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shutdown



 牧菜千尋が逮捕されてから、または美波楓が死んでから7日目の朝が来た。

 野口の携帯へ連絡を入れたのが30分前。30分後に来るよう指定したのは千尋の地元、浜崎市の大掬おおすくい駅前公園。

 時間厳守。遅れれば即駅前で豆撒まめまき開始と伝えてある。

 時刻は午前10時30分。日曜という事で、駅前は平日に比べればヒトは多い。

 遊びに行ったり来たりの人間に、駅もそこそこ利用されているようだ。これが吉と出るか凶と出るか、そこまで千尋も考えていなかった。

 相手にどの程度の時間を与えるかは考えどころだったが、原因不明に良くなり過ぎている目は、今の所千尋に(こと)が想定通りに進んでいるのを見せている。

 公園内には現在、ドラマで見たそのままな、一般市民に偽装した男達がいた。一部女もいる。

 何も知らない人間から見れば普通のヒトに見えただろう。

 だが事情を知っている立場から見れば、さり気ないを装い周囲に視線を配ったり、微妙に唇を動かして襟元に声を吹き込んでいる人間達ばかりであるのが分かる。

 後は運と出たとこ勝負。

 映画のように大団円とは行かないだろうが、それほど悪くはない結果には終わるだろう。


 そもそも御大臣自らが来るかどうかが賭けであった。全く相手にされない可能性もある。

 事実、現職総務大臣は、

『臨時国会中の忙しい時にガキの戯言に付き合う必要は無い。さっさと処理しろ』

 と突っぱねるつもりであったが、

『相手は既にただの子供とは言えません。万が一取り逃がした場合には、本当にどこかの大使館にでも飛び込まれる、あるいは例の画像データのバラ撒きを実行に移す可能性が……そうなると少々厄介な事になるかもしれませんが』

 よろしいですか? と部下に言われてしまい、何も答えずムッツリと黙り込む姿は、まっこと政治家らしかった。

 ガキの考えるガキっぽい発想のクセに、本当にやりかねないから始末に負えない。

 この時点で、大臣にも千尋を再三に渡って取り逃がしてきた経緯は伝わっていた。

 一回だけなら現場の不手際で済ませられるが、その後の惨状を聞けば相手が只者ではない事は伝わってくる。それでも千尋をただの子供だと言い張る大臣もまた只者ではない石頭ぶりだったが。

 大臣を囮に――とはバカ正直には言わないが――牧菜千尋を表に引っ張り出し、その場で処分する。そう言って富岳玄一総務大臣は説得された。

 大臣も、これでこの厄介事から解放され枕を高くして眠れるのなら、と言いながらも、最後までブツブツと文句も垂れ流していた。

 公安部からの出向という身分で総務大臣に飼われている男、狗城くしろは部下を公園の内外に配置する。

 部下も狗城同様、公安の籍を与えられただけの、政治家お抱えの便利屋達だ。元自衛官や元機動隊員、元特殊警邏隊員、と荒事に慣れたワケありの人間達。自分を含めて、いずれも碌でもない手合いばかりだと狗城は思う。

 だが、いずれも実戦経験のある者ばかり。そんな自分達と警察を相手に今まで逃げ延び、終にはこうして悪の黒幕を引っ張り出す所まで来る。

 上司を選べない身の上で、率直に言って見るに堪えない俗物の命令であっても従わねばならない。つまり命令に従う事と尊敬や信頼を置く事はまるで別モノなワケで、逆に敵に対して尊敬を抱く事はしばしばある。

