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 そして千尋は丸一日、深い眠りにつく事になったのだが、その間に世間では凄まじい勢いで事態が流れた。

 まず最初に、夕方のニュースで総務大臣の電撃辞職報道から始まり、記者会見で大臣辞職の経緯説明が行われた。とはいえ、その時点では本人の希望による辞職である、との事しか説明されなかった。

 ほぼ同時に、国家公安委員長の交代がマスコミにも向けて発表されたが、こちらは「健康上の理由」とだけで、メディアの扱いも小さかった。総務大臣の悪事だけでも致命的なのだから、他は可能な限り穏便に、という政府レベルでの考えあっての事だった。

 深夜から早朝最初のニュースにかけて、また朝刊の記事で、総務大臣の辞職の真相が公表された。

 現職総務大臣による殺人と、警察、検察、弁護士の共謀の元、その罪を被害者の身近の人間に着せるというセンセーショナル過ぎる内容に、世間は大騒ぎを通り越して一種の暴走状態に陥った。マスコミはさも正義の報道を行っているように関係者を糾弾したが、その話は脇に置く。

 議員は自ら職を降り、議員も辞職して正式に逮捕、起訴されたと報道されたのが昼の事。千尋はまだ寝ていた。

 その報道が出てから即、浜崎南警察署が()総務大臣から指示を受けていた警察署長以下、関係する10数名を処分したと記者発表を行った。

 同時に、不当捜査の犠牲となった美波楓の遺族と、冤罪をかけられた少年とその家族へ向け、新任の副署長ら警察署の幹部がカメラへ向けて頭を下げた。肝心な少年はまだ寝てたが。

 後日、副署長らが自ら牧菜家へ赴き、正式に謝罪する事になるだろう。

 現職国務大臣の、身勝手でありながらその権力が存分に振るわれた陰謀に、警察、地検、弁護士、各方面で大規模な内部調査が行われる事になった。

 また、設立された事件の調査委員会で重要な役割を果たす事となる千尋の録画した映像だが、何故か千尋が撃たれたシーンは映像が乱れていたり、顔が判別出来なくなっていた。しかし、事件調査においては特に問題視されなかった。

 ちなみにこの画像は後日ネットに流出し、月間で史上最多の再生回数を記録する事になる。

 この一件が効いて、総理の任命責任やら総務大臣とのしがらみの構図を槍玉に挙げられた内閣は、事前事後の対応も虚しく支持率が垂直方向に急降下。総理大臣が辞め、内閣総辞職となったのがひと月後の事だった。

 事件後より一ヶ月間は、富岳玄一()総務大臣の過去の疑惑や犯罪が次々と明るみに出され、報道は政治家の汚職と陰謀、その一色に染まった。

 〝週刊ファクター〟の記者、野口真太は千尋が名前を借りて投稿した映像によって一躍有名ライターとなり、事件から一週間後に入魂のルポルタージュを所属誌に掲載した。


                               ◇


 人の噂は75日。だがひと月も経つと、どれほど衝撃的な事件でも目新しいネタが無くなり、報道も落ち着き始める。

 千尋もひと月の間に色々あったが、どうにかそれなりの日常を取り戻しつつあった。

 それでも、学校では未だに奇異の目で見られるし、野口が上品に見えるほど下世話な自称事件記者は近づいてくるし、海外から一時帰国した両親は、千尋の傍にいる為に会社を辞めようかと言い出す始末。辞めないように説得するのが大変だった。

 完全に以前と同じになるのにどれほどの時間がかかるのだろうか。と、日常に復帰した頃には思っていた。

 随分甘い事を考えていたと思う。

 もう二度と、以前と同じにはなれないと、散々泣いたあの日に分かっていた筈なのに。


 校舎屋上の給水塔の陰には、いつか誰かがてたタバコの吸い殻が転がっていた。

 雨風にさらされ、正体を知っていなければ、元が何だったか分からないような物体。

 思い出すのはひと月と少し前。あの時も給水塔の土台に上り、美波楓と並んでいた。

「…………」

 風も随分冷たくなり、時節は冬に移ろうとしている。

 あの時見上げた高い空。しかし今に思うと、美波先輩は千尋よりも随分遠くを見ていたような気もした。


 事件終結から半月が経った頃、千尋は美波先輩に報告しようと実家を訪ねたのだが、美波先輩のご両親は随分前に離婚し、先輩は祖母の家で生活していたのだとその時になって知った。

