している割に、拙速とも言える展開の早さといい、事件担当の刑事が曰く付きの警官である事といい、気になる点が多かった。

 それに感付く事が出来たのも、野口真太の事件記者(自称)としての嗅覚故の事だ。

 野口真太、29歳。

 〝週刊ファクター〟で事件記者をやっている。と言うのは自称で、実際には事件記事よりも政治家や芸能人のゴシップ記事で紙面を埋める方が、仕事の割合として多い。

 身長180センチ。痩せ型。やや背中を丸める癖があるが、それは物書きの宿命なのだとか。

 自身では「フットワークが軽い」と言うが、編集や知人に曰く、単に軽薄なだけ、との事。

 記者としての能力や嗅覚はともかく、野口真太がこの『女子高生のストーカー殺人』に釈然としないモノを感じたのは確かであり、そして、今回はそれが正しかった。

 確信を持ったのは渋谷、道玄坂での一件を調べた際の事。容疑者の少年〝M〟の弁護を担当する事になっていた弁護士、赤坂英夫の事務所へ赴いた時だ。

 赤坂弁護士は、弁護士の間では『敗戦請負人』やら『消化試合処理業者』やらとかなり低く見られていたが、一方では怪しい筋から大金で仕事を受ける法曹便利屋として裏では知られた存在だった。

 冤罪事件、誤認逮捕、そういった噂が立つ事件では度々その弁護士が被害者側の法廷席に立ち、ほぼ確実に、警察にとって有利な結審となる。

 そんな男が少年の弁護に立つ時点で、事件の筋の半分は読めたようなモノだった。

 加えて事件担当の所轄署の刑事、倉林満くらばやしみつるがまた極め付きで、違法捜査や強引な取り調べ、自白強要、恐喝、証拠捏造、着服、と黒い噂には事欠かない汚職刑事の鏡だった。噂にすらならない汚い事にも、手を染めているのは想像に難くない。

 狂犬病、金狼、ゲイリー、ギロチン。そんな呼ばれ方をする刑事が、今まで逮捕も処分もされていないのは、裏に大きな権力が控えているからだろう事も想像できた。

 捜査の異常な進展速度。担当刑事と弁護士。何かあると感づいた記者やマスコミ関係者は他にもいるだろうが、大手になるほどスポンサーや名士とのしがらみで、報道の自由の語る本来の理念からは遠のいていく。だがそこは、中堅から弱小のメディアには関係なかった。

 実力本位、スッパ抜いた者勝ち。だから自分はここにいる、と野口真太は自分を納得させている。

 話を戻すと、弁護士事務所に赤坂英夫は居なかった。事故で事務所にクルマが突っ込み、赤坂弁護士は死亡したとのことだ。ちなみみに、ニュース報道などは全くされていない。

 現場はブルーシートで覆われ、赤坂弁護士は現在死体安置所に居る。中堅週刊誌のいち記者に、死体を見る事は出来ない。

 弁護士事務所にクルマが突っ込んだと言われている時刻と場所は、首都高速の支柱に車が突っ込んだ時刻と場所に非常に近い。近過ぎる。これで無関係と言う方が無理があった。

 そして首都高速の方の事件は、酒酔い運転で加害者死亡という当たり障りない結論が出ている。この加害者も死体安置所行き。死体は黒焦げだが歯型と手術痕で人物を特定済み。車も大破して警察の車両保管所行き。やはり週刊誌の記者には手が出せない。

(少年〝M〟に話が聞ければ……スクープになるかも、だ)

 事件の真相を押さえる事が出来ればそれこそ大スクープだが、仮に事件の結論が変わらなくても、逃走中の容疑者のコメントが取れれば、それだけでも大収穫だ。

 とはいえ居場所の検討など付かないし、警察の組織力を以ってしても見つからない人間を、ひとりで探せるとも思えないが。

(なんでもいい。モノになれば他紙よそに売っても……車の支払い……家賃……ローン……そろそろ大きなネタを……)

 ゴシップ記事で規定の給料を貰い、紙面を埋め、それで満足できる男でもなかった。警察に張り付いていた時期もあり、捜査のやり方というのも少しは知っている。

 この事件をチャンスと見て、同時に差し迫った問題もあり、なんとか記事にしたいと考える事件記者、野口真太は少年〝M〟こと牧菜千尋の調査を開始する事とした。



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