 牧菜千尋。まさにその少年は、尊敬に値する敵と言ってふさわしかった。

 惜しい事である。将来有望な少年を、あんなくだらない民衆の代表の為に殺さなければならないのは。


 千尋から連絡を受け、黒スーツ達が前乗りして現場周辺に散ってから、富岳玄一総務大臣が黒塗りで公園入り口へと着けるまで、時間的な間はほとんど無かった。

 現場を調べる時間を与えて、公園内の仕込みに気が付かれるのを恐れてのタイトな時間設定だった。

 しかし呼び出した方はと言うと、時間通りに来る義理は無かったりする。

「この私を呼び出しておいて本人は遅刻か……何様だ」

「………」

 大掬おおすくい駅前公園は約400メートル四方の敷地面積を持つ公園で、浜崎市民の憩いの場となるべく緑豊かで樹木が多く植え込まれている。

 と、作られた理念は良かったが、その木々のせいで外郭がいかく道からは公園内が見通し難く、夜になると人通りもほとんど無くなる。痴漢や変質者の話が絶えなかったからだ。

 千尋の指定した具体的な場所は、公園の中心よりやや北側にある橋の上。起伏の激しい地形を利用した、急勾配きゅうこうばいくぼみの上に作られた10メートル程度の橋だった。橋本体よりもむしろ、橋の下の方が恋人達には人気がある。

 約束の時間より5分が経過していた。

 タバコの吸い殻を踏みにじる大臣の横で、同行した狗城は部下から無線連絡を受ける。対象は未だ発見できず、と。

 千尋は人数は指定していなかったが、指定場所に姿を見せたのは富岳玄一と狗城岳士だけだ。

 その代わりではないが、公園内にも敷地外にも多く人員を配置している。駅ビル屋上には、狙撃用ライフルを持った人間までいた。

「……もう10分にもなるぞ……臆病風に吹かれて来ないのではないか、狗城?」

「それは無いと思われます」

 遅れているのはワザとか、それとも理由があるのか。宮本武蔵にでもあやかるつもりか。

 何れにせよ、逃げる事は考えられない。

 このに及んでもまだ大臣は千尋を過小評価しているが、狗城は千尋に得体の知れない不気味さを感じている。経歴のどこをどう引っ繰り返しても、ここまでの活躍を見せる要素も背景も見えてこないからだ。

 自棄ヤケになっているのでなければ、少年はまだ状況を逆転させようとしている筈。

 どうやってか、と問われれば、自分の無実を証明して真犯人を世間にさらけ出させる事に他ならない。

 証拠は無い。くだんの映像データも、現職総務大臣と死んだ女子高生が親密に道を歩いていたという事実を示すに過ぎない。それも政治家生命的には大事だろうが、この男の権力ちからを以ってすれば、公になる前にみ潰せる公算は高い。USBメモリを物理的にバラ撒くという、幼稚にしてあまりにも確実な手段を回避出来るのならばだが。

 しかし、もし千尋が大臣による殺人を立証しようと本気で考えていた場合、この呼び出しは―――――

『来ました。対象、南側ランニング道路。ひとりだけです。東回りで公園中央方面へ移動中』

「……予定通り公園出入り口を封鎖しろ。屋上班、対象は捉えてるか。……来ました」

「そうか。撃てるようならいつ撃ってもいい。それで全部終わる。この際被疑者死亡でカタがつくのならそれでも構わん」

 と、指示された狗城ではあったが、言葉少なく相手を待つ事を進言した。

 どうせなら公園内部まで引き込んだ方が確実であるし、人目も確実に避けられる。相手が何か目論んでいるのなら、それを聞いてからの方が手も打てるだろうと言った上でだ。

 子供の戯言など聞くに堪えないと、やはり大臣は気に食わないようだったが。


 遠近無数の目から成る監視の中、千尋はランニング用に舗装された道路を散歩でもするかのように、平然と歩いてくる。

 その歩み遅さは大臣を苛立たせるが、狗城は至って平静に、彼の者の到着を待った。

 クズカゴからゴミ袋を回収する清掃員に化けた者、酔っぱらって新聞を被って寝たフリをしている者、樹木の剪定せんていをする業者に化けた者、自転車を走らせサイクリングに興じて見せる者、そして遠目から監視する者。

