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餓鬼



 市民からの通報で5分とかからずパトカーが到着し、次いで到着した救急車によって倉林と同僚の警察官は救助された。

 激突した覆面パトカーと10トントラック以外にも、追突や脱輪を起こした車が交差点内には多くあった。

 事故の原因は信号機の故障。交差点の全ての信号が青になっていた為に起きた事故だった。歩行者用の信号機は逆に全て赤になっていたのが、不幸中の幸いだろうか。死者や重症者はおらず、一番の怪我人は倉林刑事だった。

 その刑事の怪我も、全てが事故によるものではない。

「倉林さん……被疑者は―――――!?」

 救急車の後部で応急処置を受けた倉林に、同僚の体格の良い刑事が近寄り語尾を潜めた。体格の良い刑事の方は脳震盪とガラスによる擦り傷程度で済んだが、倉林の方は鼻孔の裂傷に肋骨の骨折という重症を負っている。

 倉林と組んで1年と半分。体格の良い刑事は、沈黙する倉林の様子が嵐の前の静けさである事を知っていた。命を預ける同僚に言う事ではないが、仕事以外で付き合いたい性格ではない事も事実だった。

 これは救命士がいなくなれば、即、爆発するだろうな。とその時の事を想像して胃の縮む思いをする同僚の刑事だったが。

「……あの……クソガキ……」

 その憤怒は、既に外に溢れだしていた。

 大人しく犯人役を演じていればいいものを、面と向かって犯行を否認しただけでも許せないと言うのに、無礼にも自分に向かって牙を剥き、あまつさえ足蹴にして屈辱的なクツ痕と、軽くない傷を付けるとは。

 倉林のニヤニヤ笑いは完全に失せ、その顔色は怒りで真っ白に凍りついていた。

「渡辺ぇ……すぐに広域手配かけろ。写真バラ撒いて制服どもを総動員しろ。タクシー、バス、電車、脚になりそうなもんは全部見張らせろ。署の連中にマル被の立ち回り先調べさせて―――――」

「まだ動かないでください! 折れてるんですから―――――」

「――――そんなこと分かってるゥ!!!」

「――――ギャッッ!!?」

「く、倉林さん!!?」

 処置の最中に動こうとした重症の刑事を、押し止めよとした救急隊員だったが、プライドの傷に触れられ激昂した倉林に突然殴りつけられた。理不尽な警官の暴力を、同僚の刑事は止めるいとまもない。

「オレの、何が、折れてッ! クソッ! ジャマするな、クソがァ!!」

「や、やめてください倉林さん! 拙いです! 目があり過ぎます!!」

 鼻を折られてうずくまった救急隊員の横腹を、癇癪かんしゃくを起した刑事は容赦なく蹴り続けた。

 突然の暴力を、周囲にいた他の救急隊員、警官、野次馬が目撃する。同僚の刑事のフォローも遅すぎた。

「……フッ……フッ……」

 僅かだが怒りを発散した倉林も、その状況を理解できる程度には冷静になった。足下には嗚咽を上げる救急隊員に、周囲の目。

 倉林は少し考えて、

「大丈夫ですか看護師さん! すいません、怪我で少しフラついてしまって、つい膝が当たってしまいました……大丈夫ですか?」

「――――ゥグ……あ、あんた何言って―――――!!」

 ワザとらしい大声でそんなあり得ないファンタジーを聞かされ、理不尽な暴力に晒された救急隊員は抗議の声を上げようとした。

 だが、脇腹を押えて膝をつく救急隊員と同じ目線に下りて来た刑事は、

「訴えても無駄だ、やめろ。私はお前に何もしてないし、お前も何もされてない。どこかに訴えたりすればお前は自殺・・する。警察も自殺と判断する。死体は不審個所無しとして司法解剖にも回されない。事件にすらならない」

「――――ッ……!!?」

 ニヤニヤとイヤらしい神経に触る笑みを向けながら、小声で一息に捲し立てた。

「わかったな?」

 不条理過ぎるが有り得なくもないシナリオと、相手を同じ人間と見ない見下し切った目に、救急隊員はそれ以上何も言えなかった。

 少し前の自分同様、真っ白に固まった救急隊員を見て溜飲を下げた倉林刑事は、改めて同僚の刑事、その狂気に触れて少し青くなっている男―――渡辺へと向き直る。

「あのガキはまだ2キロも逃げていない筈だ。ヘリも出させて―――――」

「く、倉林刑事!」

「――――今度は何だぁ!!」

 そこに、横から割って入る制服警官がいた。

 先の凶行を見ていた警官は、青くなりながらも辛うじて倉林に敬礼を向け、やるべき報告を行う。

「し、署長より、す、速やかに報告を入れるよう、無線で連絡が入っておりますッ!」

 話を中断させられ、沸点が低くなっていた倉林が一瞬頭に血を上らせるが、直立不動になっている若い制服警官の報告を聞くと、あっさりと平静を取り戻した。

 特に意識するでもなく、本来携帯が収められている筈の胸ポケットを探るが、そこに携帯電話は無かった。

「…………渡辺、お前携帯は?」

「ポケットに入れてましたが液晶が割れていました。壊れたようですが……倉林さん、署長は……」

「………大方、事件を気にしている『先生』に突っつかれたんだろう」

 内容もおおよそ見当が付く。犯人役の少年が脱走した事が知れたのだろう。

 言われなくても地の果てまでだって追い詰めて縊り殺すつもりだし、今すぐにでも自分に刃向ってくれた虫けらを追いたい所だったが、相手が署長ではそうもいかなかった。

「渡辺」

「手配かけました。2キロ以内に検問。交通機関には監視。各派出所に写真を送り、ヘリで上空からマル被を捜索します」

「……よし。私達は一度戻るぞ」

 直立不動の制服警官を残し、倉林と渡辺の両刑事は、適当なパトカーに乗り込みその場を離れる。

 信号は既に復旧したようだったが、事故車両の撤去はまだ始まってもいない。

 ニヤニヤとイヤらしい笑みを絶やさない倉林は、その内心では責任者を射殺してやりたい気分だった。警察の管轄だと言うのがまた腹立たしい。

 しかし、仕事を楽しむ事を知っている倉林は、今後の事を考えて気持ちを切り替えた。相手はただのガキ。誰の助けも無い。警官の総動員体制下で逃げられる筈も無く、すぐに捕まることになるだろう。

 ストーカー殺人犯であり、警官に暴力を振るって逃げた逃走犯。自分の前に引き摺られてきたら、その時にたっぷりと自分のしでかしたツケを払わせてやればいい。そう思うと、また食欲が湧いてきた。

 今度は牧菜千尋の家族なり身内なりも呼んで、揃って不条理と理不尽に震えて逃げ場の無い感情に転げまわる様が見られるだろう。それをじっくりと見物しながら食べる食事は、きっとこの上なく美味なものになるのは間違いないが、そうなると主食が問題――そうだ、今度はアツアツのステーキがいい。

 それに、もうひとつ倉林は楽しみを見出す。携帯電話も新しく購入しなければならないのだから、今はどんな機種が良いのか調べなければ。



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