 普段は明るく、飄々(ひょうひょう)として誰からも好かれる女の子だったが、その実本当の姿といえるものは、誰にも見せていなかったのではないか。

 リスクをおかしてまで学校でタバコをたしなみ、学校から出ると――

 美波先輩の祖母が、目をうるませて生前の孫の事を語る姿が忘れられない。

 今を生きる人間に思い出は美しく、ただそれだけで良いと、千尋は強く思った。


 帰りの電車の車窓から見る街は、ここひと月の喧騒など無かったかのように、以前と変わらぬ装いを見せていた。

 家からの最寄り駅ではなく、市街中心に近い駅で降りた千尋は、駅前の花屋で花束を購入して裏通りを歩く。

 辿り着いたのは、青いビニールシートで前を塞がれた雑居ビルだった。

 あの日、千尋の運命が狂った場所。美波楓の人生が、終わってしまった場所。

 千尋が大泣きした数日後から、事件が見直されてこの現場にも随分多くの警官やマスコミが来たらしい。

 現場荒らして大丈夫だったか、と千尋はヒヤヒヤしたモノだったが、その後の警察からの聴取でも、特にとがめられたりはしなかった。

 千尋は、青いビニールシートを持ち上げ建物の中に入る。

 ()美容室のそこは、以前に野口と出会い、黒スーツに襲われた時とほとんど変わっていなかった。

 置きっ放しだった機械類や資材が無くなっていたが、ガランと空虚ばかりな印象はそのままだ。

 塗り直された白線の前に立ち、千尋は今度こそ目を閉じた。そうやって30分。何もせずにただ、千尋は立ち続ける。

 表通りからは建物一個分を挟み、裏通りには人通りは少なく、聞こえてくる音といえば、表通りに接する車道を走るクルマの走行音だけだった。

 千尋は、結局今まで誰にも言っていない事がある。

 千尋は以前、美波楓の死体を発見したのは、彼女の香水と吸っていたタバコの残り香を嗅ぎ取ったからだ、と言った。

 それは嘘ではなかったが、事実の全てではなかった。

 あの日、気紛れに帰り道を変え、この場所の前を通りかかった時、千尋は聞いたのだ。


『ちーちゃん♪』


「――――――ッセンパ……!!?」

 ハッと目を開け、周囲を見渡す。

 いつの間にか日は落ち、ビニールシートに光を透かして青く染まっていた室内は、真っ暗に染め変わっていた。

 室内には千尋ひとり、他には誰もいない。

「……………楓……先輩」

 千尋の声はかすれていた。長い事、ツバすら飲んでいなかったからだ。

 ヴウウウン……と、不意に千尋のポケットが振動しだす。携帯電話の着信だ。

 警察に返してもらったスマートフォンの液晶画面を見ると、そこには幼馴染の名前が表示されている。

 あの事件以来、幼馴染と話をする機会がほんの少し増えた。大半は文句だか説教だかお節介だったが、それを言うと怒りを買うので、言われるがまま相変わらずサンドバック状態の千尋である。

 あの事件で少しは打たれ強くなったかと思ったが、そんな事はなかった。

 千尋は携帯の着信を自分から切断した。別に無視しようというのではない。ただ、ここでは電話したくなかったからだ。

 返信すべく、千尋はきびすを返してビニールシートの側へ向かう。

 出口をくぐろうかという時に、最後に一度だけ、千尋は振り返った。

 室内は暗く、千尋の置いた花束だけが風景に白く浮き上がっている。

 もう香水の匂いも紫煙の残り香も感じられず、美波先輩の声も聞こえなかった。

「………それじゃ……先輩」

 別れを告げる根性は千尋にはなかった。これからもきっと、事あるごとに女々しく、いなくなってしまった初恋の人を想い続けるのだろう。

 たった半月で随分(ずいぶん)変わってしまった少年の(かお)を、銀色に光る筋が一条(はし)り、ホコリの積もった床に落ちていった。

 しかし、現実は千尋に浸る時間を許さない。送信相手の心情を示すかのように、気持ち激しく千尋の携帯電話が振動する。

 花束に背を向けて、今度こそ千尋は建物を出た。

「……はい……いや、ごめんちょっと都合が悪くて………何もないよ、そうそう何かあってたまるもんですかって………だからホントになにも……ってなんでそこでオレが怒ってるとかいう話に―――――――」

 幼馴染は相変わらずだ。

 帰ったらまたしつこく絡まれるんだろうなぁ、と千尋は若干肩を落とし、変え難い日常の風景へと家路を急いだ。


                             ◇


 某巨大企業の研究開発施設。そこの〝開発4課〟と呼ばれるエリアの一室に、彼女はいた。

 開発主任の肩書を持つ彼女の部屋は、その両サイドが個人用のスーパーコンピューターモジュールで埋め尽くされており、筺体に付属する無数のLEDが色とりどりに不規則な明滅を繰り返していた。