 素人にすら感じ取れるような突き刺す視線を知った事かと完璧に無視し、監視している人間のすぐ脇を通り過ぎ、公園内を突き進んだ最後に、

「……あんたが、美波楓、先輩を殺したヤツか」

「いきなり無礼な口をきくじゃないか、この国を動かす政治家に向かって。敬意を払えと学校では教えんのだな」

 千尋は終に、全ての元凶の元へ辿り着いた。

 野口に知らされるまで名前も知らなかった今の内閣の総務大臣。インターネットで顔は予習済み。

 ネットの映像で見た大柄な肥満体をかえらせ他人を見下みおろしてくる目は、千尋を前にしている今もまったく同じだった。

 総務大臣、富岳玄一とみたけげんいち

 国民に選ばれた代表にして、千尋の学校の先輩である美波楓を殺害し、その罪を千尋に被せた可能性が限りなく高い男。

 ここまで半信半疑だった千尋の憶測は確信に変わる。ただの高校生を前にして、ここまで侮蔑的に過ぎる目を向ける理由などそうは無いだろう。

「……『敬意』を払え? 子供相手に人殺しの濡れ衣着せて引きこもってるデブオヤジをどう尊敬すればいいのか是非教えて欲しいよ」

 出鼻から千尋も喧嘩上等の構えだった。ここまで酷い目に遭わせてくれた相手が目の前にいれば、いきなりテンションが上がるのも已むを得ない事情だろう。

 相手はそんな千尋を、鼻にもかけない様子で見ていたが。

「民意で、国民の代表に選ばれた者には敬意を払うべきだと言っている。それに、お前達は私を人殺しのように考えているようだが……ハッ! 私には何の関係も無い話だ」

「だったらどうしてここに来たんだよ……」

「……フンッ」

 痛い処を突かれた、と言うよりは、小僧相手に答えを考えるのが面倒だ、といった感じの嘲笑だった。

 一方アゴ傷の男、狗城は大臣から少し下がった位置から千尋と大臣のやり取りを冷静に観察する。雇い主ほど、この場に到達してみせた少年を甘く見てはいない。

「例のデータの事で来ただけだ。大した物じゃなくともわれなき誤解を招く、あんな映像が出回るのは気分が悪いからな。最近は何でもかんでもお構いなしにネットに流す考え無しのバカなやからも多い。その点だけで言えばお前は利口だったな。まだ流してないのだろう? でなければここに来る意味が無い」

 誤解であってくれれば、とは千尋も思う。政治家なんて面倒臭い存在を相手にしたくない。

 しかし状況が既に、千尋の推測を肯定していた。どうしてこんな男が、有権者の信任を得る事が出来たのだろう。

「それで? データは?」

「…………」

 飽くまでも映像データの事だけ話をする構えの大臣に、千尋もバカ正直に答える気も無く。

 千尋が無言でポケットから取り出したのは、USBメモリやSDカードといったデータメディアのたぐいではなく、使い古した感のある携帯電話だった。

「……どうしてあんたにデータを渡す理由があるのさ。オレもあんたには美波楓殺しを自白してもらいに来ただけだよ」

 折り畳み携帯を開き、電源を入れて録画機能をオンにして見せる。

「話す気が無いんならメールに書いた通り、USBメモリとSDカードで豆撒まめまきをやって、オレはどこか話を聞いてくれる国を探す。あんたの権力が届かない日本以外の所に」

 特に緊張や焦りも見せず、平静な様子で言い放つ千尋。だがそんな少年を、オトナは可哀想なバカを見る目で面白げに眺めていた。

 何を言ってるのか。そんな事、天地が引っくり返っても認めるワケがない。

 やはりガキはバカだと嘲笑あざわらう大臣に対して、狗城は無表情のまま千尋のモノ言いをいぶかしむ。この少年が、今更そんな無意味な事を言うだろうか。もしや本当に自棄になってしまったのか。

 大臣にしてみれば、どうして自分の方こそ自白をする必要などあろうか。

 直接的な証拠は何一つ無い。状況証拠だけだ。それすら表に出す事など出来はしないし、やらせはしない。

 しかし、ここまで千尋に色々知られてた以上は、裁判で余計な事を喋られる可能性も出てくる。何も分からないまま大人しく刑務所に入ってくれればよかったのだが、既に手遅れだ。

 牧菜千尋の処理(・・)は、既に決定事項だった。

 家族や友人を人質にしても、深慮も期待できないガキでは我が身可愛さに騒ぎ立てる恐れもある。それどころか、家族まで一生になって騒ぎだされては面倒この上ない。消してしまうのが一番確実だ。

