第1話 小説を書けない僕の小説の書き方
はじめに断っておくと、これはAIを使ってでしか小説を書けなかった僕の、ポジショントークでしかない。
自分の中にあるアイデアを、いつか物語として具現化してみたい。そう思ったことはあった。しかし書けなかった。
これまでの人生で小説など書いたことはなかったし、社会人になり、とても執筆する時間など取れなかった。
第一、自分に何万字もの文章が書けるとは思えなかった。
そんな僕が一歩を踏み出せたのは、「ゼロからすべてを自分で書くのではなく、AIをディレクションし、出力されたものを自分の手で加筆修正するスタイルなら書けるかもしれない」と思いついたからだった。
実際にこの方法で創作を始めてみると、世間で言われるような「魔法の杖」とは少し違う、AIのリアルな姿が見えてきた。
まず、アイデア出しの壁打ち相手として、AIの実力は並かそれ以下である。
AIに展開を考えさせると、とにかく無難で優等生、流行りものそのものを文だけ変えて出てきたような無味無臭の文章ばかりが返ってくる。
しかし、これは僕にとっては意外な効果をもたらした。
生来天邪鬼な僕は、AIが無難な案を出してくるからこそ、「いや、そうじゃなくて僕はこうしたいんだ」と反発し、それによって自分の中にあった曖昧なアイデアがくっきりと形になっていったのだ。
現在、僕はAIを3つの役割に分けてディレクションしている。
まず、プロットの大枠を伝えてまとめさせ、各話の本文を出力するための「指示書」を作らせるチャット。
次に、その指示書をもとに実際の本文を書かせる「本文出力用」のチャット。
そして、出来上がった本文を客観的にチェックさせる「添削用」のチャットだ。
わざわざこうしてチャットを分けるのは、それぞれの生成過程でやり取りしたプロンプトの履歴が、後の出力結果に余計な影響を与えるのを防ぐためである。
添削チャットが出した改善点を本文出力用チャットにフィードバックして書き直させ、最後に僕自身の手で加筆修正を行ってから投稿する。
ここで一つ、これからAIで創作を試みようとする人に強く伝えておきたいことがある。
それは、「無課金モデルだけでAIの実力を判断してはいけない」ということだ。
なろうをはじめWeb小説サイトのAIに関する評論、創作論、エッセイを読むと、無課金モデルの使用感だけを見て論じているものが散見される。
2026年10月の現時点において、無料枠のモデルでは、こちらがプロンプトにこだわって細かく指示を出したとしても、元の意図通りの結果は得られないことが多い。
この文を読んでいるあなたが、もし本気で物語を作りたいなら、できれば課金して最新のモデルを使ってみてほしい。
最近の「Argon」をはじめとするフラグシップモデルは、多少こちらの指示が至らずとも、言葉の裏にある「本当はこうしたい」という意図まで深く察して、驚くほど的確な結果を出力してくれることが多い。
もっとも、そんな優秀な最新モデルを使い、作業をシステム化してもなお、思い通りにはいかないもどかしさは常にある。
AIは、読者の意表を突くような展開や、ハッタリの効いた表現が苦手なように思う。
さらに厄介なことに、AIは人間以上に「一度自分がひねり出した展開や答え」に固執する。
軌道修正させようとしても、頑固に元の無難なルートに戻ろうとするのをねじ伏せるのは、なかなかに骨が折れる作業だ。
だからこそ、最後に行う人間による加筆修正が重要な意味を持つと僕は思う。
AIが書いた文章には、特有のクセがある。たとえば「それはAではなく、まさしくBだった」といったような、過剰で大げさな言い換え表現だ。
僕はそういった「僕という個人の感覚から見て余計な表現」を削ぎ落とし、逆に、場面を決定づけるような「引きの強いセリフ」は、自分の頭でひねり出して加える。
このような試行錯誤の末に作品を投稿したとき、「やってみたら、できてしまった」という静かな感動があった。
そして、自分の小説に対して読者から「いつも楽しみにしています」という感想をもらえたときは、本当に嬉しかった。
正直なところ、最初は「AIを使った作品なのに、その言葉をまっすぐ受け取っていいのだろうか」という迷いもあった。
しかしAIを相手に、これだけ悪戦苦闘して自分のエゴを詰め込んだのだから、これは間違いなく自分の作品なのだと、今は胸を張って言える。
AIを使った創作に対して批判的な意見があることは承知している。
しかし、それは結局のところ、使い方と使い手のモラルによるものが大きいだろう。
ボタン一つで大量のテキストを生成する。ただそれだけの粗製乱造は規約上認められないし、紛れもなく悪だと思う。愛がない。
自力で文章も書けず、上記のような工程を踏む熱量さえないのなら、あなたが出力する作品はWeb小説サイトの検索結果を汚すゴミになると言っても過言ではない。
自分が心から形にしたいと思えるようなテーマでなければ、かつ、情熱を詰め込まなければ、人に読んでもらえるレベルのクオリティには決してならないのはAI創作も同じだ。
僕は上記の通り、作品の創作過程においてディレクションと加筆修正を行い、愛と魂を吹き込んだつもりでいる。だが、AI直接利用を忌避する人の気持ちも理解はできる。
だから僕は、投稿サイトのAI利用ガイドラインに沿った表記を徹底し、AIの出力をそのままコピペして出すようなことは絶対にしないというルールを自分に課している。
AIは道具であり、道具でしかなく、しかし、「こういう物語が読みたい、作りたい」というあなたのエゴを、現実の形にしてしまえる強力な道具である。
もし、かつての僕のように「アイデアはあるけれど書けない」と躊躇している人がいるなら、恐れず、好奇心で、ちょっとでも使ってみてほしい。
AIという頑固な道具と格闘する過程は、これからの時代、趣味を超えてあなたの仕事や生活にも活きる勉強になるはずだ。
最後に、これだけは伝えておきたい。
ありがとうAI。
生まれてこの方消費者でしかなかった僕は、君なくしては創作の楽しさを知り得なかっただろうから。
AI創作に関して様々なご意見があると思います。
ただ僕はAIによって、創作する機会を得た人間であります。
本作品は、不定期に連載します。需要があれば次回は最近話題のArgonの使用感をまとめたいと思います。
ぜひご感想をお寄せください。また星評価、ブックマークもお願いします。
上記フローを使用して、作品を制作しております。
下記、僕の代表作ですので興味のある方、無い方も!是非ご覧ください。
アメリカをデブらせろ!〜もしファストフード店のワンオペ店長がジャンクフードを西部開拓時代に持ち込んだら〜
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