 彼女のデスクはその中央、入口に背を向けた反対側の壁に向かって存在した。

 デスク上にあるのは21インチのPC用ディスプレイとキーボード、それにコーヒーのマグカッだけだ。マグの中身はとっくに冷めていたが。

 ディスプレイには、人型の何かが映し出されていた。中学や高校の生物準備室で埃を被る人体の構造標本に似ていたが、そこに生々しさは一切なく、むしろ機械やロボットに近い印象があった。

「…………フム」

 ディスプレイに目を落とし、満足と不満足の中間のような溜息をもらしていたのは、妙齢の女性だった。

 少女とは違う、落ち付いた空気を持つ大人の女性。だが決して老けてはいない。

 焦げ茶色の長髪は飾り立てず、極僅かなクセに任せて波打たせている。

 理知的で整った化粧っ気の少ない貌を、シンプルなメガネが飾っていた。

(もっと派手にやってくれたらデータも集まったんだけど、まぁ良いわ。飽くまでも日常に溶け込めないと意味ないし。とりあえず、フル・スタンドアロンの躯体としては上出来ね)

 採取できたサンプルデータを参照しつつ、彼女は冷たくなったマグを手に取る。だが、口を付けるや否や、無かった事にするように元の位置に戻した。

(ただの義肢、義体だったら十分過ぎる性能だけど、それじゃダメなのよね。きっちり戦闘にも耐えて、G・Fにも劣らないって所を見せないと。警官なんかじゃ役者不足立ってのは分かりきってた事だけど)

 おおむねね、ここまでは彼女の想定した通りの結果を得られていた。

 しかし、満足するにはほど遠い。

 彼女は証明したかった。

 人間はあらゆる事象現象に比していちじるしくもろく、そして、既成概念の突破こそが、この事態を打開しうるという今更証明するまでもない筈の事実を。

(あの()だってそれは分かっているんでしょうに、あんな間に合わせの寄せ集めで満足しようだなんて)

 この研究は極秘のモノだった。自分の所属する企業にも、そして組織(・・)にも。だからこそ、社のメインフレームは使わず、自分の私物のPCだけで事を進めざるを得ないのだ。

 企業のメインフレーム、あるいは、組織(・・)のシステムが使えれば、もっと細密な予測値を出して実働実験に挑めるものを。

(侵入してもいいけけど、どうせ〝知恵者ソフィア〟や〝前知者プロメテウス〟の対応で余計な労力食うのよね。だったら、パワー足りなくても自分のを使った方が効率いいわ)

 フンッ、と鬱積うっせきするモノを鼻で吹き飛ばし、彼女はコーヒーをれ直しに部屋を出る。

 ディスプレイには、次の計画概要が表示されていた。

 タイトルは、〝実戦フェイズにおける性能評価(仮)〟。

 そして計画データの端っこには、形式番号と共に名前らしき文字が記載されていた。 


 [TEST-TYPE/00] マキナ(Makina)チヒロ(-Chihiro)、と。



 本作品に登場する人物、組織、団体は全てフィクションです。

 赤川はこの国を支える政治家の方々、治安を守る警察の方々、マスコミの方々を応援いたしております。


 いかがでしたでしょうか、〝ミネラル・クォーター〟。赤川の創作します世界観の一幕として、ごく普通の少年が非日常に不本意ながら足を踏み入れてしまう物語を書かせていただきました。

 世界観を共有します作品、HART/BEAT ExperienceもブログとPixivで連載中ですので、うちの子たちを気に入っていただけた方は、覗いていただけますと幸いでございます。

ブログ<http://satella.blog120.fc2.com/blog-category-4.html>

Pixiv<http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=49992>

 また、ノクターンにも〝ハーヴェスターというタイトルで〟エロを書いております。R18なのでアドレスは書かないでおきますが、興味のある方はぜひご一読ください。次のエロはちょっと本作と絡ませる予定です。

 ご意見ご感想ご要望ございましたら、是非お便りを頂けたらと思います。でもフルで応えるのは作者の技量が全然足りないので勘弁してください。


 牧菜千尋のファーストエピソードはこれにて終了です。てかセカンドがないと今作がワケのわからない話になってしまうので、さっさと次を書きます。

 最後に、ここまで千尋を見守ってくださった読者の方々に心よりお礼を申し上げます。

 ありがとうございました。

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