 ここには先の発言の通り、データの確保の為に来てやったに過ぎなかった。小僧が取引など、身の程を知らな過ぎて片腹痛い。

 不意に、無言で大臣の背後に控えていた狗城が周囲を窺うように首を回す。それは、狙撃手に射撃準備を取らせる指示だった。相手をどう思おうと、上がどんな人間であろうと、狗城という男は己の役割には実直だ。

 だが、

「まぁ待て狗城、そう事を急ぐ事も無いだろう」

 それをワザワザ、狙撃対象に聞こえるよう声に出して制止する男。

 あまりにもバカげた行為ではあったが、この過ぎた油断から来たおごりともいえる指示を、狗城は考えるでもなく即座に実行した。

 総務大臣、富岳玄一は知恵の足りない子供に言い聞かせるような猫撫で声で言う。

「キミはもう終わっているのだよ、牧菜千尋君? 今更何をどうしたって、キミが刑務所で罪を償う事になるのは、もはや変わらない事実だ。ならばこれ以上、名誉棄損や脅迫といった罪は重ねない方がいいと思うがね。誤解を与えやすい情報を意図的に広めるのはキミ、コレはもう他人に被害を与える立派な犯罪行為だよ?」

「オレを犯人に仕立てたのはなんで? いや、それ以前にどうして美波先輩が死ななきゃならんかったんだよ?」

 大臣の忠告、らしき言葉を、しかし千尋は完璧に無視して話を進めた。

 富岳玄一は(やはりバカには理屈は通じんか)と、苛立ち始める。

「さっきも言ったが、私は例の見るモノに誤解を生じさせ易いデータを回収に来ただけで、死んだ女子高生の事件など私には何ら関係が無い事だ。援助交際なんぞやってるから性質たちの悪い男にでも引っ掛かったんだろう。自業自得――――――――」

「『オレが』! 殺したって言わないのか? 『じゃあ性質たちの悪い男』ってのはあんたの事か? 見て来たように言うんだな」

 口の端を吊り上げる似合わない笑みで現役の内閣No.2を挑発する千尋。

 狙い通り、大臣は表情こそ笑っていたが、こめかみには分かりやすく震える青筋が立っていた。

「………一週間も経てばニュース報道を見る事もある、それで見たんだ。そっちの質問には答えたぞ! データは渡す――――――」

「じゃあアンタと美波先輩はあそこで何やってたんだよ!?」

「だから私の知った事じゃないと―――――――!!!」

「映像に残ってんのに安っすい言い訳すんな! 先輩を殺した理由は!? どうしてオレを――――どうしてオレだったんだ!? 警察使って弁護士まで丸めこんでそこの殺し屋みたいなのにオレを狙わせて、政治家だからって何でもしていいと思ってんのかよ税金ブタ!!!」

「私は殺害とは何ら関係も無い! たまたま一緒に歩いていた所が映っていただけだろうが! 大体何様だ、総務大臣をこんな所に呼び出しておいて私を犯人扱いか!? 無礼千万にも程がある!!ゲスな物言いで下らん勘ぐりをされかねん映像があるから? だからなんだ! そんなモノで私があの小娘を殺す証拠になどは――――――――」

「でも来ただろうが御大層にぞろぞろ引き引き連れて野口さんに入れた電話で、大した物じゃないのなら警察でも何でも呼んでオレを逮捕させればよかっただろうが!!」

「データを寄越よこしたら望み通りそうしてやる! あんなモノ出回った所でどうとでも出来るのを大事を取ってワザワザ来てやったんだ! これ以上下らん話に付き合う気はない! さっさとデータを回収しろ、狗城!!」

「………」

 一瞬で灼熱の舌戦と化した千尋と大臣の応酬を、ただ静かに観察していたアゴ傷の男も命令されたとあっては動かざるを得ない。

 砂を固めたような橋の路面を、ジャリッと鳴らして狗城が一歩前に出る。が、

「データならとっくの昔にネットにアップ済みだ! アレが表に出れば少なくともあんたが関係してる可能性に沢山の人が気がつくだろうが! 第一取引する意味なんか初めから()ー! オレはここに、あんたが先輩を殺したって白状させる為、だけ(・・)に来たんだよ!!」

 千尋の行動と発言に、完全に馬鹿にされた、と総務大臣はスダレ頭から垣間見える頭皮を真っ赤に怒らせる。

 狗城も思わず足を止めざるを得ない。この千尋の行動は完全に予想外だ。これでは、殺してくださいと言っているに等しい。

 これは自棄ヤケの方だったか。見込みが違ったかと狗城は僅かに落胆する。こうなってはもう、何をする気だったにせよ千尋に生きる道はない。

 いや、完全に頭に血を昇らせている様子を見るに、初めからやぶかぶれだったのか。

「ッ~~~~本物のバカだったようだな! だが無駄だ! どこに出ていようがすぐに削除させてやる! お前は自分で切り札を捨てたぞ大馬鹿が!」

「始めっからテメーだって取引する気なんて無かっただろうが! 『大した物じゃない』んだろ? それに一度ネットに出れば誰かが、必ず自分のパソコンに保存する。『死亡女子高生と死の直前までいた現職総務大臣』のタイトル付き。再生回数がどれほど伸びるか今から楽しみだな! そうなりゃ野党の誰かがあんたを追及してくれんじゃないの!?」

「グッ……ぬぅ!?」

 猛犬のように一気に吠えたてる千尋に、とうとう総務大臣、富岳玄一は何も言えなくなってしまった。近年に覚えの無い屈辱と憎悪に、ただでさえ薄い頭をむしりたくなる。

「行きましょう先生。データが既にネットに流れた以上、ここにいる理由は―――――――」

「ついでに投稿者名を『野口真太』にしておいたから、あのヒトが死ぬと困った事になるよなきっと。必ずあんた、疑われる……。どこぞの高校生が警察から逃げてる事も含めて、何か裏があるんじゃないかって想像を働かせる人間も多いぜ。そこでオレがカメラの前で全部喋ったらあんた……次の選挙で勝てるかなー!!?」

「ッ―――――殺せ狗城! 撃ち殺せ!!」

 大臣をここから引き離そうとした狗城の心情など知った事ではなく、千尋は際限なしに総務大臣の怒りに燃焼促進剤を注ぎ続ける。

 そうして、一度ならず二度までも、知った風に政治の事にまで口にした千尋に、富岳玄一もブチ切れた。問答無用の射殺命令。

 マスコミも与野党の政治家も警察もどうにか出来るのに、千尋のような何の力も無いガキの行動を抑えきれず、好き勝手やられた事に自尊心が大きく傷ついたのだ。ゆるす事など思慮の外だった。


 そして、ここまで千尋の計画通り。


 殺人の証拠は無い。ドラマのようにうっかり犯人の供述を引き出す話術なんか、千尋は持ち合わせていない。

 出来るだけ相手に舐められ、バカに見せ、下に見せて、油断させて、大臣から最後の一言を引き出すのが作戦だった。

 ここまでで千尋の計略は9割達成。

 していたのだが、

「まだ答えを聞いてねーよ総務大臣閣下様よ! 美波楓先輩を殺してオレに罪をおっ被せた理由は!?」

 大分前から、千尋の鬱憤うっぷんが大爆発して、とっくに計画なんてどこかに飛んで行っていた。

「あのむすめを殺したのはお前だバカめッ! この殺人犯が! 援助交際を断られて逆上したお前が殺したんだ!!」

「『断られた』……あんたみたいな息の臭いエロデブオヤジと援交したくないって、そう言われてムカついたのはあんたの方だろうが!? オレが殺人ならあんたは青少年保護条例違反のクソ政治家だろうが援交オヤジ!!」

「貴様もあの小娘も! 口のきき方を改めろクソガキどもが!! 年上の! 政治家の! 目上の者に!!! 生意気な口を叩くんじゃないぃ!!!」

「何が『生意気』だろくな政治もしない腐れ政治屋が!! お前ら所詮金と権力と選挙だけだろうが!!! 孫みたいなとしの女子高生に手を出して手前を目上とか言ってんじゃねー社会の底辺の性犯罪者ー!!」

「がッッ―――!!?」

 理屈も何もない感情だけの言い争いだったが、図星を突かれ、大臣もムキになって吠え返す。

 だが、見下す相手に『社会の底辺』と侮辱され、頭の中が真っ白に。

 トドメに、政治の苦労を何も知らずに三度みたび知った口をきいた千尋に、富岳玄一の脳血管は破裂寸前だった。

「きっ、きさ、キサマ……貴様らうと暮らしている、何も知らない知ろうとしない愚民に、政治の苦労が分かるか!? 私達大局的な見地と判断力を持つ政治家が、この国で過ぎた一票を持つお前らのご機嫌取りをしなきゃならんのがそもそも間違っているのだ! 結果だけを求めて自分達は何も対価を払おうとしない自分勝手な連中が、好き勝手に政治家に要求を押しつける! 公共サービスは削るな! 金は払わない! 責任は国が取れ! 貴様らの生きている社会を維持しているのは一体誰だと思っている!? 国家の運営に素人が口を出すな! ひっこんでいろ! 政治家の言う事に国民が逆らうな!! 国家の舵取りという重圧に日々耐えている我々をねぎらいこそすれ批判する権利など貴様ら国民にあると思っているのか!? ノーと言うな! 要求には従え!! 貴様も! あの小娘も! 政治家に逆らうのならこの国で生きるな!」

「ウルセー内輪のしがらみ隠して歳出削減しないで増税ばっかするダメ政治家筆頭が! だれも責任取らずになんも決まらんでズルズル後回しにするしか知らないヤツが重圧とか言ってんじゃねー!! そういう事はマニフェスト守ってから言ってみろ選挙用リップサービスを後からやっぱやめたとか言ってんなハゲオヤジが! テメーなんかにしたがうなんざ人間どころかミトコンドリアだってお前には電気作らねって言ってるぞエロオヤジ!! 原発再稼働だって○電と政治家連中で金回して無理繰り強引にやろうってんだろ銭ゲバ政治家!!」

「電気の安価な安定供給は日本の産業を支える骨子だぞ、それを分からず一度の事故で騒ぎ立ておって! 電気代は上げるな電力は供給しろ、貴様ら愚民こそ政治家よりよほど度し難いではないか! 今まで散々その恩恵にあずかってきたヤツらが、さも自分達には責任がないように言いおってからに! あの娘もそうだ! 今まで散々小遣いをやったのに今更やめたいだと? カラダを使うくらいしか能の無いバカ女子高生が! そのカラダも使わないなら生きてる価値など無いだろうが! 死んで当然だ!!!」

 完全に頭に血が上った男二人で自分が何を発しているかも分らず、ただ感情をぶつけ合う言い争いをしていたが、どこまでも身勝手な理屈で話を進めているのが富岳玄一だった。

「ッそれが……殺した理由だってのか! そんな事で殺したのか、美波先輩を――――――!!?」

 そして、国政問題と同列で語られた美波楓への物言いが、千尋の理性を焼き切った。

 砕け散らんばかりに喰いしばられた歯が軋る。千尋の目の前が真っ赤に染まり、外から見ても、双眸には真っ赤な光が灯っていた。

 地響きすら立てそうな一歩を、千尋が腐れ政治家へ向かって踏み出す。

 異常を察した狗城が大臣の前に、かばう位置に立つが、千尋の異常に気がつかないバカ大臣は、千尋を精神的に追い詰める愉悦ゆえつに立ち、わめくのを止めようとはしなかった。

「だったらなんだ!? それがどうした!! 逆らう奴は皆死ねば良い! そしたらまたお前のように、運の悪いのを身代りに国民にさらして社会的正義を満足させてやる! そうやって、国民が満足出来る真実を提供するのが我々政治家の仕事だからな! ハッハッハッ!!!」

 ここで、美波楓の殺害ではなく、千尋へ濡れ衣を着せた自白を引き出し勝利条件を10割達成。

 しかし、完全にキレた千尋には、もはや関係無かった。

「―――――ぉおおおおまぁああああえええええええはあぁああぁああああ!!!!!」

 空気を震わせ、大きく拳を振り上げる憤怒の千尋に、尋常でない殺気を感じた狗城は脇に吊ったホルスターから拳銃を引き抜く。

 だがそれよりも早く、駅ビル屋上から見ていたスナイパーが状況を危険と判断し、


 ピュンッ、と甲高い音がするのと同時に、千尋は背中から殴られたかのように、頭から地面に倒れ込んでいた。



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